不動貯金銀行函館支店(建築家・関根要太郎作品研究)

◆不動貯金銀行函館支店

　・・・・昭和11年竣工、函館大火後再建された関根設計によるシックな銀行店舗

　昭和9(1934)年3月21日に発生した市内の3分の2を焼き、確認されているだけでも2054人の犠牲者を出した函館大火。大正中期からモダンな作風を武器に函館で活躍していた、在京の建築家・関根要太郎(1889～1959)は、大火のニュースを聞いた3月22日に東京を出発し23日から29日まで函館に滞在。その被害状況を〔函館市の火災報告、-本文を市会議員故泉泰三君の霊に捧ぐ-〕というレポートに纏め、当時関根が在籍していた日本建築士会の機関誌〔日本建築士〕に発表した。

　この時の大火で、関根要太郎が函館で設計を手掛けた諸作品の多くは焼失を免れている。しかし鶴岡町(現在の大手町)の電車通り沿いにあった不動貯金銀行函館支店(設計：関根要太郎+山中節治、大正7年築)は、火災の焼失区域にあった事や、簡素な防火扉などしか設置されていないなどの施設の不備なども災いしてか、建物内を著しく焼く被害に遭ったようだ。

　また関根と同様に函館で長年活躍していた工事請負師・木田保造(1885～1940)の工事業歴一覧には、昭和9年3月にこの周辺にあった函館貯蓄銀行、北海道銀行、北門銀行と共に、不動貯金銀行函館支店の復旧工事が実施されたとの記載がされている。関根設計による不動銀行支店も簡易的な応急処置が施され、引き続き同地で営業を続けたと想像される。

　大火の鎮火直後、内務省や北海道などの行政関係者は、火災に強い函館の町づくりの根幹を発表する。そのメインとなった事業は、防火帯となる幹線道路の拡張と、グリーンベルトと呼ばれる緑地帯の設置であった。実は現在函館で見られる道路区画の大半は、昭和9年の大火後に計画されたものに基づいたものである。

　十字街から函館駅前までの電車通り(市電通り)も、約2倍の幅員に道路拡張がされることになり、それに該当する地域に建つ建造物は解体されることになった。関根要太郎設計による不動貯金銀行函館支店もそれにあたり、大火発生の年かその翌年(昭和10年)頃に解体されている。

　そして不動貯金銀行は、セットバックされたその後方の土地に新たな店舗を再建することになり、その新店舗建設に着手する。この間不動貯金銀行は、末広町85(旧地番)に建つ、ロシア貿易商・リューリ商会(大正12年ころ築)の事務所として使われていた建物、もしくはその右隣に建つ木造洋館を借り入れ、仮設店舗として営業をおこなう。その間、不動貯金銀行の再建店舗の建設にあたった。昭和11(1936)年1月に基礎工事に取り掛かり、同年4月に起工。年も押し迫った12月27日に不動貯金銀行函館支店の新店舗は竣工した。

　大正7(1918)年11月に竣工した初代の不動貯金銀行函館支店と同様、関根要太郎の設計、木田保造率いる木田組の施工により建てられた、2代目にあたる不動貯金銀行函館支店。20世紀初頭にドイツ、オーストリア、イギリスのスコットランド などで流行したユーゲントシュティールの流れを汲んだ、大正ロマンティシズムな初代店舗とは一転し、硬質でシックな銀行店舗となった。

　先の大火を教訓としてか、窓が極端に小さく取られているのも特徴である。函館市民にこの建物は火災に強いという、安心感を与える狙いもあったのかも知れない。

　大正初期から昭和17(1942)年まで、全国各地に設置された不動貯金銀行の店舗設計を数多く手掛けてきた関根要太郎。大正期は実弟の山中節治(1895～1952)と共にユーゲントシュティール調、大正末から昭和初期には三橋建築事務所時代の後輩である蔵田周忠(1895～1966)と共にモダニズムや表現主義など、当時の銀行建築らしからぬ、とてもモダンで華やかな作品を数多く制作していた。しかしながら銀行側の要求もあつたのか、昭和5(1930)年ころからモダン路線から決別し、クラシカルな路線へとシフトチェンジしている。西日本エリアに現存する京都七条(昭和5年築)、姫路(昭和9年築)、下関(昭和9年築)は、その頃の作品である。

　関根要太郎設計による2代目の不動貯金銀行函館支店。関根が函館で30代前半から30代後半に設計を手掛けた諸作品と比較すると、重厚で無表情な作品である。しかし建物角に設けられたコンポジット式風の独特な柱頭飾りや、クラシカルな雰囲気漂う窓のグリルなど、品の良い銀行建築に仕上がっている。

　また玄関上に刻まれた、青海波(せいがいは)と呼ばれる扇状の連続模様も、当時の銀行建築としては珍しいユニークな演出である。石造り風の外壁に和風の文様の一つである青海波、一筋縄ではいかない関根作品だ。

　なぜ鉄筋コンクリートで建てられた古典主義風の銀行店舗に、和風模様の青海波なのかと、筆者は長年疑問を抱いていた。青海波については諸説あるが、古代ペルシャが起源だという。広い海がもたらす恩恵を感じさせる柄で、無限に広がる波の文様に末来永却へと続く幸せへの願いと、人々の平安の暮らしが込められているという。

　この青海波は、関根要太郎が函館の人たちへ送ったメッセージという事になるのだろう。大火直後に関根が見た津軽海峡の荒れ狂った海ではなく、穏やかな夏の海。このとき47歳になっていた、関根の函館への思いが感じられるデザインである。

　建築関連の雑誌をはじめ当時の資料を見る限り、関根要太郎の函館における設計作品は2代目の不動貯金銀行以降は一つも紹介されていない。恐らくこの函館支店が、関根の函館における最後の設計作品となったと想像される。なお昭和11年には不動銀行支店の他に、同銀行の函館支店長宅が木田組の施工により木造により建てられており、こちらも関根が設計を手掛けたと推測される。しかしそれに該当する住所にはそれらしき建物は無く、もう一軒の函館における作品の謎は残念ながら解けていない。

　関根要太郎設計による不動銀行函館支店は、戦後は協和銀行の支店として使われていたが、昭和53(1978)年に同社は函館から撤退。それから間もなくに、この店舗は解体されたようだ。現在跡地はマンションの駐車場として使われている。

　ほんの僅かの写真しか残されていないが、関根最後の函館作品の様子をご覧いただきたい。個人的には実物を一度見てみたかった、丹精に作り込まれた関根要太郎の後期の傑作の一つである。

◆不動貯金銀行函館支店(2代目)

　◎設計：関根要太郎(不動貯金銀行営繕課)

　◎施工：木田保造(木田組函館出張所)

　◎起工：昭和11(1936)年4月1日

　◎竣工：昭和11(1936)年12月27日

　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て、一部地下1階

　◎所在地：函館市大手町13-9(函館市鶴岡町58-1・2)

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

★協和銀行時代として使われていた頃の不動貯金銀行函館支店

昭和40(1965)年発行の協和銀行史〕に掲載された、国内の協和銀行の店舗案内より。不動貯金銀行は昭和20(1945)年5月に国内にある大手貯蓄銀行と合併し、日本貯蓄銀行と改称。戦後は協和銀行と改称され、関根設計の旧不動銀行支店も協和銀行の店舗として使われていた。戦時中の金属供出もあってか窓のグリルは変更されているが、竣工時の姿をほぼ保ったまま使われていたことが分かる。

❖図版・・・・「協和銀行史」昭和40年より
★不動貯金銀行函館支店の設計図

昭和9年大火を教訓にしてか、これまで以上に窓が小さく取られているのが特徴。建物左側、玄関上に設けられた青海波という文様にも注目して頂きたい。

❖図版・・・・「日本建築士」昭和12年4月号、上の3点と冒頭の写真
不動貯金銀行函館支店の跡地。現在はメゾン・ド・デトロワというマンションの駐車場になっている。

◆不動貯金銀行函館支店(初代)

　◎設計：関根要太郎+山中節治(日本勧業株式会社建築部)

　◎施工：木田保造(木田組)

　◎竣工：大正7(1918)年11月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て

　◎所在地：函館市大手町13(函館市鶴岡町58)

関根の函館におけるスタートとなった不動貯金銀行支店。施工は関根と長年親しい間柄にあった木田保造が担当。これを機に関根は函館海産商同業組合事務所(大正9年築)、区立函館病院外来診療棟棟(大正10年築)の設計を手掛けることになった。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書→1枚目、「建築世界」大正8年月号

函館山より不動貯金銀行函館支店の跡地を見る。

★函館市復興計画図

昭和9(1934)年の大火直後に計画された道路拡張図。万が一火災が起きたとしてもブロック割した町割りで火災の類焼を防ぐというもの。現在市電が走る十字街から函館駅前のほか、かつて市電が走っていた祇園通りなど、防火目的を主とした道幅の広い道路が設置された。

❖図版・・・・「虚数の森、佐田祐一氏作成、所蔵：函館市立中央図書館」

★昭和9年大火を機に拡張された電車通り

写真の左手、津軽海峡側の道路が拡張された。先に掲載した先代の不動貯金銀行函館支店が建っていた当時の写真と比較すると、道路の幅員が倍以上に広げられたことが分かる。
★不動貯金銀行函館支店・支店長宅について

木田保造が社長を務めた木田組の工事事業一覧を見ると、昭和11(1936)年9月の欄に掲載されているのが、〔不動貯金銀行支店長社宅新築工事〕。木造で建てられた事は明記されているが、函館のどの場所に建てられたかは明記されていない。当時、不動貯金銀行の営繕課長を務めていた関根要太郎は、不動貯金銀行幹部の邸宅、地方支店の支店長社宅の設計も手掛けていたので、函館支店長の邸宅の設計を手掛けた可能性が考えられる。

ちなみに昭和15(1940)年11月に発行された〔函館要人録：函館日日新聞社〕によると、当時の不動貯金銀行函館支店長は石井宗吉なる人物が務めており、住所は旧地番で杉並町145と記されている。つまり遺愛女子高等学校・中学校のそばにあったようだ。この頃の関根設計による邸宅作品は純和風なものが多く、もし関根の設計作品となると和風の邸宅だったと想像される。

残念ながら、それに該当する住宅は現存していない。

★不動貯金銀行函館支店社宅のあった遺愛女子高等学校・中学校周辺を歩く
不動貯金銀行函館支店長宅は、旧杉並町(現在の時任町)にあったが、残念ながらそれに該当する邸宅は現存していない。ここでは杉並町、松陰町、時任町の写真をご覧いただきたい。

*********************************************************

★参考文献・資料

「虚数の森・ホームページ」佐田祐一氏作成

「函館商工名録」函館商工会議所、昭和10年

「京屋染物店・ホームページ」ほか

★撮影・・・・2009年6月、2016年3月、2018年9月、2020年10月