函館市末広町のイチヤマ商店(建築家・関根要太郎作品研究2021)

◆石塚商店

　・・・・大正11年竣工、10年前に解体された大正モダンな事務所建築

　今から10年前にあたる平成23(2011)年7月、在京の建築家・関根要太郎(1889～1959)と、その実弟でやはり建築家の山中節治(1895～1952)の設計作品である、函館市末広町の石塚商店(イチヤマ商店・石塚株式会社、大正11年築)が惜しまれつつ解体された。本日は筆者がそれ以前に撮影した石塚商店を中心に、改めてこの建物を紹介する事にしたい。

　明治14(1881)年の創業以来、海陸物産、肥料、不動産など、函館の老舗有力企業として営業を続けてきたイチヤマ商店だったが、近年は経営が悪化し平成21(2009)年には自己破産を申請。大正11(1922)年に建てられたモダンな事務所の動向が、一部の市民や関係者から心配されていた。しかし東日本大震災発生から4ヶ月後にあたる、2011年の7月に突如として解体されてしまったのである。なお跡地は現在コインパーキングとして使用されている。

　イチヤマ商店は神奈川県南足柄郡前羽村(現在の小田原市国府津)出身の初代石塚弥太郎(1855～1918)が、函館で始めた漬物乾物商がそのルーツである。明治21(1888)年には函館海産業の中心地だった東浜町(現在の末広町)に商店を移し、商いを海産商へと変更する。そしてカムチャツカで漁業を展開し大成功を収め、函館を代表する海産商の一人となった。

　この他に日高での農業、瀬棚での鉱物採取にも着手し、こちらも成功を収める。更に商いのホームグラウンドである函館では、函館商業会議所議員、大正3(1914)年に結成された函館海産商同業組合の初代会長を務めたが、大正7(1918)年に逝去。養子の二代目石塚弥太郎(1883～1966)がその跡を継いでいる。

　そして大正半ば、不動貯金銀行函館支店(大手町、大正7年築)建設のため来函した関根要太郎。この銀行支店竣工と前後して函館海産商同業組合の新事務所の設計を依頼され、大正9(1920)年1月に竣工・開館させている。なお函館海産商同業組合事務所建設に際し、石塚弥太郎が経営するイチヤマ商店は、9番目にあたる800円の寄付をおこなっている。

　その後、これまで在籍していた〔日本勧業株式会社建築部〕解散に伴い、東京銀座に〔関根建築事務所〕を開設。次いで函館では区立函館病院外来診療(弥生町、大正10年築)の設計を依頼された。

　しかし函館病院外来診療が起工されて間もない大正10(1921)年4月14日、函館区内中心部で大火が発生。1309棟を焼き、罹災人口は10966人を数えた。なお東浜町(現在の末広町)にあったイチヤマ商店の事務所も全焼している。

　この大火後、関根要太郎は日本建築学会の依頼により、第一銀行函館支店(現函館市文学館、末広町、大正10年築)建設のため、函館に滞在していた建築家・西村好時(1886～1961)らと共に大火の被害状況を調査。それが日本建築学会の機関誌〔建築雑誌〕大正10年12月号に発表されている。

　更に関根は函館の有力商人を中心に結成された、函館火防設備実行会主催火防による火防実行区民大会(於・函館区公会堂、大正10年5月1日)の講演会に演者として参加。かなり辛口な内容だったが、函館区民に防火建築の重要性を訴えた。この後、関根と実弟である山中節治は函館において、旧亀井喜一郎邸(元町、大正10年築)、爾見淳太郎邸(船見町、大正11年築)、泉泰三邸(大正12年築)などの設計を手掛けた。その一つがイチヤマ商店だったのである。

　そして関根要太郎+山中節治兄弟の設計より竣工したイチヤマ商店は、雑誌〔建築世界〕大正11(1922)年8月号に、外観写真と短矩図の計2頁が発表された。当時関根要太郎は本業である不動貯金銀行の店舗をはじめとした多くの設計作品を、〔建築世界〕〔建築画報〕と言った大衆向けの雑誌に発表していたが、このイチヤマ商店も自信作だったのだろう写真入りで紹介したのである。

　またイチヤマ商店の構造は、大火を教訓にして鉄筋コンクリート造。この斜め向かいには、この2年前に竣工した函館海産商同業組合事務所があり、関根作品が向かい合って建つという構成になったのだ。

　鉄筋コンクリート造で竣工したイチヤマ商店、そのデザインは19世紀末から20世紀初頭に西欧で流行しいたユーゲント・シュティールの影響を強く受けたものになった。函館海産商同業組合事務所はイギリス・スコットランドを拠点に活躍したチャールズ・レニー・マッキントッシュ(Charles Rennie Macintosh、1868～1928)の作品を彷彿させるデザインだったが、イチヤマ商店はウイーン・セセッションの中心人物の一人だった、ヨーゼフ・ホフマン(Josef Hoffmann、1870～1956)意識したようなデザインとなった。

　これについては以前も紹介してきたように、当時の関根要太郎は本業である不動貯金銀行理店舗営繕を中心に、相当数の建築設計を手掛けていた。そのような事もあってか当時の関根作品は、類似作が数多くあるのも特徴である。しかし函館のイチヤマ商店、室内の大正セセッション風なステンドグラスや階段手摺、2階の花柄の装飾など、とても繊細なプラスアルファも加えられている。

　施主である二代目石塚弥太郎がまだ30代という若さだったこともあってか、設計者である関根・山中兄弟もそれに合わせ、とても若々しい感じのする爽やかな仕上がりにしたのもこの作品の特徴だろう。小品ではあるが、当時の関根らしさが出た傑作であった。

　解体されたのがとても惜しまれる、一世紀前に活躍した新進気鋭の青年建築家と、若き海産商が建てた大正モダンな事務所建築。

　後日談ではあるがイチヤマ商店の経営破綻後、この建物の取得を検討していた地元関係者もいたそうで、建物が急遽解体されたのは寝耳に水の事件だったようだ。本日は既に発表した写真だらけではあるが、2000年代初頭から約10年に渡り撮り続けたイチヤマ商店の写真をご覧いただきたい。本当に素敵な建築作品であった。

◆石塚商店(イチヤマ商店・石塚株式会社)

　◎設計：関根要太郎+山中節治(関根建築事務所)

　◎施工：木田保造(木田組)?

　◎竣工：大正11(1922)年

　◎解体：平成23(2011)年7月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て

　◎旧所在地：函館市末広町16-11

過去のアルバムを整理してみると、十数年前は積雪の時期に函館へよく訪れていたので、雪景色のイチヤマ商店の写真が幾つか見つかった。こちらは2006年1月の撮影。
★イチヤマ商店のステンドグラスと階段手摺

この写真も既に何度も発表しているが、2004年6月にイチヤマ商店の方にお願いして撮影させてもらったもの。ユーゲントシュティール調の大正モダンな美しいデザインであった。

★イチヤマ商店の竣工当時の外観写真と矩計図

雑誌〔建築世界〕大正11年8月号に発表されたもの。イチヤマ商店が長年に渡り竣工時の姿を保っていた事が分かる。
❖図版・・・・「建築世界」大正11年8月号
★竣工まもなくのイチヤマ(石塚弥太郎)商店

大正12(1923)年に刊行された〔函館市制実施記念写真帖〕より。当時の東浜町は函館海産業の中心地であった。

❖図版・・・・「函館市制実施記念写真帖」大正12年より

★ヨーゼフ・ホフマン設計：Ber-Hofmann Residence(1906年築)

19世紀末から20世紀初頭にオーストリア・ウイーンのユーゲントシュティール(セセッション)ムーブメントの中心人物であったヨーゼフ・ホフマン(Joseph Hoffmann、1870～1956)の設計作品。イチヤマ商店や一連の関根要太郎の初期作品は、ホフマンをはじめ当時のユーゲントシュティールを作風にしていた建築家の諸作品にインスパイアされていたことが分かる。

❖図版・・・・「taschen」

★平成23(2011)年7月におこなわれたイチヤマ商店解体の様子

今回も函館在住のjhm-in-hakodateさんの写真をお借りした。筆者はこの年の6月下旬に函館を訪問し、その数日後に帰京したが、それから約10日後にイチヤマ商店の解体がおこなわれた。本文でも紹介したが解体の告知は急なもので、筆者も解体当日にjhm-in-hakodateさんから情報を頂き、その事を知ったのである。

❖写真提供・・・・・jhm-in-hakodate氏→上の5枚

こちらは平成31(2019)年の春、函館蔦屋書店のフリーペーパー〔peeps hakodate〕の関根要太郎特集の際に使用して頂いた写真。2006年6月の撮影。

イチヤマ商店解体直前の2011年6月、函館海産商同業組合事務所の玄関から撮影。

それから3年後の2014年7月撮影。跡地はコインパーキングとして使われている。

イチヤマ商店の跡地から撮影した函館海産商同業組合事務所。

解体直前の2011年6月に撮影。

イチヤマ商店がまだ現存してい2006年6月に函館山の山頂付近より撮影。この頃はベイエリアから函館駅前方面の高層ホテルが、まだ建設されていなかった時代である

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★参考文献・資料

「風雪の碑　函館海産商同業組合概史」田村謙吉著、昭和50年

「函館ゆかりの人物誌　石塚弥太郎」函館市文化スポーツ財団ホームページ

★撮影・・・・2003年1月、2004年1月、2006年1月・6月、2009年3月・6月、2010年4月、2011年4月・6月、2014年6月、2020年10月