東京銀座の鈴木ビルディング(建築家・山中節治作品研究2022)

◆鈴木ビルディング

　・・・・昭和4年竣工、銀座一丁目に建つ和洋折衷なレトロモダンなビルディング

　

　先日は東京深川(江東区)にあった、建築家・関根要太郎(1889～1959)の設計作品・村林ビル(昭和3年竣工)を紹介させていただいた。

　この村林ビルは、隅田川に架かる東京の名橋・永代橋(大正15年竣功)より徒歩数分の場所にある、とても美しいビルディングだったが、平成29(2017)年に多くの人に惜しまれつつ解体され、東京都内に残る関根作品は多摩市連光寺に建つ旧多摩聖蹟記念館(昭和5年築)のみになってしまっている。

　しかしながら東京中央区の銀座一丁目には、関根の実弟である山中節治(1895～1952)の設計作品・鈴木ビルディングが現存し、東京都選定の歴史的建造物に指定されている。銀座といっても様々な名店が並ぶ中央通り沿いではなく、そこから10分ほど歩いた旧木挽町、東京メトロ有楽町線の新富町駅のそばに建つ。ちなみに木挽町といえば江戸時代は芝居の町として知られたエリア。松竹の貸衣装業を営んでいたオーナーが、自社ビルとして昭和4(1929)年に建てたものだという。

　山中節治は埼玉県秩父の旧大滝村上中尾の出身。兄・要太郎の影響もあってか建築の道を志し、大正7(1918)年頃から兄弟で共同設計を開始、兄・要太郎の作品をより華やかなものに昇華させた人物である。ちなみに函館に現存する函館海産商同業組合事務所(末広町、大正9年築)、旧亀井喜一郎邸(元町、大正10年築)は、関根・山中兄弟の共同設計作品だ。

　そして大正末頃に兄・要太郎が開設した〔関根建築事務所〕から独立。その後は主に、住宅や商店建築の設計を多く手掛けることになった。また昭和40年代前半まで使われた函館競馬場の観覧席(昭和5年築)も、山中の設計により建てられたものである。

　

　先にも紹介したように松竹の貸衣装業を営んでいた、鈴木家が建てたこのビルディング。建物玄関そばに設置してある東京都選定歴史的建造物を記す説明版によると、この建物はかつて甲子屋(きのえねや)倶楽部と呼ばれ、芝居の公演や稽古事に部屋を貸していたという。筆者は建物内を未だに見学した事がないのだが、2階には芝居ができる舞台付きの大広間があるという。芝居の町・木挽町の築地川沿いに建つ鈴木ビル、竣工当時はモダンで粋な存在の建物だったに違いない。

　山中節治は銀座では大正半ばより、数多くの商店建築の設計を手掛けており、そのような人脈でこのビルの設計を依頼されたと想像される。

　なお東京都のホームページや建築関連の書籍では、〔新定蔵〕なる人物が設計者として紹介されている。これは竣工間もなくに洪洋社という、建築関連の書籍を扱う出版社が刊行した〔建築写真類聚　事務所建築編〕の中で、施工者である新工務所の所長・新定蔵の名が誤ってクレジットされたため、これを鵜吞みにして新定蔵の設計によるものと広まってしまったようである。下の資料をご覧いただければお分かりのように、山中節治がこのビルの本当の設計者である。

　鈴木ビルの竣工当時、34歳という若さだった山中節治。山中は20歳ころには幾つかの建築関連のコンクールに入選し、28歳には自身の建築作品集〔建築図案　文化住宅と其の生活〕を出版するなど、若い頃から頭角を現した天才建築家だった。但し一時期建築家活動を休止するなど、営業能力に長けた兄・要太郎に対し、芸術家肌の建築家だったようだ。そういうことで昭和7(1932)年に節治の郷里・埼玉秩父に建てられた、大滝村立大滝小学校上中尾分校 が竣工して以降、山中の設計作品は当時の建築関連の雑誌で登場することは殆どなくなった。

　そして肝心の鈴木ビルのデザインだが、銅板が貼られた馬蹄形の屋根窓や、建物右側の出窓や建物左側のテラコッタ、茶褐色のスクラッチタイル、窓付近や1階と2階の間に大きく取られたの幾何学模様のタイルなど、とても賑やかなデザインである。しかもテラコッタの図柄は、和のテイストを感じさせる渋い出来栄え。

　恐らく施主の商売や、これからこのビルが使われる用途を考え、山中節治がこのようなデザインを施したのだろう。ビル前の道幅が狭いため見学・撮影ともに一苦労するが、ヴォリューム満点の作品である。

　鈴木ビルの存在を知って早や20年、長年気になって仕方がないのが、玄関から僅かに見える階段室のタイルとレリーフ。タイルは黄色・赤・やや紫がかった青で構成されており、とても魅力的な色を発している。そして階段室も和のテイストを感じさせるアールデコ調のレリーフが飾られているのだ。建物各所に様々な演出がされているではないかと想像してしまう筆者である。

　この時代に日本国内で流行していたドイツ表現主義やアールデコの影響を受けつつも、和のテイストまで凝縮させた天才建築家・山中節治の若き日の傑作。とても奥が深いユニークな傑作である。函館の関根・山中作品を気に入っていただけ方なら、銀座(旧木挽町)の鈴木ビルもその美の虜になってしまうのではないかと思う。

　機会があれば銀座から少し寄り道していただいて、その実物を鑑賞していただきたい昭和初期のモダン建築の名作の一つ。竣工から93年、山中節治の設計作品は、東京の一等地に今もどっしりと生き続けているのである。

◆鈴木ビルディング

　◎設計：山中節治(山中建築事務所)

　◎施工：新工務所

　◎竣工：昭和4(1929)年12月

　◎構造：鉄筋コンクリート造5階建て

　◎所在地：東京都中央区銀座1-28-15

　　❖東京都選定歴史的建造物

玄関から見える階段室のタイル。とても魅力的な美しい色である。その上の窓に設けられたアールデコ調のレリーフもなかなかの出来栄えだ。
建物前に貼られた東京都選定歴史的建造物であることを紹介する看板。これは平成25(2013)年に撮影したものだが、その後設計者に関する訂正がおこなわれたかは謎である。
三吉橋より。現在は首都高速が走っている場所は、かつては築地川が流れていた。

★山中節治肖像

今から十数年前、山中のご遺族からお借りした写真の一枚。山中は22～23歳という若さで、雑誌〔建築画報〕に自身の設計作品が紹介される。そして間もなく、実兄である関根要太郎と共同設計を開始。大正半ばには早稲田大学建築学科に選科生として入学し、佐藤功一や今和次郎のもと、より本格的な建築学を学んだ。この写真もそのころに撮影されたものと想像される。

❖写真提供・・・・足立マリ子氏

★鈴木ビルディングを紹介した雑誌「国際建築」の広告

「国際建築」昭和5(1930)年2月号に掲載された新工務所の広告。右上のクレジットを見ていただければお分かりのように、山中節治建築事務所設計と記載がされている。

この他に藤森照信氏の著書「銀座建築探訪」には鈴木ビルが取り上げられており、ビル内から山中節治が作成した図面が見つかったと紹介されている。

❖図版・・・・「国際建築」昭和5年2月号

★山中節治設計の商店・オフィスビル作品★松本歯科病院(東京銀座、大正10年築)
京橋区の弥左衛門町、現在の銀座四丁目に建てられたもの。函館に平成22(2011)年まであったイチヤマ商店に似た出来栄え。
❖図版・・・・「建築世界」大正10年7月号
◆白金通りのビルディング式商店(東京芝、大正14年ころ築)
現在の東京港区高輪の目黒通り、日吉坂沿いに建てられた商店建築。白い外壁と建物右側の筋模様など、函館末広町に建つ旧仁壽生命函館支店(大正10年～大正14年)とで共通したデザインが多くみられる作品である。
❖図版・・・・「建築画報」大正15年1月号

◆矢島島津豊田周防共同建築(東京神田、昭和3年築)

東京千代田区の神田錦町一丁目に建てられた、4者共同の商店建築。建物は連続しているが、外観をその店ごとに変化を持たせたユニークな作品である。設計は山中節治、施工は大倉土木が担当している。

*******************************************************

★参考文献・参考資料

「国際建築」昭和5年2月号

「銀座建築探訪」藤森照信氏著、白揚社、平成24年

「復興建築　モダン東京をたどる建物と暮らし」栢木まどか氏監修、トゥアーヴァージンズ、令和2年

★撮影・・・・2009年2月・4月、2010年4月、2013年11月、2020年9月、2021年10月