東京豊島区の自由学園明日館(大正モダン建築再訪2021)

◆自由学園明日館

　・・・・大正11年竣工、西池袋に建つライト設計による美しき大正建築

　本年9月にテレビ東京での〔新美の巨人たち、特集：フランク・ロイド・ライト、ヨドコウ迎賓館〕の放映以来、20世紀を代表する世界的な建築家：フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867～1959)と、日本におけるライトの一番弟子ともいえる存在だった、福島出身の建築家：遠藤新(1889～1951)のちょっとしたブームとなっている筆者。先月と今回はじめ、3回に渡り東京池袋にあるライト作品を訪ねた。

　それは豊島区西池袋にある自由学園明日館である。大正10(1921)年から昭和2(1927)年にかけて、ライトと遠藤新の設計により建てられたものだ。

　池袋からは急行電車で15分ほどの武蔵野台地東端の町で暮らす筆者であるが、自由学園へ訪れるのは実に10年振りのこと。特に学園のシンボル的な存在である明日館(みょうじつかん)は、結婚式などの貸し出しで内部が見学できない日も多く、当初計画していた10月の第一金曜日に台風が襲来。そのため台風が通過した翌日に、館内でおこなわれている結婚式の様子を横目に外観を久しぶりに撮影した。

　しかしそれだけでは満足できず、10月下旬に明日館と後日紹介予定の講堂の一般公開日に内部を撮影。実はこのとき、妻はコロナワクチンの第2回目の摂取日で留守番をお願いしていたので、この感動を独り占めするのは悪いと思い、その翌週に妻を連れ、みたび自由学園を訪れたのである。この日は建物を更に堪能するために、喫茶付きの見学コースを選択。今回は2階の旧食堂が喫茶室に充てられていたが、この建物の人気は相当なのもので、一時は喫茶コーナーの座席がほぼ満員になる程だった。

　自由学園は大正10(1921)年4月に、日本初の女性ジャーナリスト〔婦人之友〕の創刊者や家計簿の考案者として知られる、クリスチャンで思想家の羽仁もと子(1873～1957)、もと子の夫でジャーナリストの羽仁吉一(1880～1955)夫妻により、女性の自立という目的をもって設立された私立学校である。そのころ建てられたのが、明日館やその周辺の施設だったのである。

　更に大正末に同学園は、現在の東京東久留米市南沢(現在の学園町)の土地10万坪を購入。その土地の半分近くを宅地分譲するとともに、その収益で南沢キャンパスの建設を開始。そして昭和9(1934)年には遠藤新設計による南沢キャンパスを落成させ、学校施設をそちらに完全移転させている。

　開校当初は女子部のみだった自由学園だったが、年を追って幼稚園・男子部・最高学部などが新設され、学校の充実が図られている。そして今年(令和3年：2021年)には、東久留米の地で学校創設100年を迎えた。

　羽仁もと子・吉一夫妻により創立された自由学園。なぜ世界的な建築家であったフランク・ロイド・ライトが校舎の設計を手掛けるようになったかというと、ライトの弟子である遠藤新と羽仁夫妻は既に面識があり、遠藤を仲介してライトが設計を手掛けるとになったという。また羽仁夫妻が掲げた学園の理念にライトは共感し、帝国ホテル(東京内幸町、大正12年築)の工事と同時に自由学園の校舎設計にも携わることになった訳だ。

　大正11(1922)年にライトは、工事の遅れや予算オーバーなどを理由に帝国ホテルの建築主任を解雇され、アメリカへ帰国してしまう。しかしその後は、ライトの高弟である遠藤新が仕事を引き継ぎ、明日館は竣工している。

　自由学園は当時緑豊かだった武蔵野台地の環境を配慮し、プレーリースタイル(草原様式)と呼ばれるライト特有の建築スタイルでデザインされている。そして中央ホールを中心に左右対称のコの字型に校舎は構成され、単純明快ながらもとても奥深さを感じさせる出来になっている。この構成は京都府宇治市の国宝でユネスコ世界遺産で有名な平等院鳳凰堂からの影響を指摘される事も多いが、ライトが建物の構成をプランニングしている間に辿り着いた偶然の産物だったのではないかと筆者は推測する。

　そして自由学園明日館は、ライトらしい独特な幾何学模様の窓ガラスに大谷石で構成された、簡素ながら四季の移ろいを感じさせる自然と調和した奥深いものとなった。

　現在はヨドコウ迎賓館として使われている兵庫県芦屋市の旧山邑邸は、ゴツゴツとした硬質な印象を受けるが、池袋の自由学園明日館は木造モルタル塗りという事もあってか、大谷石を使っていてもソフトな優しい印象を受ける。どの場所にいてもライトと遠藤新設計による明日館は、様々な表情を見せてくれるのは驚きである。

　更に自由学園の校舎群、使い手が女子学生という事もあってか、目線が低めに設定されているのも特徴である。特に中央ホールのライト式の小さな椅子に座り前庭を眺めていると、ライトと羽仁もと子・吉一夫妻が何を目指してこの校舎を建てたのか、分かってきたような気がした筆者であった。

　先日の訪問時、見学者の多くの方が満足した表情をして帰途についていたのは、この建物がいかに人に優しいかという事を証明しているような気がした。ぜひ一度は訪れて欲しい東京を代表する、いや日本を代表する名建築の一つである。

◆自由学園明日館

　◎基本設計：フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)

　◎実施設計：遠藤新

　◎施工：米良工務店

　◎竣工：大正11(1922)年6月・・・・中央棟、西教室棟

　　　　：大正14(1925)年 　 ・・・・東教室棟

　◎構造：木造モルタル塗り平屋、一部2階建て

　◎所在地：東京都豊島区西池袋2-31

　　❖国指定重要文化財

以前も紹介したが、自由学園南沢キャンパスの最寄り駅である西武池袋線・ひばりヶ丘駅に掲示している自由学園の広告看板。西武線の車内からも南沢キャンパスの緑豊かな森が見ることが出来る。

************************************************************

★参考文献・資料

「自由学園ホームページ」

「自由学園明日館　100周年記念季刊誌　まるわかり明日館」vol2．夏号、F・L・ライトと遠藤新　建物の特徴、2021年

★撮影・・・・2021年9月・10月・11月