函館市末広町の五島軒本館(函館の建築再見2022)

◆五島軒本館

　・・・・昭和10年竣工、函館大火後に建てられた美しい老舗レストラン店舗

　函館を旅して必ず訪れる場所といえば、市内に残る建築家・関根要太郎(1889～1959)の設計作品に、トラピスト・トラピスチヌの両修道院、幸坂の坂上に建つ旧ロシア領事館などがある。そしてもう一つ絶対訪れる場所が、末広町のバス通り沿いに建つ函館を代表する老舗レストラン・五島軒。以前この店でとても親切な対応をしていただき、その味と共に筆者夫妻はこの店のファンになり、函館滞在中は必ず訪れる店の一つとなったのである。

　五島軒の歴史は明治12(1879)年に、創業者の若山惚太郎が長崎五島列島出身の料理人・五島英吉の協力を得て、東浜の旧桟橋そばにロシア料理とパン・ケーキの店を開店させたのがその始まり。また明治19(1886)年の火災で店舗が焼けてのを機に、八幡坂下付近に店舗を移転させ、西洋料理店を開店させた。

　五島軒の料理は評判となり徐々に業務を拡大させ、明治34(1901)年には基坂下の日本銀行支店隣に3階建ての大規模店舗を開店させたという。それと時を同じくしてのちに五島軒の二代目を相続する若山徳次郎を、東京帝国ホテルに修行に行かせるなど料理のレベルアップを五島軒では図っている。

　そして明治40(1907)年8月に発生した大火では、基坂下にあった3階建ての店舗を焼失。これを機に相生町(末広町)の現在地に店舗を構えることになった。しかし大正10(1921)年4月の大火で、三度目の店舗焼失という悲劇に苛まれた。

　そこで五島軒は、当時函館工業補習学校で教鞭をとっていた、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)出身の建築家・村田専三郎(1891～1968)に新店舗の設計を依頼。翌年に一部鉄筋コンクリート造の地上3階建ての店舗を開店させた。なお店舗の一部にはホテルを併設させるなど、業務の充実も図られた。

　しかし新店舗竣工から12年後の昭和9(1934)年3月21日に発生した大火では、当日の猛火には勝てず店舗のすべてを焼失。五島軒は四度目の店舗再建をおこなう事になったのである。店舗再建に際してはこれまでの大火を教訓に、総鉄筋コンクリート造での店舗再建を決断。竹下茂と亀井勝次郎という二人の若い建築家を、新店舗の設計者として招聘した。そして昭和10(1935)年9月に、鉄筋コンクリート造2階建ての店舗は晴れて竣工した。

　五島軒の設計者の一人である亀井勝次郎(1910～1981)は函館の出身。亀井家は函館を代表する地主で、父の亀井喜一郎は函館貯蓄銀行の支配人や函館区議会議員を務めた地元の名士であった。また勝次郎の兄・亀井勝一郎(1907～1966)は、のちに作家・文芸評論家として大活躍した人物である。

　勝次郎は昭和9(1934)年に早稲田大学理工学部建築学科を卒業。卒業間もなくに昭和9年の大火が発生し、復興のために函館市の土木課建築係に奉職し、約2年に渡り函館市の復興に携わった。その頃に勝次郎が設計を手掛けたのが、五島軒の本館だったのである。

　そして五島軒のもう一人の設計者である竹下茂は、大正13(1924)年に東京の工手学校(現在の工学院大学)の卒業。平成12(2000)年に北海道大学の大学院生・若村耕平氏が作成された研究論文〔亀井勝次郎の建築活動〕によると、亀井勝次郎の父・喜一郎が東京から招いたそうである。

　ちなみに今から13年前に当ブログにコメントを頂いた方の情報によると、竹下茂はフランク・ロイド・ライトの日本における一番弟子だった遠藤新(1889～1951)の事務所スタッフの一人だったそうである。そのような事もあってか、この筋向いに建つ竹田病院の旧館(現存せず)は、一部の書籍では遠藤新の作品リストに掲載されている。

　なお亀井勝次郎は以前に何度も紹介したように、少年時代の大正10(1921)年に函館大火と遭遇し、間もなく父の喜一郎が建築家の関根要太郎(1889～1959)+山中節治(1895～1952)兄弟に新居の設計を依頼、この年にはとてもモダンな邸宅を元町の大三坂に竣工させている。兄の勝一郎はそのような裕福な家で生まれたことに反抗し、左翼活動に傾倒し治安維持法で逮捕されてしまったが、勝次郎はモダンな自邸の影響もあってか、建築の道を志し山中節治が通っていた早稲田大学建築学科に入学している。

　五島軒の起工当時24歳の若さだった亀井勝次郎。実は父の喜一郎と五島軒の代表・若山徳次郎は、地元の名士として長年親しい間柄にあったようで、このような若さで五島軒の設計を手掛ける事になったのである。

　そのような若い勝次郎と竹下茂の設計により建てられた五島軒の本館。若さという要素は全くなく、逆に老練さを感じさせる落ち着きのあるデザインに仕上がっている。地元の人たちに長年親しまれた老舗レストランであるから、相当なプレッシャーがあっただろうが、とても上品な作品に仕上げたのである。

　外観は落ち着きのあるルネサンス調の五島軒。控えめな外観とは一転、調度品やステンドグラスはアールデコの影響が感じられる、この時代ならではのモダンな仕上がりになっている。また2階の王朝の間はアールデコ調とは一転し、トラディショナルな空間。樺太のツンドラの草木を材料にした珍しい天井の合板を使っているそうで、他の部屋とは違ってとても重厚な雰囲気を醸し出す。また店内には舟越保武、舟越桂氏の作品をはじめ、多くの美術品が展示されており、まるで美術館のようだ。

　一般の来客者は宴会や団体客でないと正面左側の雪河亭に通される事か多いが、廊下からの店内見学に際しては大丈夫との事なので、来店された際には本館(旧館)の美しさを是非堪能して頂きたいものである。

　かという筆者も前回、前々回の訪問では閉店時間や帰りの飛行機に追われ、ゆっくりと見学できていない。次回こそはゆっくりと建物の鑑賞もしたいと考えている筆者である。次回の函館訪問が待ち遠しい今日この頃である。

◆五島軒本館

　◎設計：竹下茂、亀井勝次郎

　◎施工：勝田組

　◎竣工：昭和10(1935)年9月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て、地下1階

　◎所在地：函館市末広町4-5

　　❖国登録有形文化財

　　❖函館市景観形成指定建造物

五島軒の館内には戦後を代表する彫刻家・舟越保武(1912～2002)の作品も多く展示されている。さながら美術館のような五島軒の店内である。
五島軒のシンボルの一つも言えるステンドグラス。先代のステンドグラスが平成14(2002)年9月の隣家からの不審火で焼失したため、それを再現し制作されたのが現在のステンドグラスである。
五島軒では自社の歴史を紹介する、素敵な動画も発表されている。詳しくはこちらをご参照していただきたい。

そして五島軒本館の最大の見所である王朝の間。モダンともトラディショナルとも違う、独特な空間が広がる室内である。

本館内には舟越保武の子・舟越桂(1951～)の作品も展示されている。

************************************************************★参考文献・参考資料「近代建築再見　上巻」山口廣氏著、建築知識、平成9年「亀井勝次郎の建築活動」若村耕平氏論文、日本建築学会大会学術講演梗概集、平成12年「都市の記憶Ⅱ　日本の駅舎とクラシックホテル」鈴木博之氏著、白揚社、平成17年「五島軒レストランヒストリー」五島軒ホームページ★撮影・・・・・2016年10月、2018年9月、2020年10月