埼玉県川越市の旧山吉デパート(昭和モダン建築再見2021)

◆旧山吉デパート

　・・・・昭和11年竣工、川越ゆかりの建築家が設計を手掛けたデパート建築

　冬至も近くなり日を追うごとに日没時間が早くなる12月中旬の夕方、我が家の最寄り駅から東武東上線に乗り訪れたのは埼玉県の川越市である。地元の駅ではかろうじて射していた西日も、電車に乗っている間にすっかり沈み、川越に到着した頃にはすっかり暗闇の世界になってしまった。今年の5月と6月に川越を訪れた時は、この時間でも初夏の鋭い日差しが射していたのが、まるで嘘のようだ。

　この日は初夏の川越訪問と同様に、川越の隣駅の川越市駅から六軒町や中原町を抜け、蔵造り商家が多く軒を連ねる一番街通りへと向かった。５時過ぎという時間帯という事もあってか、老舗の和菓子店や人気のスイーツ店は営業を終了していたが、焼き鳥店などには若者を中心に長蛇の列が成されていた。若い人たちを中心とした川越ブームはまだまだ健在のようである。

　そしてこの日の川越訪問の目的は、ライトアップされた歴史的建造物を撮影するためである。実はテレビ埼玉(テレ玉)の夕方や夜のニュースで、ライトアップされた蔵の町の様子がライブカメラで紹介されており、以前から夜の川越を撮影したいと考えていた筆者であった。

　テレビ埼玉からのライブカメラ映像のように、川越のシンボルである時の鐘(明治27年築)の幻想的なライトアップや、白いライトアップがされた大正モダンな旧八十五銀行本店(設計：保岡勝也、大正7年築)もなかなかのものであった。この他にも一部の蔵造り商家もライトアップがおこなわれており、とても美しいものであった。

　これまで幾度となく川越を訪ねている筆者であったが、この時間帯の川越は初めてで別の町を訪れたような錯覚にも襲われたのである。そして今回の川越訪問で、とても印象的なライトアップがされた建物があった。それが今回紹介する旧山吉(やまきち)デパートである。

　旧山吉デパートは江戸期から川越を拠点に呉服と太物の商いをおこなってきた、山吉の新店舗として昭和11(1936)年に建てられたものである。山吉も他の呉服商の後を追うように、近代的なデパートメント経営に乗り出した訳である。

　ちなみに戦後に山吉が店舗を閉鎖した後は、川越ではお馴染みの丸広百貨店が15年ほどこの建物を店舗として使用。その後はキャバレーやパチンコ店として使用されたが、その後は長らく空き家の状態が続ていた。平成18(2006)年から川越出身の建築家・守山登氏(1971～)の設計・監修により、大規模改修工事が実施され現在のような華麗な姿に蘇ったが、今から20年ほど前は廃屋同然のボロ家だった。

　山吉デパートの設計を手掛けたのは、東京生まれの建築家・保岡勝也(1877～1942)である。保岡は明治33(1900)年に東京帝国大学工科大学を卒業後、三菱合資会社に入社し、技師として約10年に渡り勤務。この間に東京丸の内の三菱による赤煉瓦オフィス群の建設に携わっている。

　そして大正2(1913)年には東京銀座に自身の建築事務所を開設。三菱とは委託契約を引き続き結び、福岡県北九州市若松の三菱合資会社若松支店(大正2年築)をはじめ幾つかの建築設計を手掛けると共に、三菱以外にも埼玉県浦和の中井銀行浦和支店や、埼玉県秩父の秩父銀行本店など、幾つかの建築設計を埼玉県内で受け持つことになった。

　特に川越とは、大正4(1915)年の川越貯蓄銀行本店設計を機に、幸町に現存する旧八十五銀行本店(大正7年築)、近年国の重要文化財に指定された旧山崎家別邸(大正14年築)、幸町にあった二代目の川越貯蓄銀行本店(昭和8年築、施工：木田保造)など、川越の主要建築を幾つか手掛けていた。また川越に本店を置く八十五銀行は先に紹介した本店のほか、本庄・東松山・小川・志木の各支店、川越貯蓄銀行は２度の本店新築のほか、飯能支店の設計を手掛けるなど、川越の有力商人と親しい間柄にあったようだ。

　長年に渡り、川越とその周辺の建築設計を手掛けてきた建築家の保岡勝也。そして川越における保岡の最終作品となったのが、仲町の山吉デパートだったと想像される。保岡の川越における初作品である初代の川越貯蓄銀行本店が竣工したのが、大正4(1915)年の事なので約20年に渡り保岡と川越の関係は続いたという事になる訳だ。

　このような川越における保岡の軌跡を辿っていくと、どうしても同時期の建築家・関根要太郎(1889～1959)の函館における活動と比較してしまう筆者であった。

　保岡勝也設計による山吉デパートは、イオニア式のオーダーを持ち、建物中心には唐草模様の文様に配、、更に石造り風の外壁するなど一見すると銀行建築のようなデザインとなった。なお平成24(2012)年に川越市立博物館でおこなわれた企画展〔建築家　保岡勝也の軌跡と川越〕では、山吉デパートの計画図案数点が展示されており、現在の山吉デパートとは違うモダンゴシックなデザインのスケッチが多く見受けられた。

　つまり保岡はモダンな外観デザインを施主に薦めていたという事になる訳だ。しかしこのような銀行風の古典主義なデザインを施主が好んだというのは、設計者である保岡にとっては、とても興味深い結果に終わったのではないかと想像される。

　そして先日、どうして日没後に川越に訪れたかというと、この建物1階に設置されているステンドグラスを見るためである。製作は当時、国内トップクラスのステンドグラス製作所であった別府七郎(1873～1936)の工房で作られたものだという。

　空き家時代はステンドグラスの一部に板が貼られその全容は分からなかったが、平成20年の修復工事ではステンドグラス見事に手直しされ、往年の輝きを取り戻した訳である。なお別府七郎のステンドグラス採用については、保岡による建築仕様書には別府作品を使う事が最適と記されていたそうで、別府七郎に対する保岡の信頼が厚さが伺える記述ではないかと思う。

　今回も短い滞在時間だったが、幻想的にライトアップされた保岡勝也の作品と、美しく輝く別府七郎のステンドグラスをたっぷりと堪能する事ができた夜の川越訪問。幾度となく見ている旧山吉デパートであるが、全く別の表情を見せてくれたこの日であった。

◆旧山吉デパート(現山吉ビル、保刈歯科醫院)

　◎設計：保岡勝也

　◎施工：安藤組

　◎竣工：昭和11(1936)年

　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て

　◎改修設計：守山登建築研究所

　◎改修竣工：平成20(2008)年

　◎所在地：埼玉県川越市仲町6-6

　　❖彩の国景観賞2008受賞(平成20年)

ここからの3枚は今から約20年前の平成10(1998)年の早春に撮影したもの。この頃の旧山吉デパートは空き家で、建物背後に回ると1階部分がまる見えの状態になっており、板に覆われたステンドグラスの一部が確認できた。

川越・蔵の町通りのほぼ南端に旧山吉デパートは建っている。写真左側に写るのがそれである。高層ビルが建っていないこの地域では、3階建てのこのビルはよく目立つ。

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★参考文献・資料

「建築家　保岡勝也の軌跡と川越」川越市立博物館、川越市、平成24年

「守山登建築研究所ホームページ」

「日本のステンドグラス　明治・大正・昭和の名品」田辺千代氏著、白揚社、平成25年

「川越の建物　近代建築編」川越の建物編集委員会、仙波書房、令和3年

★撮影・・・・・1998年、2009年4月、2012年4月、2015年5月、2021年5月・6月・12月