兵庫県芦屋市のヨドコウ迎賓館(大正モダン邸宅再見2021)

◆旧山邑太左衛門別邸

　・・・・大正13年竣工、芦屋の高台に建つライト設計によるモダン邸宅

　先週末放送の、テレビ東京〔新・美の巨人たち〕で紹介されたのが、兵庫県芦屋市に建つヨドコウ迎賓館。この日の番組は、近代建築のファンとして有名な女優・内田有紀さんのナビゲートによるもので、芦屋に建つ20世紀を代表する世界的建築家の一人であるフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867～1959)の設計作品を、とても魅力的に紹介されていた。

　

　現在ヨドコウ迎賓館という名称で親しまれているこの邸宅は、大正13(1924)年に神戸東灘の造り酒屋・櫻正宗の八代目当主・山邑太左衛門の別邸として建てられたものである。ヨドコウ(淀川製鋼所)の所有になったのは戦後間もなくのことで、社長宅や社員寮として使われたのち、会社の迎賓館として使用が始まったという。

　また早くからこの邸宅に対する評価は高く、昭和49(1974)年には国の重要文化財に指定されている。そして平成に入ってからは一般公開が始まり、幾度かの修繕のための休館を経たのち、コロナ禍の現在も公開が続けられている。

　先日の放送を見て、この邸宅を改めて紹介したくなった筆者であった。実は神戸へは4年前の平成29(2017)年に旅しているが、この時ヨドコウ迎賓館は長期に渡る大規模修繕工事の真っ最中で、阪急電車の車内から修繕工事中のヨドコウ迎賓館の姿を見るのみだった。

　そういう事もあり、本日は11年前の平成22(2010)年7月に神戸・姫路を旅した時の写真を使い、記事を作成させていただいた。以前発表した写真とかなりだぶってしまってるが、芦屋に建つモダン邸宅を堪能いただければ幸いである。

　さて現在はヨドコウ迎賓館という名称で親しまれているこのモダン邸宅、先に紹介したように東灘の酒造メーカー・櫻正宗の八代目当主・山邑太左衛門の別邸として建てられたものだが、フランク・ロイド・ライトと造り酒屋の関係性が把握できなかった。これは八代目太左衛門の娘婿であった、弁護士でのちに衆議院議員を務める星島二郎(1887～1980)と、ライトの日本における一番弟子であった遠藤新(1889～1951)が、共に東京帝国大学の卒業で親しい間柄であった事が、ライトへの設計依頼に繋がったと考えられているそうだ。

　フランク・ロイド・ライト東京日比谷の帝国ホテル建設のため、大正2(1913)年に来日。そして大正6(1917)年には、遠藤新がライトに弟子入りし渡米。そして帰国後の大正8(1919)年からは帝国ホテルの本格的な建設工事が始まっている。

　またその頃には、山邑太左衛門別邸の大まかな設計プランは完成していたという。しかし建設工事が始まるのは、それから5年後の大正12(1923)年の事であった。そしてその翌年には芦屋のモダン邸宅が竣工した訳だ。

　また帝国ホテル建設中の大正11(1922)年には、当初予定より建設費が掛かった事や工期の遅れを理由に、ホテルの経営陣はライトを解雇。その後は遠藤新を始めとした日本人スタッフにより、帝国ホテルの建設工事は続けられ、大正12(1923)年にホテルはオープンしている。そして山邑太左衛門の別邸や、東京都豊島区の自由学園明日館(大正11年～14年築)も、遠藤新たちによりその仕事が引き継がれたのである。

　ライトの日本人の弟子たちにより竣工した山邑太左衛門別邸。その実施設計は先にも紹介したライトの高弟子である遠藤新と、弟子の一人であった仙台出身の建築家・南新(南誠、1892～1951)が担当したという。

　帝国ホテルと同様に栃木産の大谷石を積極的に使い、尾根の末端に邸宅を建てるというかなり大胆な作品となった。最寄りの阪急神戸線の芦屋川駅付近を歩いてると、尾根筋に岩が露出しているようにも見えてしまった筆者であった。

　そして尾根脇の入場門からなだらかな坂を上っていくと、エントランスとそれに対するようにバルコニーがあり、その眼下には芦屋・東灘・西宮の町と大阪湾が広がっている。ライト建築独特の水平線を強調した作りと大谷石を使ったゴツゴツとした外観デザインと、尾根筋に建つかなり特殊な立地も相俟ってか、日本ではなく遠い国へ迷い込んだかの錯覚を受けてしまった。

　建物内は細かな階段を上っていくという、鉄筋コンクリート造4階建ての構造である。この旧山邑邸、ライトの代表作の一つであるカウフマン邸・落日荘(1935年築)の誕生を予感させる、地形を巧みに生かした邸宅である。

　アメリカのライト作品は、近年ユネスコの世界遺産に認定されたが、ヨドコウ迎賓館をはじめ日本のライト作品も、世界遺産に認定されても何の遜色がない完成度を誇る。志半ばで日本を離れた師・ライトの意思を、遠藤新と南信という若手日本人建築家が引き継いで完成させた、とてもモダンな洋風建築。いつの日にかまた訪れたい、日本を代表する名建築の一つである。

◆旧山邑太左衛門別邸(現ヨドコウ迎賓館)

　◎基本設計：フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)

　◎実施設計：遠藤新、南信

　◎施工：不詳

　◎起工：大正12(1923)年

　◎竣工：大正13(1924)年

　◎構造：鉄筋コンクリート造4階建て

　◎所在地：兵庫県芦屋市山手町3-10

　　❖国指定重要文化財

屋上バルコニーから。写真中央に写る和洋折衷の不思議な洋館は、建築家・安井武雄(1884～1955)設計による旧山口吉郎兵衛邸(現滴翆美術館、昭和8年築)。旧山邑邸と並び芦屋の山手地区を代表する歴史的建造物の一つ。

★西武池袋線・ひばりヶ丘駅にある自由学園の看板

フランク・ロイド・ライトの弟子である遠藤新は、国内外で多く作品を残しているが、その代表作の一つが東京都東久留米市にある自由学園の南沢キャンパスだろう。昭和6(1931)年ころから施設の建設が始り、遠藤新の没後は長男でフランク・ロイド・ライト最晩年の弟子である遠藤楽(1927～2003)などにプロジェクトは引き継がれ、キャンパスの充実が図られている。
一般公開は殆どされておらず、筆者は西武池袋線の車内から校舎の様子を見るのみだが、昨日最寄りのひばりヶ丘駅に訪れたところ駅の構内には、このような看板が設置されていた。

もう一つの遠藤新の代表作・旧甲子園ホテル(兵庫県西宮市、昭和5年築)はsunshine-worksさんの〔近代建築Watch〕をご覧いただきたい。

************************************************************★参考文献・資料「ヨドコウ迎賓館ホームページ」「続生き続ける建築　遠藤新」井上祐一氏著、INAX REPORT、平成22年★撮影・・・・・2010年7月