函館市末広町の旧安田銀行函館支店(函館の建築再見2021)

◆旧安田銀行函館支店

　・・・・昭和7年竣工、現在はホテルとして使われるかつての銀行店舗

　先月は日本一美しい坂として名高い函館の八幡坂下に建つ、旧百十三銀行本店(設計：関根要太郎、大正15年築、現SEC電算センタービル)、旧函館貯蓄銀行本店(施工：木田保造、大正15年築、現SEC末広ビル)という２軒の歴史的建造物を紹介させて頂いた。そして八幡坂下にはもう一軒、とても美しい歴史的建造物が現存している。

　それが現在Hako BA函館というシェアホテルとして使われているこの建物、昭和7(1932)年に戦前の五大銀行の一つ安田銀行の函館支店として建てられたものである。このシェアホテル、今から4年前の平成29(2017)年の春に開業したものだが、昭和43(1968)年から平成21(2009)年まで、ホテルニューハコダテとして使われていたので、その名称のほうが馴染み深いという方も多くいらっしゃるかも知れない。

　今から20数年前、20代だった筆者はそのレトロな外観に憧れ、10年ほど常宿にしていた思い出深いホテルである。筆者の関根要太郎研究と、函館古建築探訪の原点とも言える場所でもある。

　戦前の五大銀行の一つで、三井・住友・三菱と共に戦前の大財閥と呼ばれた安田グループ。函館における安田グループの歴史は古く、安田財閥の創始者である安田善次郎(1838～1921)が北海道釧路にある硫黄鉱山の貸金問題で来道した帰り、函館に立ち寄り函館区が所有していた地所と倉庫を入札。同地で倉庫業の営業を開始したのが、その始まりであった。

　なおその当時建てられた煉瓦造の安田倉庫は、約1世紀に渡り現役の倉庫として使われていたが、平成10年代後半に解体。その跡地にはラビスタ函館ベイ(平成20年開業)という高層ホテルが建てられている。

　函館における安田財閥の銀行進出は、明治20(1887)年のこと。系列の第三銀行が大町で営業を開始する。間もなく店舗は末広町に移転。更に明治34(1901)年には東浜(現在Hako BA函館として使われる茶色の煉瓦貼りのビルが建つ場所)に移転し、同地で営業を始める。また明治40(1907)年8月の大火でこれまで使っていた店舗が焼失したため、木造下見板張りの洋風店舗を再建し、同地で引き続き営業をおこなった。

　そして大正12(1923)年に安田銀行は、第三銀行をはじめとした国内11行合併をおこない、新生安田銀行が誕生。それ以降第三銀行支店は、安田銀行の函館支店として営業を続ける事となった。

　砂州による陸繋島で出来た函館の町の地形。津軽海峡からは頻繁に強風が吹くこともあり、長年に渡り大規模な大火に度々苦しめられてきた。そのような事もあってか函館では大正の半ばから後半にかけて、不動貯金銀行函館支店(設計：関根要太郎、大正7年築)、第一銀行函館支店(設計：西村好時、大正10年築)、五十九銀行函館支店(大正11年ころ築)、日本銀行函館支店(設計：平松浅一、大正15年築)、百十三銀行本店(設計：関根要太郎、大正15年築)、函館貯蓄銀行本店(大正15年築)、十二銀行函館支店(設計：木子幸三郎、大正15年築)など、耐火性に優れた鉄筋コンクリート造の銀行店舗が相次いで建設されていた。

　しかし安田銀行はそれより数年遅れの、昭和7(1932)年に鉄筋コンクリート造の新店舗を落成させている。恐らく東浜町にあった店舗が大正10(1921)年4月の大火、大正13(1924)年8月に日本銀行支店、金森魁文社、万世ビル、勝田旅館など98棟を焼いた大火災などでも被害がなかったことから、新店舗の建設が遅くなったと想像される。火災多発地域の函館の事情というより、安田銀行のスケジュールに則って建設されたという事なのだろう。

　函館の銀行建築建設ラッシュより数年遅れて建設された、安田銀行函館支店。その外観デザインは外壁は石造りを模した仕様にし、トスカナ式の列柱を配し、軒周りには雷紋という模様を巡らせるという、戦前の銀行建築ならではの古典主義風の造りになっている。

　この向かいに建つ関根要太郎・蔵田周忠設計による旧百十三銀行本店のドイツ表現主義風、数十メートル離れた場所に建つ西村好時・八木憲一設計による旧第一銀行函館支店のセセッション風のモダンさとは正反対のデザイン。基礎知識がなければ、旧安田銀行支店の方がそれ以前に建てられたと思ってしまう古めかしさなのだ。

　モダンなデザインの銀行店舗が多く建つ函館において、その流れに背を向けたような古典主義風のデザインの旧安田銀行支店。実は大正12(1923)年の大合併後、安田銀行はほぼ同じデザインの店舗を大量に建てており、その一環で建てられたのが函館支店だったのである。現在は横浜、小樽、帯広に安田銀行の旧店舗が現存しているが、当時の店舗案内の写真を見ると、それ以外にもそっくりな店舗が数多く建てられている。

　広告媒体が限られていたこの当時、安田銀行は画一的な店舗デザインにすることで、他社との差別化を図ったと想像される。古典主義で石造り風なのだが、重厚さはあまり感じられず、どことなく愛嬌も感じられるのが安田銀行の店舗群の特徴である。

　昭和43年よりホテルニューハコダテとして新たな活用がされた、旧安田銀行函館支店。実はその間オーナーが3回に渡り変わっており、そのつど建物内はは大きく改装されている。なお最後のオーナー会社は1階の吹き抜けになったフロント部分にバーを設置し、吹き抜けを閉ざすという粗悪な改装を実施、更に客室のメンテナンスも殆どされておらず、居住性の悪さに筆者はこのホテルを泊まることをやめてしまった。

　それから十数年、原点回帰でこのホテルに泊まってみようと思っている今日この頃。昔のように2階電車通り沿いの部屋が残っていれば、関根要太郎設計の旧百十三銀行本店越しに、夜景撮影のフラッシュが眩いばかりに点滅する函館山を、ゆっくりと鑑賞してみたいものである。目覚ましは函館市電の始発電車、ベイエリアから函館駅前に建てられた高層ホテルにはない、函館の町と一体なれる素晴らしい場所ではないだろうか・・・・。

◆旧安田銀行函館支店

　(旧富士銀行函館支店～旧ホテルニューハコダテ～Hako BA函館)

　◎設計：安田銀行営繕課

　◎施工：大林組

　◎竣工：昭和7(1932)年9月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て

　◎所在地：函館市末広町23-9

　　❖函館市景観形成指定建造物

こちらはホテルニューハコダテ時代から保存されている、富士銀行函館支店の看板。

★ホテルニューハコダテのリーフレット

今から約20年前に筆者がホテルニューハコダテに泊まった際に貰ったリーフレット。このホテルは経営会社が3回変わっているが、こちらは昭和61(1986)年からの2代目オーナー会社時代のもの。昭和43(1968)年開業当初は赤い絨毯が敷かれ、高級感溢れるホテルだったそうだが、昭和61年からはカジュアルなホテルへと変貌を遂げている。

トップライトを設け、2階までの吹き抜けになっている開放的な素敵なホテルだったが、3代目オーナー時代はこの吹き抜けを閉ざし、バーにしてしまうという粗悪な改装がされてしまった。換気が悪い上にバーの騒音が客室まで聞こえるという劣悪な環境のホテルとなってしまい、暫らくしてこのホテルを利用するのをやめてしまった。それから間もなくしてこのホテルが閉館したのは、当然の成り行きだろう。

このホテルのかつての常連客は作詞家の永六輔、作家でミュージシャンの辻仁成などがいた。

部屋に置かれたコースターもホテルの歴史を紹介する内容。2代目オーナー会社時代は、とても好感の持てるホテル演出がされていた。

ちょうど20年前にこのホテルに泊まった時の領収証。領収書もレトロなこの建物をアピールしたものになっていた。

★ホテルニューハコダテ時代の客室の眺め

ホテルニューハコダテの2階客室より撮影。この部屋に泊まると夜間は夜景撮影のフラッシュが眩いばかり輝く函館山の山頂がよく見えた。

朝は市電の始発電車が目覚まし代わりになった、函館の町と一体化したホテルだった。

最後の写真は3階の客室から撮影したもの。

部屋から見える関根要太郎(関根建築事務所)設計の旧百十三銀行本店。ホテルの客室から見えるモダンな姿に興味を抱き、それから筆者は関根要太郎設計の研究を始めたのである。
★戦後、富士銀行函館時代の写真

昭和30年代前半に撮影されたもの。昭和61年のホテル改修時に撤去されたが、銀行時代は電車通りと旧函館貯蓄銀行側に2箇所出入り口があった。

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★戦前築の安田銀行店舗

安田銀行は戦前同じタイプの銀行店舗を数多く建設。その数店舗をここからはご覧いただきたい。

◆安田銀行札幌支店(昭和3年築)

◆安田銀行神戸支店(大正15年築)

❖図版・・・・「富士銀行七十周年誌、八十周年誌」上の3点

◆安田銀行小樽支店(昭和5年築)

◆安田銀行横浜支店(昭和4年築)

日本で一番美しい坂と讃えられる八幡坂の下に、旧安田銀行函館支店は建つ。八幡坂下は函館の金融街の中心とも言える訳だ。

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★参考文献・資料

「富士銀行七十周年誌」富士銀行七十周年記念事業委員会著、富士銀行、昭和27年

「富士銀行八十周年誌」富士銀行八十誌編纂委員会、富士銀行、昭和35年

「総覧日本の建築・１、北海道・東北」日本建築学会編、新建築社、昭和61年

★撮影・・・・1998年6月、2000年8月、2002年4月、2004年月、2008年2月、2009年6月、2016年3月・10月、2018年9月、2019年11月、2020年10月