埼玉県川越市の日本聖公会川越基督教会(大正モダン建築探訪)

◆日本聖公会川越基督教会

　・・・・大正10年築、蔵の街・川越に建つ赤煉瓦の美しい教会建築

　前回拙ブログでは埼玉県川越市に建つ、大正モダンな銀行店舗・旧八十五銀行本店(現埼玉りそな銀行 蔵の街出張所設計：保岡勝也、大正7年築)を紹介させて頂いたが、本日も蔵の街・川越に建つ美しい洋風建築を取り上げてみたい。その建築作品は旧八十五銀行本店より徒歩数分の松江町に建つ、日本聖公会川越基督教会。大正10(1921)年に建てられた赤煉瓦が美しい教会建築である。

　川越と言うと、黒漆喰塗りの江戸風蔵造り商家群があまりにも有名だが、数多くの洋風建築が現存している。この川越教会も、その代表的な建築作品の一つだ。

　今回掲載した主な写真は、今から3年前の平成30(2018)年に撮影したものである。この年の春に東京池袋の立教大学(設計：マーフィー＆ダナ建築事務所、大正7年～大正9年築)を訪問し、チューダーゴシック様式の茶褐色のレンガ校舎群の美しさに感動。この年の秋川越を訪れた際に、マーフィー＆ダナ建築事務所の主任技師として来日し、立教大学の校舎建設と同時に幾つかの教会建築を手掛けた、アメリカ人建築家：ウィリアム・ウィルソン(William Wilson)の設計作品の一つである、日本聖公会川越基督教会へ久しぶりに訪れたのである。

　英国国教会がその源流となる日本聖公会。函館や横浜などの開港都市に頻繁に訪れる筆者としては、函館の聖ヨハネ教会(昭和54年築)や横浜の横浜山手聖公会(クライストチャーチ、設計：J・H・モーガン、昭和6年築)の印象が強い。

　ここ川越では明治11(1878)年に英国国教会の牧師・横山錦柵と田井正一両氏により伝道が始まり、明治22(1899)年には現在の元町一丁目付近に初代礼拝堂が建てられたという。しかし明治26(1893)年3月17日に起きた川越大火で聖堂は全焼。その後は仮設の聖堂で教会の運営はおこなわれたという。

　川越基督教会は明治41(1908)年に、現在聖堂が建つ松江町の土地を購入。新聖堂の建設を目指し募金活動を続けるのだが、一向に建設実現に至るまでの金額は集まらなかったという。そのような状況のなか、日本刀の熱心なコレクターだったニューヨーク大学教授のピーターソン夫妻から贈られた多額の寄付により、大正半ばにはいよいよ聖堂の建設に漕ぎつけた訳である。

　そして設計者として選ばれたのが、立教大学新校舎建設の建設のため日本に滞在していた、マーフィー＆ダナ建築事務所所属のウィリアム・ウィルソンが担当する事になったのである。コロンビア大学卒業といわれるウィルソンは、大正5(1916)年に来日し立教の校舎群が完成した大正9(1920)年に離日した。

　その間には立教と同様に英国国教会の流れを汲む、大阪の日本聖公会大阪川口教会(大正9年築)、埼玉県熊谷市の日本聖公会熊谷聖パウロ教会(大正8年築)の設計も手掛けている。その一環で建てられたのが、この聖堂だったのである。

　川越の聖公会の聖堂、ウィルソンがこれまで手掛けてきた立教大学や、聖公会の教会と同様英国風チューダー様式の堅実な作りとなった。予算的な問題もあったのか建物正面北側の玄関を兼ねた鐘楼が低く、若干建物のヴォリュームに欠けるが、尖頭アーチ型の美しい窓や、聖堂両脇のバットレスと呼ばれる柱状の控え壁など、チューダー様式の伝統的スタイルが、徹頭徹尾貫かれている。イギリスから直にもたらせたものではなく、アメリカやカナダ経由でもたらせた英国チューダー様式というのも、日本のキリスト教伝来の縮図のようで面白い。

　そして聖堂の素材として使われている美しい赤レンガ、日本煉瓦製造深谷工場製のものを使用しているという。日本煉瓦製造と言えば、かの渋沢栄一(1840～1931)が設立に携わった会社で、渋沢の生まれ故郷である埼玉県深谷市に本社工場を置いていた。外観は英国風チューダー様式なのだが、その素材は地元埼玉産の建材で賄われているのは興味深い。なお川越聖公会の聖堂の煉瓦は、フランス積がメインで一部はイギリス積みの混合スタイルで構成されている。

　今から3年前、ウィリアム・ウィルソンが設計に携わった立教大学の池袋キャンパスの美しさに感動し、ウィルソンの設計した川越の教会を久しぶりに訪問した筆者。この当日、教会を案内していただいた信者さんが、奇しくも筆者の自宅の近所にかつて住まわれていた事で話が盛り上がり、この翌月におこなわれるパイプオルガンのコンサートに招待して頂いた。

　筆者の母がカトリック信者だった事もあり、幼少の頃はカトリックの幼稚園に通い、その他にも地元教会の日曜礼拝などに頻繁に参加していたので、カトリックの行事は馴染み深かったが、聖公会の行事に参加するのは初めての事である。

　

　カトリックとは違い簡素な祭壇とイコンや聖像画が全くない堂内、立教大学の旧図書館や食堂にも用いられているシザーストラス(木材を鋏のように組みあげる工法)に感動しつつ、コンサートは堂内に夕陽が差し込み始めた頃に終了した。夕陽に染まった赤レンガの聖堂を後にし、黒漆喰の蔵造り風商家群を見ながら帰途についたのだが、これまで見慣れた川越の町並みがとても新鮮に見えた筆者であった。

　黒漆喰の商家建築だけでは語り尽くせない、川越の近代建築群。実は商家群の塀や防火袖などに煉瓦が多用されており、煉瓦は川越の街並みの名脇役ともいえる存在になっているのである。

　またウィリアム・ウィルソンの設計作品は、埼玉県内では熊谷の聖パウロ教会が現存している。実はこの熊谷の聖堂、デザイン・規模とも、川越基督教会と兄弟建築と呼びたくなるような瓜二つの作品なのだという。コロナの騒動が落ち着けば、熊谷のウイルソン作品も訪問してみたいものだ。

◆日本聖公会川越基督教会

　◎設計：ウィリアム・ウィルソン(William Wilson)

　◎施工：清水組

　◎竣工：大正10(1921)年4月

　◎構造：木骨煉瓦造平屋

　◎所在地：埼玉県川越市松江町2-4-13

　　❖国登録有形文化財

　　❖川越市指定都市景観重要建造物

ウィリアム・ウィルソンが設計に携わった現存作品はこちらから。

*************************************************************★参考文献・資料「川越の建物　近代建築編」川越の建物編集委員編、仙波書房、令和3年「日本聖公会川越基督教会ホームページ」「日本の美術　№447、外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、平成15年「立教大学池袋キャンパス設計に関する在米資料について」鈴木勇一郎氏著、立教レポート★撮影・・・・・2009年4月、2018年10月・11月