函館市大町の函館市臨海研究所(函館の建築再見2021)

◆旧函館水上警察署(函館市臨海研究所)

　・・・・大正15年竣工の旧函館水上警察署を再現した研究施設

　大町の弥生坂の中ほどに建つ函館元町ホテルに宿泊した、昨年晩秋の函館旅行。このときに泊まった部屋というのが、3階の函館湾を一望できる部屋で、函館湾のほか遠く大沼の駒ケ岳や七飯町の横津岳などが望める絶好のシチュエーションだった。

　そしてその眼下には弁天町の太刀川家住宅店舗(明治34年築)、日魯漁業の前身会社である堤商会の事務所(大正5年築)、大町の橋谷家住宅店舗(大正10年頃築)など、海産業全盛の時代に建てられた歴史的建造物の姿が確認できた。

　そして弥生坂の坂下には、宝形屋根の塔屋を持ったとても凝ったデザインの建物が堂々と建っていた。それが今回紹介させていただく函館市臨海研究所である。平成19(2007)年にそれまでこの場所にあった、函館水上警察署(昭和27年からは函館西警察署に名称変更)を模して建てられたものである。

　旧建物は大正15(1926)年10月の竣工。昭和59(1984)年まで58年間に渡り現役の警察庁舎として使われていたが、当時の函館西警察署が海岸町に移転したのに伴い、その後は20年以上に渡り空き家の状態が続いていた。

　函館水上警察署(函館西警察署)の始まりは、明治18(1885)年のこと。多くの船が出入りしていた函館湾の治安を維持するために、開設されたものである。また水上警察署が開設された場所は、江戸中期に松前藩が〔沖之国番所〕を設置され、明治はじめに〔函館郵便所〕が置かれ道内初の郵便局となるなど、函館の歴史を語る上にとても重要な場所である。

　その後、函館船改所として使われていたこの場所に、大森貝塚の発見者として名高い、アメリカの動物学者：エドワード・S・モース(1838～1925)が臨海実験所を設置するなど、現在の臨海研究所に相通じる事業もおこなわれいる。

　明治18(1885)年の開署以来、この地に庁舎を置いていた函館水上警察署だが、新たな警察庁舎の建設が検討されるようになったのは、大正の後半に入ってからのこと。〔函館毎日新聞〕大正13(1924)年10月20日付け記事には、函館水上署を理想的に新築し有志の寄付5万円で、日本国内で模範とされる小樽水上署の庁舎に、更に一段の改善を加えたものにしたい旨の内容が紹介されている。

　この当時、北海道内のライバル的な都市だった函館と小樽。このような新聞記事の記述からも、函館の人たちがいかに小樽に対抗心を燃やしていたのかが伺える。

　そして函館水上警察署の新築工事は、このすぐそばに店舗と倉庫を構えていた、明治期から昭和初期にかけて函館海産商のリーダー的な存在だった小熊幸一郎(1866～1952)、日魯漁業の創業者の一人で当時衆議院議員も務めていた堤清六(1880～1931)など、地元商人らの約5万円の寄付により、大正15(1926)年に建設工事が始まる。そしてこの年の10月には、鉄筋コンクリートブロック造2階建て、延べ坪240坪の庁舎が竣工したのである。

　ちなみに竣工した函館水上警察署は、大正時代ならではのセセッション・スタイルのモダンなもので、当時の地元紙には『まづ東北以北にこの位スマートな警察署はない』、『巴港一の偉観である』と紹介された。ちなみに竣工時の外壁はベージュだったそうで、平成19年の函館市臨海研究所建設に際し、それは再現される事になった。

　また宝形屋根が付いた塔屋は、現在は驚くほどの高さではないが、海側に高層建築が殆ど無かったこの当時、海を一望する絶好の施設だったのだろう。坂上にある元町ホテルの部屋からは、この塔屋はよく目に付いた。

　さて予算5万円を費やして建設された函館水上警察署。10月23日付け〔函館新聞〕には、建物の請負者として埴原欽次郎なる人物が記載されている。この人物は一体誰?、と思われた方も多いかもしれない。埴原は建築家・中村鎮(1890～1933)が、函館で開設した〔東京建築相談所施工部・函館出張所〕の理事を務めていた法学士である。

　中村は大正10(1921)年の函館大火後に、自身が開発した鉄筋コンクリート・ブロック工法で、同地に低予算の耐火建築を普及させた人物。中村鎮の作品リストには載っていないが、函館水上警察署は中村の開発したコンクリート・ブロック工法を採用したことで、事務所理事の埴原の名が紹介されたと推測される。

　函館水上警察署、5万円の予算で建設がおこなわれている。実はこの予算かなり少ないもので、この数年前に建築家・関根要太郎(1889～1959)+山中節治(1895～1952)兄弟設計により竣工した、函館海産商同業組合事務所(大正9年築)の建設費が4万9千円、区立函館病院外来診療(大正11年築)の建設費が12万3千円という事を考えると、かなり少ない予算である。そこで採用されたのが、中村鎮開発による鉄筋コンクリートブロック工法だったのではないだろうか。

　築80年目を迎えた平成18(2006)年に解体された、旧函館水上警察署(函館西警察署)。外観はそれなりに往時の輝きを保っていたものの、内部の傷み具合は相当なのもので、解体はやむを得ない事だったのだろう。また函館市臨海研究所に関しては一般的な鉄筋コンクリート造で建てられたが、かつてここに建っていた先代の建物の記憶を後世に知らせる、展示コーナーが設けられているのも好感が持てる。

　しかし弥生坂の中腹に建つ函館市立弥生小学校(昭和13年築、平成24年レプリカ再建)と同様、前建物の形状は継承されたが、歴史を積み重ねてきた風格が感じられないのは、レプリカ復元建築の悲しいところ。函館市臨海研究所も坂の中腹のホテルからは、プラモデルのように見えてしまった筆者である。

　そういう事で、今回は前建物を含め20年に渡り撮影した、旧函館水上警察署と函館市臨海研究所の写真をご覧いただきたい。

◆函館市臨海研究所(旧函館水上警察署～函館西警察署復元品)

　◎設計：東京建築相談所施工部函館出張所?

　◎施工：埴原欽次郎

　◎竣工：大正15(1926)年10月

　◎解体：平成18(2006)年

　◎再建：平成19(2007)年3月

　◎構造：型枠鉄筋コンクリートブロック造2階建て(竣工時)

　　　　：鉄筋コンクリート造2階建て(再建時)

　◎所在地：函館市大町13-1

　　❖函館市景観形成指定建造物

函館元町ホテルの部屋より。眼下には旧函館水上警察署を模した函館市臨海研究所の姿を確認できた。

建物前に建つ箱館郵便役所跡の碑。

★函館水上警察署新築落成を伝える新聞記事

「函館毎日新聞」大正15年10月23日付より。

ここから以降7枚の写真は、平成10(1998)年6月から平成18(2006)年1月にかけて撮影した、旧函館水上警察署(旧函館西警察署)の写真。

ここからは平成22(2011)年6月撮影。函館を離れる最終日(土曜日)に内部を見学するつもりでいたが、土日は研究所は休館とのこと。そういう事で10年前に撮影した建物内部の写真を再度掲載させていただいた。

館内2階には旧建物を記憶するためのコーナーが設けられ、この建物に採用された中村鎮発明による型枠鉄筋コンクリートブロック工法の様子や、旧建物のメダリオンが展示されている。また函館市臨海研究所建設に際しては、旧函館水上警察署の基礎部分や塀のコンクリートなどが継承された。館内で一つだけ継承された階段。筆者も解体2年前に建物内に入る機会に恵まれたが、完全に廃屋の状態で唯一この階段が生き残っているという状態だった。

緑の島から小熊倉庫越しに函館市臨海研究所を見る。

船見町のとある場所より。この住宅が密集する場所は明治期、英ハウル商会の函館駐在員・ウィルソンが居を構えた土地だった。旧函館水上警察署を模した函館市臨海研究所の塔屋が、僅かながらだが確認できた。写真左下に写る木の右側にご注目。

***********************************************************★参考文献・資料「函館市臨海研究所リーフレット」「函館毎日新聞」大正10年～大正15年「函館新聞」大正15年★撮影・・・・・1998年6月、2001年3月・11月、2002年4月・6月、2004年6月、2006年1月、2011年6月、2014年7月、2016年10月、2018年9月、2020年10月