東京日比谷の旧日比谷公園事務所(明治モダン建築再見2022)

◆旧日比谷公園事務所

　・・・・明治43年竣工、日比谷公園内に建つバンガロースタイルの瀟洒な洋館

　

　桜の開花も完全に終わった今月中旬、久しぶりに東京の日比谷公園を訪ねた。例の如くスタートが遅くなってしまったが、昼過ぎに武蔵野台地東端の我が家から地下鉄直通の電車に乗り、桜田門駅からこの日の散策をスタートさせたのである。この日の目的は園内に咲いている、ネモフィラとチューリップの花を見るためであった。

　日比谷公園と明治36(1903)年に開園した東京で初の本格的な西洋庭園で、ドイツ留学の経験も持つ埼玉県出身の林学博士・本多静六(1866～1952)の設計により、造園されたものである。江戸時代の面影を残す心字池(日本庭園)とや日比谷見附の石垣と、噴水や芝生の庭園との対極が面白い公園だ。

　また近年は日比谷・丸の内エリアの再開発もあり、園内からは新築の高層ビルが良く目立つようになった。これも時代の流れなのだろう。

　そして開園から120年を迎える施設という事もあって、日比谷公園の園内には幾つかの歴史的建造物も残されている。一つは公園南側にある、モダンゴシック風の塔屋が印象的な、東京市政会館・日比谷公会堂(設計：佐藤功一、昭和4年築)。そしてもう一つの歴史的建造物が、公園北側に建つ日比谷公園の旧事務所である。冒頭の写真でご覧いただいた瀟洒な洋館が、その公園旧事務所だが日比谷公会堂より19年古い、明治43(1910)年に建てられたものである。この界隈ではとても珍しい、明治期に竣工した歴史的建造物なのである。

　筆者が近代建築ウォッチングを始めた20数年前は、旧事務所前のフェンスは固く閉ざされ、公園内の骨董品のように保存されていた旧公園事務所。しかし近年ではこの建物の再活用プロジェクトがおこなわれる事になり、現在はフェリーチェガーデン日比谷という結婚式場として活用がおこなわれている。

　さすがにこの建物の小ささだけあって、会場は旧公園事務所脇に張られたテント内がメインの会場になっているようだが、緑豊か都心の一等地という事でとても好評を博しているようである。筆者が訪れたこの日も結婚記念のパーティーがおこなわれていた。

　明治36年に開園した日比谷公園だが、開園以降は老舗レストランでお馴染みの松本楼をはじめ、音楽堂などの諸施設が年を追うごとに竣工。そして明治41(1908)年11月には、東京市日比谷図書館が公園の南側に開館した。これは当時東京市の技師を務めていた建築家・三橋四郎(1867～1915)の設計によるもので、ルネサンスをベースに細部意匠に、当時ヨーロッパで全盛を極めていたアールヌーヴォーを織り交ぜた、とてもモダンな建築作品だった。

　三橋四郎は当ブログの主人公である建築家の関根要太郎(1889～1959)の師にあたる人物で、明治39(1906)年から明治41年まで、建築家の横浜勉(1880～1960)を擁し、東京市の技師・土木局営繕課長を務めていた。三橋は東京市の在籍中、日比谷図書館の他に下谷・浅草の両区役所の設計を手掛けていた。

　ちなみに三橋は東京市を退職後まもなくに、東京の京橋に〔三橋建築事務所〕を開設。その2～3年後に関根がこの建築事務所に就職したのであった。

　そして日比谷図書館竣工の2年後、日比谷公園の北側に建てられたのが旧公園事務所であった。設計は明治43(1910)年9月に東京市に奉職した、東京帝国大学卒業の建築家・福田重義(1887～1971)が担当している。日比谷公園の旧事務所の竣工は明治43年12月なので、福田は東京市に奉職する前より設計準備を進めていたと想像される。福田は昭和5(1930)年まで東京市の技師(建築課長)を務め、関東大震災後は東京の都市復興計画に多く参与したそうである。

　バンガロースタイルの旧日比谷公園事務所、明治建築特有の重苦しさは感じられず、ピクチャレスクなとても華やかで洗練されたものである。ちなみに設計者の福田重義は、公園事務所竣工から3年後の大正2(1913)年に開港記念横浜会館(横浜市開港記念会館)の設計懸賞競技に一等入選する。

　この当選案をもとに開港記念会館は翌年から建設が始まり、大正6(1917)年6月に竣工。後にそのシャープな美しい塔屋は〔ジャックの塔〕の名称で親しまれる事になった。本人は都市計画に多くの関心を寄せていたようだが、かなりのデザインの腕前を持った建築家だったようだ。

　多くの優秀な建築家や技術者を多く擁し、数々の華やかな市関連の施設を建設していた、明治から大正中期にかけての東京市営繕課。しかし関東大震災や戦時下の空襲、時代の経過により、この当時の東京市設計により建てられた建築作品は、この旧日比谷公園事務所のほか、現在武蔵野市の武蔵境(境南町)に移築されている旧麻布区役所(現日本獣医生命科学大学、設計：小林鶴吉、明治42年築)などごく僅かである。

　そのような点から捉えると、旧日比谷公園事務所は当時の東京市営繕課のレベルの高さを伺う事が出来る、貴重な建築作品ではないかと思う。平成後半から令和にかけて、日比谷通り沿いや丸の内に建設された高層ビル群に負けないその存在感。大正で大きく花開くモダン建築誕生を予感させる美しい建築作品、日比谷公園を訪れた際には是非実物を見学していただきたい、隠れた明治のモダン建築の傑作の一つである。

◆旧日比谷公園事務所(現フェリーチェガーデン日比谷)

　◎設計：福田重義(東京市)

　◎施工：不詳

　◎竣工：明治43(1910)年11月

　◎構造：木造2階建て

　◎所在地：東京都千代田区日比谷公園1-1

　　❖東京都指定有形文化財

建物基礎部分には、この建物の設計者である福田重義の生前の偉業を称えるプレートも設置されている。

福田といえば〔ジャックの塔〕の愛称でお馴染みの横浜市開港記念会館のデザイン原案者として知られる。

◆東京市日比谷図書館(設計：三橋四郎、明治41年築)

こちらが日比谷公園の南側にあった、日比谷図書館。設計は当時東京市に在籍していた建築家・三橋四郎(1867～1915)が担当。ルネサンスをベースに細部にアールヌーヴォー調の装飾を配したモダンな作品だった。関東大震災で建物は損傷したが、修繕され使われ続けたが、昭和20年の空襲で全焼している。

❖図版・・・・「東京百建築」黒田鵬心編

松本楼の前に咲くチューリップとネモフィラ。見ごろは少し過ぎていたが、なかなかのものだった。

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★参考文献・資料

「福田重義」鈴木栄基氏著、都市計画・16１、平成元年

「日本の建築　明治大正昭和　10・日本のモダニズム」堀勇良氏著、三省堂、昭和57年

「ウィキペディア・日比谷公園」ほか

★撮影・・・・2018年2月、2022年4月