埼玉県羽生市立手子林小学校(建築家・関根要太郎作品研究)

◆埼玉県羽生市立手子林小学校

　・・・・昭和29年竣工、羽生の田園地帯に建てられた廊下が無いモダンな校舎

　昭和27(1952)年の春に、埼玉県桶川町立桶川小学校の10教室・木造2階建て校舎を、〔平衡構造工法〕というローコストで建設可能な工法を用い、通常の約半額の予算で竣工させた埼玉県秩父市出身の建築家・関根要太郎(1889～1959)。

　また桶川町立小学校の竣工から約半年後に関根は、その前年に火災で役場を焼失してしまった埼玉県上尾町のために、新役場の設計を担当することになった。そして約5ケ月の工期を経て、昭和28(1953)年2月には鉄筋コンクリート造2階建て庁舎を、平衡構造工法を用い予算630万円という低予算で竣工させた。

　関根のご遺族から伺った話によると、関根が低予算で設計を手掛けた桶川と上尾の公共建築は、戦後の混乱期で慢性的な予算不足や、都心からの人口流入に伴う児童数増加により、校舎不足に悩まされていた埼玉県内の自治体関係者の間で評判となり、相次いで公共建築の設計依頼が関根のもとに舞い込んだという。これ以降関根は昭和34(1959)年2月に69歳で亡くなるまで、埼玉県内で約20件の公共建築の設計を担当することになった。また関根の没後も、実弟で建築家の山中眞三郎(1897～1977)により、その一部の仕事は継続されおこなわれている。

　そして昭和28(1953)年ころ関根は、一軒の小学校建築の設計を手掛けることになった。それは埼玉県の北東部にある羽生市(起工当時は北埼玉郡手子林村：てこばやしむら)の市立手子林小学校。鉄筋コンクリート造3階建ての、当時の埼玉県内では屈指の大規模な公立学校の校舎建築だった。

　冒頭の写真でご覧いただいた手子林小学校は、昭和29(1954)年11月に竣工。当時としてはモダンな校舎建築だったが、平成元(1989)年に関根設計の校舎から南に300メートルほど離れた土地に、鉄筋コンクリート造2階建ての新校舎が竣工したのを機に、35年に渡る役目を終え解体されている。

　手子林(てこばやし)小学校の前身にあたる、組合広聞(くみあいこうぶん)小学校は明治6(1873)年の開校。下手子林村の名主・岡戸文右衛門(1835～1906)が開設したもので、村内の清浄院の本堂を借りそれを校舎に充てたという。なお岡戸文右衛門は県立不動岡高校の前身にあたる私立英和学校を開設させるなど、教育に情熱を注いだ人物だった。また広聞小学校は明治35(1902)年には手子林尋常小学校と改称し、下手子林地区で引き続き学校教育をおこなっていく。

　戦後になり手子林村では、新校舎建設の機運が高まったようで、当時地方の学校建築ではまだ珍しかった鉄筋コンクリート造校舎の建設を英断する。

　また昭和28(1953)年3に月には、手子林村は山崎忠一という人物が村議会の推薦により村長に就任。これ以降、手子林村は近隣町村の合併による羽生市の誕生や、コンクリート造の小学校舎建設を具体化させているので、山崎忠一の存在が手子林地域の近代化に大いに貢献したことは容易に想像できる。ちなみに山崎は昭和36(1961)年からに数年に渡り、羽生市の収入役や助役を務めている。

　手子林村の村立小学校として建設が始まった、関根要太郎設計による手子林小学校。建設中の昭和29(1954)年9月には、羽生町、手子林村、須影村などの6町村が合併し、羽生市が誕生。それにより竣工翌年に発行された雑誌〔近代建築〕には、羽生市立手子林小学校名義で紹介されている。

　鉄筋コンクリート造3階建て12教室による、関根設計の第1期工事は完了。その後、昭和35(1960)年には、鉄筋コンクリート造2階建ての北側校舎が竣工。昭和45(1970)年には体育館が建設され、学校施設の充実が図られている。

　関根設計による手子林小学校の校舎、一見すると典型的な鉄筋コンクリート校舎に見えるが、建物外壁の末が少しずつ狭まるという表現主義風のモダンデザインも施されている。手子林小学校の竣工より約30年前に竣工した、函館市末広町の旧百十三銀行本店(設計：関根要太郎+蔵田周忠、大正15年築)を彷彿させるシルエットだ。モノクロ写真から推測するに、竣工当初は外壁に白の塗装が施されていたようだ。水田と畑が殆どの手子林地域にあって、関根設計によるモダン校舎の出現は、相当なインパクトがあったと想像される。

　先にも紹介したように関根は、昭和27年より公立学校の校舎の設計を幾つか手掛けるようになったが、鉄筋コンクリートの校舎としては手子林小学校が最初の作品となった。なお手子林小学校の翌月には、埼玉県上尾町の町立第二小学校(現上尾市立中央小学校、昭和29年築：平成23年解体)が竣工。以降、羽生、上尾のほか、戸田、朝霞などで、鉄筋コンクリート造による公立学校の校舎建築の設計を手掛けていくのであった。

　竣工当初はとてもモダンな佇まいだった、関根要太郎設計による手子林小学校の先代校舎。冒頭や下の写真をご覧いただいて、通常の校舎と比較して厚みがないのにお気付きだろうか。実はこの校舎、教室の背後(北側)にある長廊下がないのである。その代わりに2か所の昇降口と移動用の階段を設け、そこから移動をおこなう方式をとったのである。

　実はこのスタイル、建設予算が制限されていた事もあり、廊下をなくしその分を教室に充てた訳だ。当時関根は秩父郡皆野町の小学校などで廊下なし校舎建設を試みようとしたが、実現したのは手子林小学校のみのようである。この他にも東に15度校舎を向きを変え、冬場の日照に考慮をおこなっている。

　このように戦後の校舎不足を解消させるために建設された、関根設計による手子林小学校。平成元(1989)年に新校舎が解体したのに伴い、その役目を終え今から30年ほど前に解体されている。しかし戦後の復興期を支えた施設として、未来にその記憶を残すべき、とても実験的な学校建築であったと筆者は考える。今回は限られた写真ではあるが、手子林に建てられた在りし日のモダンな小学校の姿を、堪能していただければ幸いである。

◆羽生市立手子林小学校

　◎設計：関根要太郎+山中眞三郎(関根建築事務所：関根建築研究所)

　◎施工：島藤建設埼玉出張所

　◎竣工：昭和29(1954)年11月

　◎解体：平成元(1989)年以降

　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て

　◎旧所在地：埼玉県羽生市下手子林1349

❖図版・・・・「近代建築」昭和30年3月号→冒頭の写真、埼玉県立公文書館所蔵写真→2枚目の写真

昭和32(1957)年に新日本教育振興会埼玉支部から刊行された〔埼玉県学校大観〕より。当時の手子林小学校は16学級、児童数745名からなるこの地域としては大規模な小学校だった。円の中の写真の人物は、当時の校長・吉田登貴男氏。

❖図版・・・・「埼玉学校太観」昭和32年
❖図版・・・・「羽生市勢要覧　昭和32年度版」
露出過多で詳細が分かりづらいが、関根ならではのモダンなデザイン。左右2か所の昇降口から各教室に入る仕組みになっていた。

玄関ホール廻り。ここから階段を上って各教室へ移動するという構成の校舎だった。

1階と2階の平面図。ご覧のように廊下なし校舎という大胆な構成。限られた建築予算で多くの教室を確保するかという、苦肉の策で手子林小学校の校舎は建てられた訳である。
手子林小学校の竣工間もなくの昭和30(1955)年初頭には、雑誌〔近代建築〕に「廊下の無い学校」というタイトルと共に、新築間もない手子林小学校が紹介された。

❖図版・・・・「近代建築」昭和30年3月号より→上の6点、資料提供：林理絵氏
★晩年の関根要太郎

昨年に紹介したように、晩年の関根要太郎を写した1枚。中央が関根で、左に写るのが関根の実弟で建築家の山中眞三郎(1897～1977)。この当時、関根の助手として山中眞三郎が埼玉の建築活動に加わっていた。恐らく埼玉の現場で撮影されたものと想像される。

ちなみに関根要太郎の半世紀近くに渡る建築家活動については、下のリンクした3年前に発表した記事を参照していただきたい。

❖図版提供・・・・・山中眞三郎の孫にあたるM様

関根要太郎設計による手子林小学校の解体から30年が経ち、その跡地は一戸建ての住宅地となっていた。水田が多い低地帯であるこの周辺にあって、長年に渡り整地がおこなわれていた学校用地は、住宅地への転用には最適だったと想像される。

その住宅街の一角〔藍の里2公園〕という小公園には、手子林小学校の校門(通用門?)と建築記念碑が残されていた。
門柱の裏には〔報〕〔恩〕の二文字が。

建築記念碑には〔村立手子林小学校〕との記載がされていた。文字が殆ど読み取れなかったが、昭和28年から羽生市誕生まで手子林村の村長を務めていた山崎忠一の名が記されているので、昭和29年の校舎竣工を記念する碑だと推測される。

碑の裏面も設置から60数年という年月もあってか、全く判読できなかった。

藍の里2公園内に設置されたこの塔は、〔合祀戦没者　慰霊の塔〕で昭和44(1969)年10月の竣工。この地域で戦時中に出征し、亡くなった人たちを弔う目的で建てられた。設計は小島助雄氏、施工は(有)渡辺工務店、石材石工は村上石材店が担当したそうである。

この辺りに手子林小学校の校舎や運動場があった訳だ。

道路右側は手子林小学校の旧敷地。

現在使用されている手子林小学校の校舎は平成元(1989)年の竣工。ゆとりある教室を設けた学校建築だという。なおこの小学校の卒業者には、埼玉西武ライオンズ所属の投手・渡邊勇太朗(2000～)選手がいる。

手子林小学校が建つ周辺地域は、県内屈指の稲作の栽培地域である。

下手子林の各所から手子林小学校の跡地を見る。

本題から少し脱線するが、手子林小学校から西に約500メートル、豊武神社内に建つ村立手子林中学校の新築記念碑。戦後の新制中学発足に伴い、昭和22(1947)年4月に開校。それに伴い手子林村の村民をはじめ関係者の寄付により、木造2階建て校舎が建てられた。また昭和56(1981)年には、近隣の中学校との合併により閉校。その隣の藍の里公園には閉校記念碑が設置されている。

昭和22年に建てられた記念碑の裏には、数多くの寄付者の名前が記されていたが、設計者・施工者に関する建築データに関しては不詳。跡地は手子林公民館とその付属グランドになっている。なお記念碑の書は、埼玉出身の農学博士で当時京都大学の名誉教授を務めていた、橋本伝左衛門(1877～1977)によるものだ。

手子林地域を流れる葛西用水路。江戸時代初期に利根川から江戸を結ぶ灌漑用水路として開発された、日本を代表する農業用水の一つ。広大な水田地域からは日光の男体山や赤城山、秩父の山々が一望することが出来た。

こちらは葛西用水の分水。
手子林の最寄り駅である東武鉄道伊勢崎線の南羽生駅。60代半ばになっていた関根要太郎も手子林小学校の建設中は、住まいがある浦和から電車を乗り継ぎ、この駅を利用していたのだろう。ちなみに当時は須影という駅名だったという。

◆羽生市立羽生西中学校(設計：関根要太郎、昭和33年築)

手子林小学校に次いで関根が羽生で設計を手掛けた公立学校の校舎。写真右手に写る足場の組まれた3階建ての建物がそれで、昭和33(19588)年7月に竣工した。建築面積は1238㎡。左手に写る校舎は昭和26(1951)年に竣工した、羽生初の鉄筋コンクリート校舎で、設計者は不明である。

正確な記録はないが、平成15(2003)年に現在の2号館校舎が完成しているので、そのころに解体されたと想像される。

　

❖図版・・・・「羽生市勢要覧　昭和32年度版」羽生市

東武鉄道、秩父鉄道の羽生駅の橋上駅舎より撮影。写真左手に写るのが、羽生西中学校の多層式体育館。平成に入り校舎の改築がおこなわれ、当時の面影を残す校舎は一切残っていない。

本題とは関係ないが、この日は日光方面の山々の眺めがとても美しかった。

手子林小学校跡近くの清浄院横の用水路より。
手子林小学校、先代校舎の平面図。下のGoogle マップと比較していただけると、学校跡地の変わりように驚かれるかも知れない。

❖図版・・・・「近代建築」昭和30年3月号

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★参考文献・参考資料

「近代建築　昭和30年3月号　廊下の無い学校　羽生市立手子林小学校」関根要太郎氏著、昭和30年

「埼玉県学校大観」新日本教育振興会埼玉支部編、新日本教育振興会、昭和32年

「昭和あれこれ　そのとき羽生は」服部克巳氏著、私家版

「羽生市立小中学校要覧　昭和60年度版」

「埼玉県ホームページ　埼玉県ゆかりの偉人」

「埼玉県羽生市立手子林小学校　ホームページ」

「埼玉県羽生市立羽生西中学校　ホームページ」

「埼玉県羽生市立羽生東中学校　ホームページ」

「橋本伝左衛門とは　コトバンク」

「ウィキペディア　葛西用水路」ほか

★撮影・・・・・2022年3月