埼玉県川越市の旧山崎家別邸(大正モダン邸宅再見2021)

◆旧山崎家別邸

　・・・・大正14年築、和と洋の美が凝縮された小江戸・川越の大正モダン邸宅

　5月下旬に続き先週末、再び訪れたのは小江戸の名称で馴染み深い埼玉県川越市であった。武蔵野台地東端にある我が家の最寄り駅から15分ほど東武東上線の急行電車に揺られ、近隣一のターミナル駅である川越駅の一つ隣にあたる川越市駅から、この日の散策をスタートさせた。

　川越市駅から古い洋風建築や和風商家が多く残る六軒町や古い洋館が幾つか残る中原町を抜け、蔵の街として知られる旧市街地へと向かう。川越を訪れる人は川越駅で下車する人が多いようだが、西武鉄道の本川越駅とともに川越市駅を小江戸探訪の起点とするのもお勧めである。

　それと5月に引き続き今回の川越の訪問で多く見かけたのが、20歳前後の近隣から来たと思われる若い観光客たちであった。筆者も勿論その一人なのだが、コロナ禍のご時世で遠出が出来ないことも影響しているのだろう。町は若い人を中心とした観光客でごった返し、スイーツの人気店には相当な人の列が多く見受けられた。コロナ禍が終息するまでのものか、長期的なものになるか先は読めないが、川越の街が新たなブームで盛り上がっている事は確かなようだ。

　そのような蔵の町一番街通りの賑わいを横目に、この日訪れたのが松江町に建つ旧山崎家別邸だった。蔵の町通りの一つ隣りにあたる道にこの別邸はあるが、ここまで来ると観光客の姿はほとんど見かけなくなる。

　新しい民家の間に交じって、和風の木造民家や白漆喰塗りの土蔵や洋風住宅の間に隠れるように建つのが、旧山崎家別邸である。長らく非公開の幻の邸宅だったが、市に寄贈され数年前から一般公開がおこなわれるようになった。なお一昨年(令和元年：2019年)には国の重要文化財に指定されている。

　旧山崎家別邸、その施主は川越の老舗和菓子店〔龜屋〕の当主・五代目山崎嘉七である。五代目嘉七は本名を山崎半三郎と言い、明治16(1883)年に14歳の若さで家督を相続。本業の菓子業では明治26(1894)年の川越大火後に現在の店舗を再建。その後は新種のサツマイモである紅赤を使った、和菓子〔初雁焼〕を開発。また川越商業界では八十五銀行の副頭取、川越貯蓄銀行頭取、川越商業会議所の相談役などを務める。その山崎が大正14(1925)年に建てたのが、松江町に建つこの別邸だった訳だ。

　設計は山崎嘉七が経営に携わってきた、川越貯蓄銀行本店(大正4年築)、八十五銀行本店(大正7年築)の設計を手掛けた建築家・保岡勝也(1877～1942)が担当しいる。山崎は明治33(1900)年から明治45(1912)年まで大学院進学の３年間を除き、三菱合資会社に勤務。本社技師として東京丸の内の赤煉瓦オフィス群の建設に従事していく。

　また三菱退職後の大正2(1913)年には、東京銀座に自身の建築事務所を開設。これまでのオフィスビルと共に、建築設計のメインの一つとなったのが住宅建築の製作だったのである。

　

　そして川越松江町に建つ旧山崎家別邸、一般公開されている唯一の保岡勝也設計による住宅作品である。邸内は玄関から入って、1階応接間、和室、サンルーム、2階寝室・書斎と続く。

　現在は1階のみの公開で、冒頭の写真でご覧いただいた表玄関からの入場ではなく内玄関からの入場になるが、その先ある和室から眺める庭の眺めは絶品だ。なお庭園は家族の意見を聞きながら保岡勝也が計画したものだそうで、国登録の記念物名勝地にも指定されている。一見すると普通の庭にも見えるが、和室やその縁側に座ると、非常に精妙にこの両者が作られたことが分かり頂けるのではないかと思う。

　玄関入って右側の応接間と食堂は和洋折衷の大正モダンな雰囲気漂う空間で、美しいステンドグラスと壁紙・カーテンなどの調度品が見事に調和した空間になっている。また応接室からバルコニー越しに見える庭の景色も絶品で、邸内には山崎家別邸に訪れた朝香宮鳩彦殿下(1887～1981)、梨本宮守正王殿下(1874～1951)、李王垠殿下(1897～1970)のバルコニーで撮影した写真が展示されている事からでも、この邸宅の中で一番のとっておきスポットだった事が想像される。そのような事もあってか、現在は一般見学者の立ち入りは禁じられている。

　

　そしてこの邸宅、最大の見所は大正期らしいセセッション風の階段室などに設置されているステンドグラスの数々。特に階段踊り場に設置されたステンドグラスは、戦前を代表するスティンドグラス作家・小川三知(1867～1928)の作品〔泰山木とブルージェイ〕で、近い将来国宝に指定されても何の不思議はない、とても美しいものである。

　応接室に3連で設けられている窓のステンドグラスは、小川三知と同様に戦前を代表するステンドグラス作家だった別府七郎の工房が制作したものだという。この他のステンドグラスも高レベルの完成度を誇るとても美しいもので、小川三知や別府七郎の作品と同様に時間をかけて鑑賞して頂きたい箇所である。

　外観デザインは大正期のモダン邸宅と比較すると、大人しい印象を受ける川越の旧山崎家別邸。しかしその世界は和洋とも奥深く、とても味わいのあるものである。受付で申し込めば無料のガイドも頼むことが出来るので、時間に余裕があれば邸内・庭園とも、ゆっくりと説明を聞きながら鑑賞して頂きたい絶品の住宅建築である。建築家・保岡勝也の美をたっぷり堪能した、6月下旬週末の昼下がりであった。

◆旧山崎家別邸

　◎設計：保岡勝也

　◎施工：印藤順造

　◎竣工：大正14(1925)年

　◎構造：木造2階建て、一部鉄網コンクリート造

　◎所在地：埼玉県川越市松江町2-7-8

　　❖国指定重要文化財

　　❖国登録記念物名勝地

★小川三知作〔泰山木とブルージェイ〕

旧山崎家別邸のリーフレットやチケットにも使われている、小川三知作のステンドグラス。階段室下のステンドグラスと共に息を呑む美しさの作品だ。

*********************************************************★参考文献・資料「建築家　保岡勝也の軌跡と川越」川越市立博物館編、川越市、平成24年「お屋敷散歩」内田青蔵氏著、河出書房新社、平成23年「日本のステンドグラス　小川三知の世界」田辺千代氏著、平成20年「生き続ける建築　保岡勝也」内田青蔵氏著、INAX REPORT、平成20年「龜屋ホームページ」★撮影・・・・・2012年5月。2018年10月、2021年6月