横浜市中区山手町の外交官の家(明治モダン邸宅再訪2022)

◆旧内田定槌・陽子邸

　・・・・明治43年築、横浜山手イタリア山庭園に移築されたモダンな外交官の家

　先週金曜日の昼下がり、久しぶりに横浜を訪ねた。横浜に最後に訪れたのは、コロナウィルス蔓延の問題が深刻化しつつあった令和2(2020)年の3月のことであった。

　その時は、いつかは泊ってみたいと思っていた、憧れのホテルニューグランド本館(設計：渡辺仁、昭和2年築)に一泊。その後、市内の歴史的建造物や観光施設を巡るつもりでいたが、殆どが閉館していた事や翌日朝から冷たい雨が降り出したため、当初予定したコースを途中で切り上げ帰ってしまったのである。

　そして2年ぶりの横浜。我が家の最寄り駅から横浜へ直通で行けるFライナーに久しぶりに乗り、約1時間で終点の元町・中華街駅に到着。ここから駅構内に設置されたエスカレーターに乗り、西武造園が管理するアメリカ山公園へとへ向かう。例の如く昼すぎの出発だったので時間も限られていることもあり、この日は山手町の西側エリアを簡単に巡ることにした。

　函館旧ロシア領事館(明治41年築)の設計を手掛けたドイツ人建築家：リヒャルト・ゼール(1854～1922)が、かつて住んでいた教会横の小道に立ち寄り、ドイツ人建築家：デ・ラランデ(1872～1914)が設計を手掛けた、ドイツ人のコミュニティー施設で美しい塔屋を持っていたというドイツハウス(明治42年ころ築、大正2年の火災で焼失)の跡地から、山下町や関内方面を眺める。最近では数少なった山手のビューポイントの一つである。

　今でこそ現代風な高級住宅街の町並みを形成している横浜山手だが、ランダムに振り割られた不規則な地番と、起伏の激しい地形に築かれたブラフ擁壁に、外国人が多く暮らしていた昔日の面影を偲ばせてくれる。

　そしてこの日多くの時間を割いて見学したのが、イタリア山公園に建つ外交官の家だった。この美しい洋館はノルウェー、デンマーク、トルコ、ブラジル、ニューヨークの大使・公使・領事を務めた福岡県北九州市出身の外交官・内田定槌(1865～1942)の自邸として、明治43(1910)年に当時東京を代表するお屋敷街であった、渋谷区の南平台に建てられたものである。

　平成9(1997)年には横浜山手の地に移築され、一般公開がスタート。それから早いもので25年が経ち、すっかり山手のシンボル的な洋館となった。筆者もオープン間もなくより何度となく訪れているが、いつ訪れても見所の多い素敵な建築作品である。

　現在は外交官の家の愛称で親しまれている旧内田邸の設計を手掛けたのは、アメリカ・セントルイス出身でハーバード大学の在学経験を持つ、宣教師で建築家のジェームズ・マクドナルド・ガーディナー(James McDonald Gardiner、1857～1925)である。ガーディナーは明治13(1881)年に米国聖公会内外伝道局の依頼により、東京築地の立教学校(現在の立教大学)校長就任のため来日。カーディナーは本格的には建築学を学んでいなかったそうだが、それ以降、立教の学校校舎、築地居留地の諸施設の設計を多く手掛ける事になった。

　更に明治36(1903)年には東京麹町に建築事務所を開設。この以降ガーディナー建築事務所は、ミッション系の施設のほか、京都東山の村井吉兵衛京都別邸(現長楽館、明治42年築)、札幌の小田良治札幌別邸(大正2年築、現存せず)などの設計を手掛けている。

　また函館杉並町に建つ遺愛女子中学・高等学校の本館(明治41年築)は、カーディナーの建築事務所により設計がおこなわれている。この他にホワイトハウスの名称でお馴染みの宣教師館(明治41年築)も、それを裏付ける決定的な資料は見つかっていないものの、時代背景やその作風からガーディナーの事務所が設計を手掛けた考えられている。

　そしてこの頃のガーディナー作品が、横浜山手に移築されている旧内田邸(外交官の家)だった訳である。なお明治末から大正初めのガーディナー作品は、本格的な建築学を学んでいなかったガーディナーに代わり、事務所の筆頭スタッフの一人であった荒木賢治(1880～1948)が、設計監理をはじめとしたその実務を手掛けた事が、建築史家の松波秀子さんの調査により判明している。なお函館の遺愛女子の設計実務も荒木が担当したようである。特に遺愛の宣教師館(ホワイトハウス)は、外交官の家とよく似ている。

　荒木賢治は明治13(1880)年、青森の生まれ。明治31(1898)年に工手学校(現在の工学院大学)を卒業し、明治37(1904)年より大正10(1921)年までガーディナーの建築事務所に在籍した。

　赤煉瓦、ゴシックスタイルの作品が多い明治初期から中期にかけてのガーディナー作品と比較すると、これ以降のガーディナー作品はバラエティーに富んだ作風になっている。これは荒木賢治や上林敬吉(1889～1964)をはじめとした、事務所スタッフの存在も多いに影響したのではないかと筆者は考える。

　横浜山手の外交官の家は、アメリカンスタイルのビクトリア様式と多く紹介されている。派手さを好むようになった、当時の日本建築界の時流を象徴するようなデザインではないか筆者が考える。そして建物内の調度品は、この少し前にヨーロッパで全盛を極めていたアールヌーヴォーの影響が各所で感じられる。特にステンドグラスの数々は絶品だ。この他に塔屋下のサンルームも山手の高台に移築されたこともあり、渋谷南平台時代には有り得なかった絶好の見晴らしを楽しめるようになっている。

　横浜へは頻繁に訪れていたが、横浜山手の外交官の家を訪問したのは実に10年振りのこと。今回の訪問でも、この建築作品の美しさをたっぷりと堪能させて頂いた。外交官の家を撮影しながら、この邸宅の実施設計をおこなった荒木賢治、同時期に荒木賢治が建設に携わった遺愛学院、またイタリア山庭園に程近い場所にあったドイツハウスの事など、過去と現在に色々な想像を膨らますことが出来たこの日の訪問だった。

◆旧内田定槌・陽子邸(外交官の家)

　◎設計監督：ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー

　　　　　　　(James McDonald Gardiner)

　◎実施設計：荒木賢治

　◎施工：不詳

　◎竣工：明治43(1910)年

　◎移築：平成9(1997)年

　◎構造：木造2階建て

　◎旧所在地：東京都渋谷区南平台町

　◎現所在地：横浜市中区山手町16(山手イタリア山庭園内)

　　❖国指定重要文化財

邸内に飾られていた内田定槌の妻・陽子の肖像画。アールヌーヴォー調の邸内調度品を多くを見ると、妻の意見がこの邸宅の設計に反映されたのではないかと想像される。

玄関には内田家の家紋がデザインされている。2階からイタリア山庭園を望む。眼下に見えるのはJR根岸線(京浜東北線)の石川町駅。
2階の一室にはこの邸宅の主・内田定槌に関する展示もされている。

外交官の家からは話がそれるが、そのすぐそばの山手町25番地にはドイツ人の社交クラブ：ドイツハウスがあった。神戸風見鶏の館(旧トーマス邸)や、函館旧ロシア領事館の設計を手掛けたドイツ人建築家：ゲオログ・デラランデ(Georg de Lalande、1872～1914 )の設計により、ドイツハウスは明治42(1907)年ころに竣工したという。しかし大正2(1913)年に火災により施設は全焼してしまっている。

居留地時代の跡地を巡るのも、山手散策の楽しみである。下の写真は外交官の家が建つイタリア山庭園より撮影したドイツハウスの跡地。

現在改修工事中の横浜マリンタワーからイタリア山庭園(外交官の家)方面を望む。

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★参考文献・参考資料

「新・生き続ける建築　1・ジェームス・マクドナルド・ガーディナー」松波秀子氏著、Lixil eye №1、平成24年

「ガーディナー建築事務所のスタッフ　荒木賢治と上林敬吉について」松波秀子氏論文、日本建築学会大会学術講演梗概集、平成7年

「日本の美術　№447・外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、至文堂、平成15年

「歴史遺産　日本の洋館　明治篇Ⅱ」藤森照信氏著、講談社、平成14年

「横浜都市発展記念館　紀要　№7：建築家デ・ラランデと横浜」青木祐介氏著、横浜都市発展記念館、平成23年

★撮影・・・・・2017年7月、2022年6月