東京中央区の銀座松屋デパート(大正モダン建築再見2022)

◆松屋銀座店

　・・・・大正14年竣工、外観は現代的、骨格はレトロな老舗デパート建築

　函館では末広町の丸井今井呉服店(大正12年築、昭和5年増築)と、森屋百貨店(大正14年築、昭和5年増築)という、2棟のデパート建築の設計・施工を手掛けた請負師の木田保造(1885～1940)。　この他に木田保造が率いる木田組は、東京日本橋の白木屋呉服店(大正7年築)、札幌の丸井今井呉服店(大正15年築)、神奈川県川崎市の小宮呉服店(昭和2年ころ築)、横須賀市の雑賀屋呉服店(昭和3年築)、北海道小樽市の大国屋呉服店(昭和8年ころ築)、群馬県高崎市の麻屋呉服店(昭和8年築)など、多くのデパート建築の施工と一部は設計を手掛けている。
　そして木田が手掛けたデパート建築の代表作といえば、東京都中央区銀座3丁目に建つ松屋呉服店であろう。銀座松屋の名称でお馴染みのこの建物、東京神田の今川橋に店舗を構えていた松屋呉服店として、大正14(1925)年5月1日にオープンしたものである。大正10(1921)年4月から約4年の歳月を経て建てられた、鉄骨鉄筋コンクリート造8階建て・地下2階の当時としては大規模なビルディングだった。
　日本橋の三越本店(昭和2年築)と共に、東京を代表するデパート建築となった松屋呉服店。竣工当初はルネッサンス・スタイルのとても華やかな建物だったという。しかし終戦後におこなわれた進駐軍の建物接収(東京PXとして使用される)、そして接収解除後の改修や施設の改編、東京オリンピック時の大規模改修・増築、平成18(2006)年の外壁耐震補強工事などがおこなわれ、竣工当時の面影は殆ど留めいない。　しかしなながら、ガラス貼りの今風な外観からは想像が付かないが、今年(令和4年：2022年)で築98年目を迎える、銀座でいちばん古株の歴史的建造物なのである。この斜め向かいに建つ銀座和光(設計：渡辺仁、昭和7年築)より、7年も竣工年が古いのは驚きかも知れない。
　銀座3丁目の松屋銀座として使われるこの建物、竣工当初は銀座ビルディングという名称で計画されたものだった。大正6(1917)年に官営の煙草工場があった土地を第一徴兵保険会社(戦後の東邦生命の前身にあたる生保会社)が買収し、大規模ビルディングの建設が計画される。そして大正10(1921)年4月に、木田保造率いる木田組の設計・施工により、銀座ビルディングの建築工事が始まった。
　木田は大正4(1915)年にに同社の事務所と倉庫の施工を手掛けていたので、その縁でこのプロジェクトを受け持つことになったようだ。ちなみに木田組により建てられる事になった銀座ビルディングはこの年の暮れ、完成予想模型と外観設計図が〔建築世界〕に発表され、業界関係者が注目する建築プロジェクトになったのである。
　なお当初の建築設計を練ったのは、建築家の本間乙彦(旧姓：稲田、1892～1937)である。本間はのちに関西を拠点に活躍したことで知られる人物だが、この時期は木田組に在籍していた。　ちなみに本間は当ブログの主人公である、建築家・関根要太郎(1889～1959)の東京高等工業学校(現在の東京工業大学)時代の同級生で、関根の紹介で木田組で働いていたという。ちなみに本間乙彦設計はこの時期、木田組において福岡銀行東京支店(大正8年築)など幾つかの建築設計を手掛けていた。なお関根と木田は長年にわたり交友があり、2人の軌跡を辿っていると、このようなエピソードと度々出会う。
　当初は店舗兼貸オフィスを計画していた銀座ビルディングであったが、大正11(1922)年にの秋に松屋呉服店がこの建物の大部分を借りることが決定。大正12(1923)年5月にデパート仕様の設計に変更し工事は再開される。この年の9月1日に発生した関東大震災では、足場や型枠が焼けたのが原因で鉄骨の曲違が生じたが、修繕がおこなわれ工事は継続された。そして起工から4年後の大正14年に松屋呉服店はオープンの運びとなった。
　ちなみに松屋竣工後の昭和6(1931)年には、店舗の京橋側に木田組の施工により伊東屋(設計：岡田信一郎、1883～1932)が竣工。銀座を代表する老舗文具店として知られる伊東屋の店舗は、松屋と相通じるデザインで建てられたものであり、戦後の松屋増改築に伴い松屋の一部として組み込まれている。現在建物中央に設けられた松屋の看板から見て左側の一部が、伊東屋の構造体にあたる。
　竣工から98年、建物内外とも改編がおこなわれ、竣工当初の面影を残さない松屋銀座。しかし店内各所にある戦前の建物らしい重厚な梁や、ガラスが貼られていない建物裏の外壁などに、当時の面影を残す箇所が少しだけだが見ることが出来る。　また建物内の構造体は竣工時の面影を残すところが多く、地下入り口の階段、中央の吹き抜け、吹き抜けと連続して設置された7階までの階段などがそれにあたる。そして外壁にガラスが貼られたが、角ばった重厚な作りは、いかにも戦前築の建築作品といった感じの佇まいである。
　松屋百貨店というと、東武鉄道の浅草駅とドッキングした松屋浅草店(設計：久能節、昭和6年築)が、東京スカイツリーのオープンを機に竣工時の姿に復元されたのが記憶に新しい。それに対し銀座はその土地柄か、時代の最先端を追求したデザインに年々変化を遂げているのは興味深い。この先、松屋銀座店はどのような変貌を遂げるのだろうか。竣工当時の姿に復したら、ガラス張りの建物だらけの銀座では、相当なインパクトがあるのではないかと筆者は考える。　あと2年で築100年、銀座の街で鎮座し続ける木田保造の代表作。機会があれば建物にも注目していただきたい、隠れた大正建築の一つである。

◆松屋銀座店(銀座ビルディング、松屋呉服店)

　◎設計：木田保造、本間乙彦(木田組)

　◎顧問：大熊喜邦

　◎施工：木田保造(木田組)

　◎起工：大正10(1921)年4月

　◎竣工：大正14(1925)年5月

　◎構造：鉄骨鉄筋コンクリート造8階建て、地下2階

　◎所在地：東京都中央区銀座3-6-1

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

令和2(2020)年1月、竣工当時から残る階段室に設けられていた当時のポスターや写真。
こちらは戦後間もなくの進駐軍に接収された当時の写真。昭和初めに増築された伊東屋の姿が確認できる。

◆戦前の松屋銀座を写した絵葉書

こちら4点は筆者所蔵の絵葉書コレクションより。戦前を代表する大規模商業建築だけあって多くの絵葉書が発行された。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

★銀座百年史より

中央通り側の出入口は変更されているが、写真右側の地下からの出入口は竣工時から同じ場所に設置されている。

図版下の階段室は現在シンプルな作りになっているが、竣工時とほぼ同じ形状を保っている。なお戦後、この階段の前には空中エスカレーター〔スカイリボン〕が設置され、評判となった。現在は通常のエスカレーターに変更されている。

❖図版・・・・「松屋百年史」昭和44年より

◆竣工当時の松屋中央ホール

竣工当初はこのような大きな吹き抜けホールが設けられていた。その後建物の改編が繰り返されているが、規模を小さくして吹き抜けはかろうじて残されている。

❖図版・・・「工事画報」大正15年2月号

★銀座ビルディングの完成予想模型

松屋の入居する以前の大正10(1921)年暮れに、雑誌〔建築世界〕に発表されたもの。この初期プランを本間乙彦が制作されたと想像される。

❖図版・・・・「建築世界」大正10年12月号

銀座ビルディングの設計図

❖図版・・・・「工事画報」大正15年2月号

◆福岡銀行東京支店(東京神田、大正8年築)
本文で紹介したように木田組在籍時の本間乙彦が設計を手掛けた銀行店舗。昭和12年に関根要太郎が寄せた本間の追悼文によると、本間にとって初めて手掛けた本格的な建築設計だったという。この時代らしい、ユーゲントシュティールやセセッションの流れを汲んだデザインだ。
❖図版・・・・「建築画報」大正8年3月号★松屋銀座店の深礎工事実施の図
昭和10年代に入り、松屋の地下には免震目的の深層地下基礎工事が木田組の別会社・深礎工業社により実施された。

❖図版・・・・「深礎地業、深層建築」木田輪造著、昭和13年、筆者所蔵

竣工当初に設けられた吹き抜けホールは、面積は少なくなったものの生き残っている。

階段室も当時の構造体をそのまま残している箇所の一つ。

建物背面も近年耐震補強がおこなわれたが、竣工当初の面影を残す箇所の一つ。

地下への階段も当時の図面と比較すると、竣工当初のまま。外観はともかく構造体としては大正14年竣工の面影を多く残す松屋銀座である。建物上の看板左側がかつて伊東屋だった部分。更に左側は昭和39年に増築された部分である。
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★参考文献・参考資料

「松屋百年史」松屋社史編集委員会、松屋、昭和44年

「建築工事画報」大正15年2月号

「木田保造」木田組編、昭和16年

「図面でみる　都市建築の大正」鈴木博之氏、初田亨氏編、平成4年

「深礎地業・深層建築」木田保造氏著、深礎工業社、昭和13年

「追憶　本間乙彦君を偲ぶ」住宅、昭和12年10月号

★撮影・・・・2020年1月・2月、2022年1月