函館元町の旧相馬家住宅(函館の建築再見2022)

◆旧相馬哲平邸

　・・・・明治41年竣工、函館を代表する豪商が建てた重厚な和風住宅

　

　今回紹介させていただくのは、幕末より大正中期まで函館で町一番の豪商と謳われ、函館商業界のリーダー的存在だった相馬哲平(1833～1921)が、かつて暮らしていた邸宅〔旧相馬邸〕。この邸宅は明治40(1907)年に起きた大火後に建てられた、とても美しい和風木造住宅である。

　相馬家がこの建物を手放した後は地元不動産会社が所有していたが、今から十数年前に売りに出され、現在建物を所有・運営される東出伸司氏が建物を取得され、大規模な修繕工事ののち、平成22(2010)年より一般公開が始まっている。

　函館(箱館)が諸外国の交易港として開港された2年後にあたる文久元(1861)年に、生まれ故郷の越後国新井浜(現新潟県北蒲原郡乙村：現胎内市)から箱館へ渡ってきた当時28歳の相馬哲平。その3年後にはそれまで勤めていた岩船屋の給金をもとに、米穀店を開業させる。そして明治2(1869)年には箱館戦争が起こるのだが、当時30代半ばだった哲平は、米の投機買いをおこない、それにより巨額の富を得る。それ以降はこの投機で得た資金をもとに、金融業、不動産業、倉庫業など手広い事業を展開し、函館一の豪商として君臨する。

　しかし函館一の豪商となった相馬哲平はそれを独り占めするのではなく、地元函館の人々の暮らしを良くするために、多くの慈善事業に寄付をおこなうのであった。その代表的なものが、明治35(1902)年におこなった函館区役所(旧所在地：豊川町、昭和9年の大火で焼失)建設に際しての土地および建設資金の寄付と、明治40(1907)年の大火後におこなった函館慈恵院への1万円の寄付、そして元町の旧函館区公会堂建設に際しての５万円の寄付である。また相馬家は亀田地区に多くの農地を所有し、多くの小作人を擁していた。

　

　長年函館のライバル的な存在の都市だった小樽が、東京の財閥企業をはじめとした中央資本により町の経済が動いていたのに対し、地元の海産商や商人により町の経済が動いていた函館。

　相馬に続いてこの地で成功を収めた、小熊幸一郎(1866～1952)、初代：渡辺熊四郎(のちの渡辺孝平、1840～1907)、三代：渡辺熊四郎、二代：渡辺孝平(渡辺三作)、岡本康太郎(1874～1954)らも、相馬の偉業を見倣い地元の社会事業に多くの寄付をおこなっていくのであった。そのような戦前の函館商人のお手本となったのが、相馬哲平だったのではないかと筆者は考えるのである。

　そして長年函館で暮らす相馬哲平が悩まされていたのだろう事柄が、この町でたびたび起きる大火であった。幕末に相馬が函館に渡ってから明治末年までの約半世紀の間に起きた、焼失戸数100棟以上のいわゆる〔大火〕はおよそ20回。これらの大火で相馬の事務所や商店、自邸も幾度が被害にあったと想像される。特に明治40(1907)年8月に起きた大火では、事務所と自邸を全焼させてしまったようで、それより間もなく新事務所と新たな自邸の建設に着手するのであった。

　そして元町の高台に建てられたのが、現存する相馬家住宅であった。一見すると地味だが、重厚さと豪華さと兼ね備えた住宅作品となった。設計・施工は筒井長左衛門(与作)。ちなみに基坂下に建つ相馬株式会社の社屋も、設計者として筒井長左衛門の名が記されている。恐らくこの当時、相馬お抱えの棟梁だったと想像される。

　むくり屋根の独特な造形の玄関口から、大広間、洋風の応接室、書院などは細部まで美しい調度品により丁寧に作られている。洋間は贅の限りを尽くしたために、かなり悪趣味な感じになっているが、その辺りはご愛嬌と言ったところか。

　またこの邸宅のもう一つの見所が、2階から見える自身の寄付により建てられた函館区公会堂と、1階の函館湾を一望できる廊下や庭から見える基坂下の相馬株式会社の社屋であろう。相馬の屋敷から、この2つの相馬の寄付や自社の事務所として建てられた建造物を見てると、この町の当時の主が相馬哲平だったことを再確認させられる。

　更に坂下にはイギリス領事館を見下ろすように建っている構図も、相馬邸の面白さの一つだろう。日本国内には函館のほか、東京千代田区の番町にイギリス大使館、横浜、下関、長崎に、まさにイギリスが大英帝国だった時代に建てられた大使館と旧領事館が現存しているが、地元の豪商の屋敷が見上げる場所に建っているのは函館のみである。当時赴任してきた英国の領事たちも屈辱的な気分にさせられたに違いない。

　明治40(1907)年大火後に豪華絢爛な自邸を建てた、函館商業界の重鎮・相馬哲平。当時70代半ばの高齢となっていた相馬にとっては終の棲家にしたかったと想像される。

　しかしながら相馬の新居、防火対策がされているのは土蔵だけで、他は木造の家屋がむき出しの状態で、木製の黒塀が取り囲む状態で建っている。火災に関しては、これまで函館で起きた大火を見て、諦めてしまったのではないかと思える程の無防備さである。結果、大正10(1921)年4月14日に起きた大火では、坂下の日和坂方面から飛び火が屋根の一部を焼いてしまっている。

　大火発生間もなく、三代：渡辺熊四郎、岡本忠蔵、石館友作、泉泰三、岡田健藏など、函館の有力な政財界人により〔火防設備実行委員会〕が結成され、88歳になっていた相馬哲平は会長に就任。相馬はこの会議にどの程度関与したかは謎だが、5月1日には函館市(区)民向けに公会堂で〔火防実行区民委員会〕が催され、建築家・関根要太郎(1889～1959)も防火建築の重要性を訴えた。

　そのように大正10年大火の復興事業が始まって間もない6月6日に、相馬哲平は長きに渡るその生涯を閉じた。

　そのような防火対策に対する函館市民の意識が、本格的に目覚め始めた頃に建てられたのが旧相馬邸である。火災多発地域のこの地にあって、その事を完全に諦めてしまったこの邸宅であるが、何故かそこには一種独特な美が宿っているのである。

　ちなみに関根要太郎は旧公会堂でおこなわれた講演会で、「とても入念な建て方であっても、とても燃えやすく出来ているのだから可笑しい」と非難しているが、その代表的建築が相馬の寄付により建てられた旧公会堂であり、そのすぐそばに建つ相馬の自邸だった訳である・・・・。

◆旧相馬哲平邸(旧相馬邸)

　◎設計：筒井長左衛門(与作)

　◎施工：筒井長左衛門(与作)

　◎竣工：明治41(1908)年

　◎構造：木造2階建て

　◎所在地：函館市元町33-2

　　❖国指定重要文化財

旧相馬邸の坂下に建つ旧イギリス領事館より。本文で紹介したように旧相馬邸に見下ろされるように、函館の大英帝国の領事館は建っている訳である。

海側に築かれた石垣は圧巻の一言に尽きる。

ここからの室内写真は、一般公開が始まって間もない平成23(2011)年4月に撮影したもの。当時は館内の撮影はOKだった。

相馬邸2階から。向こうに見えるのは相馬哲平の寄付により建てられた旧函館区公会堂。

旧相馬邸の眼下に建つ旧イギリス領事館。函館一の豪商の屋敷は、大英帝国の領事館を見下ろす場所に建っている訳である。

日和坂より旧相馬邸方面を見上げる。

********************************************************★参考文献・参考資料「旧相馬邸ホームページ」「相馬哲平伝」神山茂編、相馬報恩会、昭和36年「総覧　日本の建築、北海道・東北」日本建築学会編、新建築社、昭和61年　ほか★撮影・・・・2009年3月・6月・10月、2011年4月、2016年3月、2018年9月、2020年10月