昭和9年函館大火と建築家・関根要太郎の活動について・4

◆昭和9年函館大火と建築家・関根要太郎の活動について

　・・・・昭和12年発表された関根要太郎制作の函館紀行文を読む

　大正中期から昭和のはじめにかけて、函館で数多くの建築設計を手掛けてきた建築家の関根要太郎(1889～1959)。関根は昭和9(1934)年3月21日発生した函館大火から約2年半後にあたる、昭和11(1936)年9月に函館を訪問し、この時の様子を自身が在籍する日本建築士会の機関誌に〔旅泊余滴・7〕として翌年発表した。

　この〔旅泊余滴〕は、昭和9(1934)年12月から昭和14(1939)年11月まで、関根が日本建築士会の機関誌〔日本建築士〕に15回に渡り発表した旅行記で、出張やプライベートで泊まった旅館やホテル、その地域の名所を紹介するというものだった。当時不動貯金銀行の営繕課長を務めていた関根だが、同銀行が北は札幌から南は鹿児島までの全国各地に出店していた事もあり、訪問地域は国内各所に渡っている。

　なお昭和11年10月号には、自身の実家である埼玉県秩父市の秩父館を紹介したり、高級なものからリーズナブルなものまで、自身が泊まった様々な宿が建築家の視点に立って紹介されている。

　関根要太郎による昭和11年の函館訪問は、9月下旬に東京上野を出発。青森浅虫温泉に一泊し函館へ渡り、函館の大門や元町地区、トラピスト・トラピスチヌ各修道院を訪問。その後、湯の川の福井館に泊まり、小樽、札幌、洞爺湖へ訪問してから、再び函館に戻る。函館では根崎温泉の御園に泊まり、青函連絡船で青森へ渡った後は花巻、平泉中尊寺、厳美渓などを訪問し、10月上旬東京へ戻ったという。

　この時の函館をはじめとした北海道と東北旅行は、不動貯金銀行副頭取で画家の牧野司郎(1893～1972)と、日本画家の増田青團なる人物も同行しており、半分は仕事で半分はプライベートの旅行だったと想像される。

　この当時関根は、鶴岡町(現在の大手町)にあり、昭和9年の大火で焼けた不動貯金銀行函館支店（設計：関根要太郎+山中節治、大正7年11月竣工)の初代店舗に代わる、新店舗(設計：関根要太郎、昭和11年12月竣工)の建設中だったので、その途中経過のチェックも兼ねていたようだ。2年半前に市内の３分の2を焼き、市民生活に壊滅的打撃を与えた大火からの復興途中だった函館の町を見て、安堵した感想を旅行記に記している。

　　

　昭和9年の函館大火発生直後、関根は急遽函館へ向かい、火災で焼けた不動貯金銀行函館支店の応急処置の計画を纏めると共に、1週間に渡り大火後の函館の被害状況を調査する。その後自身が暮らす東京へ戻った関根は、〔函館市の火災報告、ー本文を市会議員故泉泰三君の霊に捧ぐ―〕を作成。帰京から1週間後に脱稿し、4月には日本建築士会の機関誌〔日本建築士〕にその報告書を発表している。

　この報告書の中で関根は、大火復興への参加の意思を示し、その年の4月23日に日本建築学会によりおこなわれた、内務省都市計画課長・飯沼一省による講演会に参加。函館市への国庫の補助や、復興計画は内務省が担当するのか、予算の大概はいつ出来上がるのかなど、積極的な質問をおこなっている。

　

　結果昭和9年の大火では、内務省の都市計画法に基づいて復興がおこなわれることになる。函館海産商同業組合事務所(大正9年築)、区立函館病院外来診療棟(大正10年築)、百十三銀行本店(大正15年築)など、函館で町の主要建築を数多く手掛け、大正10(1921)年の大火後には耐火建築の重要性を市民に訴えた関根要太郎。しかし民間の一建築家であった関根は、昭和9年函館大火後の復興事業に参加することは出来なかったのである。関根はさぞかし無念だったろう。

　ちなみに大火後の復興事業は、前回も紹介したように火災の類焼を最小限に防ぐ幅員の広い道路や、防火林の目的を果たす緑地帯(グリーンベルト)の設置など大々的な区画整理がおこなわれる。この他には耐火性に優れた鉄筋コンクリート建築の建設が推奨され、緊急避難所となる鉄筋コンクリート造の小学校の建設、函館の町の代名詞ともなったアメリカンスタイルの黄色い大型消火栓が数多く設置されるなど、数多くの建設事業もおこなわれた。

　当時建てられた函館の大火復興小学校や、このころ建てられた鉄筋コンクリート建築も、時代の変遷と共にその多くが取り壊され、ごく僅かしか残ってない。だが均等に作り直された町並みは、世界的にも有名になった函館山からの夜景の美しさの大きな要因の一つとなっている訳だ。

　関東大震災後の東京・横浜に比べれば規模は小さいものの、地方都市としてはかなり大規模な都市改造がおこなわれた、昭和9年大火後の函館。しかし戦時体制に向かいつつあるこの時代、予算不足や建築資材の高騰などにより、宝来町の共愛会アパートを除き多くの一般庶民の住宅は、木造バラックなどの応急処置的なものとなってしまったという。準防火建築である外壁モルタル塗りの住宅も、予算や地代の関係上庶民に普及しないまま終わっている。

　また函館とは疎遠になった関根要太郎は、昭和14(1939)年に一本の論文を発表する。その論文のタイトルは〔不燃都市の建設と共同建築に就いて〕というもの。この論文は、小さな土地を所有する者同志で共同建築組合を組織させ、今でいうところの高層共同アパートを政府の補助金なしで建設させようという提案である。

　ちなみにこの論文作成に関しては、関根と長年親交があり関根と同様に函館で活躍した、請負師・木田保造(1885～1940)が協力をしている。函館の大火後の復興事業を目の当たりにし、2人で議論したのだろうか。なお昭和9年の函館大火後、関根は建築による庶民の生活向上を提案する論文を幾つか発表している。

　これ以降、函館とは接点がなくなった関根要太郎。しかし昭和9年の函館大火で心の中に灯された、建築による庶民の生活向上というテーマは、この後も続いていくのであった。関根の後半生を辿ると、昭和9年の大火が大きなターニングポイントになったと思えるのである。そういう事で、関根要太郎と昭和9年の大火に関する考察は今回で終わりとしたい。

◆旅泊余滴・7

　◎執筆：関根要太郎(不動貯金銀行営繕課長)

　◎制作：昭和11(1936)年秋～昭和12(1937)年春ころ

　◎掲載：「日本建築士」昭和12年3月号

❖図版・・・・「日本建築士」昭和12年3月号より→上の3点「復興途上の函館市は、大東京復興の縮図の様に彼方此方に槌の音、ミキサーの響きが聞こえて景気が良い。建築材料の積まれた馬力には、親馬の傍に仔馬が離れずついて歩いて居るなど、北海道でなければ見られない光景である。函館では今日では大体の区画整理も終わって、家屋は夫れ夫れ移動修築し、不燃建築も日を追うて建築されつつあるのを見て大変に愉快であった。」
❖「旅泊余滴・７」関根要太郎著より函館山の山頂から。砂州の陸繋島部分に筋状に浮き上がる緑地帯がグリーンベルト。広い道路とグリーンベルトの設置により、火災の発生時はその被害を最小限に食い止めようというもの。

函館山からの夜景の美しさは、昭和9年大火後におこなわれた規格的な区画整理が、大きく要因しているのではないだろうか。

函館の名坂の一つ・護国神社坂(招魂社坂)は、昭和9年の大火を機に道幅が広げられたもの。

★函館の大火復興小学校群

昭和9年の大火後、函館市では火災焼失地域を中心に、緊急避難所の役割も兼ねた6校の鉄筋コンクリート造による小学校舎が建設された。しかし時代の変遷と共にそれらの小学校舎は解体され、現存するのは青柳小学校(昭和10年築)のみになってしまっている。またその周辺にはグリーンベルトと呼ばれる緑地帯も設置された。

市内各所に残るグリーンベルトの数々。

ハリストス正教会。今回紹介した旅泊余滴のほか、関根は大正10(1921)年に発表した手記でもこの教会の美しさを絶賛している。


「函館の郊外東に女子部、西に男子部のトラピスト修道院がある。共に遥かに函館を見晴らして、鈴らん咲く高燥の地に、ゴシック風の建物が建てられ、女子部の緑の聖園にある天使の白像は、赤い建物とコバルトの空との対照が如何にも美しく静寂で、年若き人達の心あやしい迄で、憧憬を覚えしむるのも無理からぬ様に思われた。」

❖「旅泊余滴・7」関根要太郎著より

「男子部の方では、神の道を修め不言教を奉ずる敬虔な使徒たちの一群が、高原に馬を禦し牧草の刈り入れに従事している様は、一副の聖書そのままで、静な空気のなかに身も心も溶け込んで行く様な気分であった。」
❖「旅泊余滴・7」関根要太郎著より

★不燃都市の建設と共同建築に就いて

昭和14(1939)年に日本建築学会の機関誌〔建築雑誌〕に発表された関根要太郎の論文。都市の密集した住宅地域の住人同士で共同建築組合を結成させ、都市防災に強い鉄筋コンクリート造の高層建築の建設を推奨させようという内容。

またこの論文執筆中には、関根と同様に函館で活躍していた請負師・木田保造から参考書籍を貰ったとのこと。恐らく函館大火後、一般庶民の住宅が一向に木造で建てられ続けたことに見かねて、2人で都市の現状を話し合ったのではないかとも想像される。

❖図版・・・・・「建築雑誌」昭和14年3月号

◆今回で昭和9年大火と、建築家・関根要太郎のその後の活動を辿るレポートを終了させていただきます。皆さま、最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。

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★参考文献・資料

「函館市史、通説編・第三巻」函館市史編さん室、函館市、平成9年

「ホームページ：虚数の森」佐田祐一氏作成

★撮影・・・・・2009年6月、2014年7月、2016年3月・10月、2018年9月、2020年10月