昭和9年函館大火と建築家・関根要太郎の活動について・3

◆昭和9年函館大火と建築家・関根要太郎の活動について

　・・・・函館大火で不慮の死を遂げた市議・泉泰三と関根要太郎の交友を辿る

　昭和9(1934)年3月21日午後6時53分に、函館市の住吉町より発生し、市内の3分の2を焼き2054人の犠牲者を出した函館大火。その翌日に函館での大火の知らせを聞いた建築家の関根要太郎(1889～1959)は、自身が暮らす東京から急遽函館へ向かい、自身の設計作品である不動貯金銀行函館支店(鶴岡町、大正7年築)の火災後の処置をおこなうと共に、大火の被害状況を3月29日まで調査する。

　そして帰京後、「函館市の火災報告」の作成に着手し4月5日に脱稿。これを自身が在籍する日本建築士会に提出し、この月には同会の機関誌〔日本建築士〕に緊急レポートとして発表された。

　その後、関根はこのレポートを冊子に装幀し、函館市立図書館に寄贈する。また関根は函館市立図書館に自身のレポートを寄贈するに際し、長年函館で親交があり、この大火で犠牲となったとある夫妻の肖像写真と、その人物から送られた最後の書簡を冒頭部分に同封している。その人物とは当時函館市議を務めていた泉泰三(1882～1934)。泉泰三とその妻・マサエは、この大火で避難途中の新川で、火災に伴う橋の焼失により自動車ごと落下し、不慮の死を遂げている。

　泉泰三は函館を代表する大地主の一人で、小作人の自立のため地代を大幅に軽減させたり、函館信用組合の理事を務め地元の中小商工者の活躍を促すなど、庶民に寄り添った活動をおこなっていた。そして市議にあっても市民派の情熱溢れる活動を展開している。

　ちなみに関根要太郎と泉泰三の交友は、関根が函館で数多くの建築設計を手掛けるようになった、大正中期に始まったと推測される。それ以降関根は、曙町・南部坂上の泉泰三邸(設計：関根要太郎+山中節治、大正12年築)、湯の川の泉合名会社湯川住宅(設計：関根建築事務所、大正15年ころ築)の設計を手掛ける。この他に関根の実弟である山中節治(1895～1952)は、泉が幹事を務めていた函館競馬倶楽部が運営する、函館競馬場の観覧席(駒場町、昭和5年築)の設計も手掛けた。

　特に旧曙町(現在の元町)南部坂上にあった泉泰三の本邸は、大正10(1921)年4月に起きた大火を教訓に建てられた、当時としては珍しい鉄筋コンクリート造の住宅建築であった。その外観デザインは勿論のこと、水洗トイレやボイラーシステムなどの最新施設を備えた、当時としては最先端のモダン住宅だった。また泉邸新築の様子は〔建築新潮〕大正13(1924)年3月号に発表されたのだが、その解説を設計者である関根要太郎がおこなうのではなく、泉家のマサエ夫人に女性の視点から見た、モダン住宅の感想を述べさせて貰っている事などを考えても、この頃から関根と泉夫妻はかなり親しい間柄になっていたようだ。

　そして泉泰三が東京市麹町区の下六番町に暮らす関根要太郎へ送った最後の書簡、湯の川住宅の手直しをするつもりだったのだろうか、図面送付に対するお礼、先日は風邪を引いてしまって失礼をしてしまった事など達筆な字で文は進められている。それに引き続き書かれているのが、この数年前から泉泰三を中心としたと函館市民有志と函館水電の間で繰り広げられてきた〔函館水電争議〕が、札幌逓信局長の仲裁によりひとまず停戦したことが記されている。

　ちなみに函館市と函館水電の間に休戦協定が交わされたのが、昭和9年3月4日(函館市の正式発表は3月14日)。泉泰三が関根要太郎に手紙を送った日付には、3月15日と記されている。函館と東京の交通事情を考えると、函館で大火が発生した3月21日以前には関根のもとに届いていたと想像される。

　昭和9年大火発生前の函館、泉泰三を語る上で函館水電争議はどうしても避けられない話である。函館水電は明治39(1906)年の創業、明治末には函館馬車鉄道を買収し、電化(路面電車化)するとともに、大沼の水力発電所を電源に電気・電燈の需給、乗合バスの運行などをおこなっていた東京資本の会社である。

　新たな市の歳入や、市民へのサービスを考えていた当時の函館市関係者は、大正末に函館水電買収への覚書を交わす。しかし函館水電の売却希望額と、函館市の買収希望額が一致しないまま、数年が経過してしまう。この他に東京の株主しか相手にしていないような高飛車な経営態度に、不満を募らせる市民も数多くいたという。

　その後も一向に両者による主張は折り合いが付かず、昭和8(1933)年2月にはそれに業を煮やした函館市長・坂本森一(1883～1947)は、市関係者や市民に向けてこの問題解決を大々的に訴える。それに伴い〔電気料金市民権益擁護期成同盟会〕などの、函館水電への反対同盟が結成される。その中心メンバーとなったのが泉泰三だったのである。これらの団体の主張に促され、函館市民の多くは電気料金の値下げを訴え、電気料金の不払いや使用拒否などの反対運動を展開。函館水電も電気料金未払いの市民に、断線などの強硬手段で対抗。市民はランプ生活を余儀なくされ、夜になると函館は暗黒の町に化したという。

　そのような状況を解決するために札幌逓信局は両者の仲裁に入り、昭和9年の3月4日に函館市と函館水電の間に停戦の調印がおこなわれた。なお3月22日は札幌逓信局より電気料金の支払い方法の裁定、23日には休戦後はじめて両者の間で大詰めの協議が東京でおこなわれる予定だったが、大火が起きたためそれも先延ばしになっている。また大火後、不払いをおこなっていた期間の、莫大な電気料金の支払いをおこなう羽目になった市民が数多く出るなど、結果的には函館市の敗北とも言える事件だったと言える。

　中央の官僚や東京資本の企業に惑わされない、自立した地方行政と経済活動を目指していた当時の函館だったが、函館水電争議の休戦と昭和9年の大火を機に、その志は潰えてしまったと言わざるを得ない。大正10(1921)年大火後の復興事業は、函館の有力政財界人の主導でおこなわれたが、被害状況があまりにも深刻だったこともあってか、昭和9年大火後の復興事業は内務省(政府)主導でおこなわれたのが、全てを象徴しているように思えてくる。

　また関根要太郎、大火から2年後に火災で被災した不動貯金銀行函館支店に代わる、新店舗を建設するのであった。次回は現在の大手町にあった、恐らく函館における最後の函館における設計作品を紹介したい。

◆函館市の火災報告(本文を市会議員故泉泰三君の霊に捧ぐ)

　◎執筆：関根要太郎(不動貯金銀行営繕課長)

　◎脱稿：昭和9(1934)年4月5日

　◎掲載：「日本建築士」昭和9(1934)年4月号

「函館市の火災報告」の後半部分。3月下旬に函館市の復興計画の大概が発表された事、泉泰三に対する追悼文などが記されている。

❖図版・・・・「函館市の火災報告」関根要太郎著★泉泰三が関根要太郎に送った最後の書簡

本文でも紹介した函館水電争議の休戦まもなくに泉が関根に宛てた書簡。泉淡如とは泉が東京で新聞記者をしていた頃のペンネーム。日付は3月15日、東京で関根がこの手紙を手にして間もなく函館大火発生の知らせを知ったと想像される。

★泉泰三夫妻の肖像写真

年代は不明だが泉泰三夫妻が関根要太郎に送ったもの。関根は自身の火災報告書に泉からの手紙、泉夫妻の肖像写真を同封し、函館市立図書館に寄贈した。なお函館図書館の館長・岡田健藏(1883～1944)は、泉の死を悼み図書館内に大火・災害関連の書籍を集めた泉文庫を開設している。

❖図版・・・・「函館市の火災報告」函館市立中央図書館蔵

◆泉泰三邸(設計：関根要太郎+山中節治、大正12年築)

大正10(1921)年4月の大火を機に建てられた泉泰三の本邸。当時の住宅建築では珍しい鉄筋コンクリートで建てられた。

この他に関根建築事務所では泉家のセカンドハウスだった泉合名会社湯川住宅(大正15年築)、関根の実弟である山中節治は泉が幹部を務める函館倶楽部の競馬場観覧席(昭和5年築)の設計を手掛けることになった。

❖図版・・・・「文化生活と其の住宅」山中節治著より、上の2点

★昭和9年大火直後の泉邸

関根要太郎著「函館市の火災報告」より。31図が泉邸。現在の函館山ロープウェイ乗り場の下にあるマンションに、この泉邸はあった。今から十数年前、泉泰三の遺族・Yさんに伺った話によると、当日の猛火のなか泉邸は火災の影響もなくほぼ無被害の状態で残っていたという。しかし泉泰三夫妻は避難途中の新川で不慮の死を遂げている。

函館元町配水場から撮影。ロープウェイ乗り場下の〔函館山元町シュロス〕というマンションが建つ場所に泉邸はあった。

★大森町の大火慰霊堂

函館大森浜の脇を走る漁火通り。飛行機で函館を訪れる人にとっては、駅前方面までのシャトルバスの定番コースとして馴染み深い、大森浜からの眺めが美しいこの通りである。そして亀田川(新川)沿いに見えてくるのが、鉄筋コンクリート造の和風建築である函館大火慰霊堂だ。

昭和9年大火の際、亀田川に架かる木造橋が焼け落ちてしまったため、この方面へ避難してきた多くの市民が、強風による大波にさらわれたり、満潮になった川に落ちて溺死や凍死している。同地をはじめこの大火で亡くなった人たちの霊を弔うため、昭和13(1938)年に函館市により大火慰霊堂が建設された。ここを通った人は心の中で手を合わせていただきたい、昭和9年の函館大火悲劇の場所である。

「函館市の東北に当たって南北に横断する新川は、巾僅かに六、七間の浅き川なるも両岸の護岸はコンクリート壁を以ってし、架するに只一つの電車通りの不燃橋のみ。他は何れも木橋にして未だ架替えを見ざる内に此の大火災に遭遇せり。」
◆「函館市の火災報告」関根要太郎著より「殊に此の辺り大森浜の一帯に拡げられたる干鰯にも無遠慮に延焼してこの方面に避難のため殺到せる多数の罹災者は逃げるに橋なく川に落ち、上がるに余りに高く岸壁は足場がなく、或は寒夜に海に投じて波にさらわれ、生きながらの地獄に阿鼻叫喚、水と劫火とに苦闘して幾多の死傷者を此処に生じたる其の惨澹たる光景は人生の末路として余りに痛ましき極みである。」　◆「函館市の火災報告」関根要太郎著より

「申す迄もなく今後都市計画と相まって第一に着手すべきは不燃橋の架設である。木橋は徹底的に之を排撃せねばならぬ。其れは吾々国民があげて速時実行せねばならぬ事で、此の機会において独り函館のみならず全国の都市に向かって警告する次第である。」

◆「函館市の火災報告」関根要太郎著より

「其の都市計画にあたりては独り関係官庁の諸氏のみならず、民間の建築家よりも委員を選出して、風位・風速の科学的研究は勿論、其の軍事的方面よりもまた機能に於いても近代都市としての万全を期する様に、深重なる上にも尚深思に今後百年の計画を立てる事が先ず焦眉の問題である。」

◆「函館市の火災報告」関根要太郎著より

「此の都市計画にあたりては、之も懸賞競技として衆知に求めるも一手段である。夫は兎も角として我々は理想的不燃都市として、千古不朽の函館市の建設のために一臂の労は之を決して吝まぬ者である。」

◆「函館市の火災報告」関根要太郎著より

★泉泰三が眠る称名寺と泉泰三の墓所
昭和9年3月21日、函館大火に際し湯川方面へと非難した泉泰三とその一家は、新川橋付近で自動車ごと川に落下し不慮の死を遂げている。間もなく称名寺の泉家の墓地に葬られた。関根は函館に到着して間もなく泉泰三の死を知るのであった。泉家の墓より函館湾を望む。

★函館水電時代の遺構「日本最古のコンクリート電柱」

近年は修学旅行の定番スポットとなっている、大正10(1921)年ころに建てられた、コンクリート製の電柱。これは大正10年大火を教訓に函館水電が建てたもの。当ブログでお馴染みの函館海産商同業組合事務所(設計：関根要太郎+山中節治、大正9年築)は、その隣に建っている。

ラビスタ函館ベイより泉泰三邸があった南部坂上を望む。

函館水電からの現有車両・箱館ハイカラ号・3０形電車。水電争議から9年後の昭和18(1943)年に、電車事業とバス事業は函館市に譲渡されている。

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★参考文献・資料

「函館市の火災報告」関根要太郎著、日本建築士、昭和9年4月号

「函館市誌」佐藤勘三郎編、函館日日新聞社、昭和10年

「岡田健藏論集」岡田健藏著、図書裡裡会、昭和44年

「続函館市史資料集・第1号」小島昌平氏著、函館市史編さん事務局、昭和46年

「函館市史　通説編　第三巻」函館市史編さん室、函館市、平成9年

★撮影・・・・2009年6月、2014年6月、2016年3月・10月、2018年9月、2020年10月