函館市末広町の旧函館貯蓄銀行本店(函館の建築再見2021)

◆旧函館貯蓄銀行本店

　・・・・大正15年竣工、函館電車通り沿いに建つ旧百十三銀行本店の兄弟店舗

　函館の名所として知られる八幡坂。坂上の眺めに注目が集まる八幡坂だが、坂下の電車通りの一角には旧百十三銀行本店(現SEC電算ビル、設計：関根要太郎、大正15年築)、旧安田銀行函館支店(現Hako BA函館、昭和7年築)という、函館が海産業で賑わっていた戦前に建てられたとても洒落た旧銀行店舗が建っている。なおこの2軒の建物は、そのモダンな外観やクラシカルな外観から、函館市の景観指定建造物にも指定されている。

　そしてあまり知られていないが、八幡坂下には大正末に建てられた旧銀行店舗がもう一軒現存している。それが現在SEC末広ビルとして使われている、近年痛みが目立つようになったこの無機質なビルディング、玄関周りには2本のトスカナ式オーダーが置かれ、戦前の銀行建築らしい雰囲気を僅かながら醸し出す。

　現在SECが所有するこのビル、多くの人は見過してしまっているが、地元資本となる函館貯蓄銀行の本店として大正15(1926)年に建てられたものである。戦後装飾が取り払われてしまったが、竣工当初は近世復興式のクラシカルな雰囲気を漂わす美しい銀行店舗だった。そういう事で本日は、今年で竣工95年を迎えるレトロなビルディングを久しぶりに紹介する事にしたい。

　百十三銀行の創立メンバーで函館の有力商人であった、田中正右衛門、杉浦嘉七らによって明治29(1896)年に設立された函館貯蓄銀行。当初は土蔵に木造店舗を増築した、摩訶不思議なスタイルの店舗で営業をおこなっていた。しかし明治40(1907)年8月の大火でこの店舗は焼失したようで、大三坂下の旧リューリ商会(現川越電化センター、大正12年ころ築)のような、バルコニーを持った洋風下見板張りの店舗が、現在旧函館貯蓄銀行本店が建つ場所に建てられている。また系列の百十三銀行本店も、その海側に木造でその頃建てられている。

　明治末には函館貯蓄銀行の頭取に函館一の豪商であった相馬哲平(1833～1921)が就任。そして同銀行の支配人には、函館の資産家の一人である亀井喜一郎が就任し、庶民向けの地場銀行として営業がおこなわれていく。同銀行は末広町八幡坂下のほか、鶴岡町(現大手町)、弁天町に支店を開設している。なお函館貯蓄銀行は相馬哲平のほか、石舘友作など百十三銀行が幹部を務める系列会社であった。

　また大正中期の日本国内は、第一次世界大戦時の軍事特需による空前の好況から一転し、反動不況に苦しんでいた。そのような時期の庶民の貯蓄趣向もあってか、函館貯蓄銀行も着実に預金を増やしていくのである。

　そして大正11(1922)年には系列の百十三銀行は、もう一つの地場銀行である函館銀行と合併し、新生百十三銀行が発足。更に同行は狭隘する木造店舗に代わる新店舗の建設を計画。この当時、函館で活躍していた在京の建築家・関根要太郎(1889～1959)率いる関根建築事務所の設計、そして関根と同様に当時函館で活躍していた請負師・木田保造(1885～1940)率いる木田組の施工により、大正14(1925)年8月に新店舗の建設工事が起工する。それから1年後の大正15(1926)年11月には、鉄筋コンクリート造2階建てによる、とてもモダンな銀行店舗が竣工した。

　これと同時に百十三・函館貯蓄両銀行幹部は、百十三銀行本店に引き続き、函館貯蓄銀行本店と百十三銀行東京支店(東京日本橋)の新店舗の建設も計画。函館貯蓄銀行は木田組の施工により、大正15(1926)年3月に起工。百十三銀行東京支店は関根建築事務所の設計、木田組の施工により大正15(1926)年8月に起工している。

　そして函館貯蓄銀行は大正15(1926)年12月に竣工。百十三銀行の東京支店は正確な記録が残されていないが、当時のコンクリート建築の工期を考えると、昭和2(1927)年には竣工したと推測される。函館貯蓄銀行本店は起工は半年遅れだったが、工事はスピーディーにおこなわれたようで、百十三銀行本店の翌月に竣工した訳だ。

　百十三銀行本店竣工の翌月に落成した函館貯蓄銀行本店、当時としてはモダン過ぎる外観の百十三銀行に対し、いかにも銀行店舗といった感じの落ち着きのあるクラシカルな装いの対極的なデザインだ。しかし防御を考えての縦長な窓や、中2階になっている建物内の構成など共通項も数多く見られる。一見の印象は異なるが、中身は似ているという兄弟建築とも言いたくなる出来栄えなのだ。

　かつてはクラシカルな装いだった旧函館貯蓄銀行本店、設計者については不明である。また同時期に建てられた百十三銀行の本店と東京支店の設計を、関根要太郎率いる関根建築事務所が手掛けたことを考えると、関根の関与ということも考えられる。しかしこれについては決定的が資料は見つかっていない。

　そして施工を手掛けた木田組も優秀なデザイナーを多く擁していたので、木田組のスタッフにより設計がおこなわれた可能性も考えられるが、こちらも決定打となる資料は見つかっていない。設計者について色々な推測をしているものの、これと言った資料は見つからないまま時が過ぎてしまっている筆者である。

　近年は建物の傷みが激しく今後の動向が気になる、旧函館貯蓄銀行本店(SEC末広ビル)。だがこの町の歴史を物語る貴重な歴史的建造物ということで、是非とも後世に残して欲しい名建築だ。この近くを立ち寄った時には、旧百十三銀行本店(SEC電算センタービル)とセットでこの建物を鑑賞いただくと、地味なこのビルもまた違って見えてくる筈である。

◆旧函館貯蓄銀行本店(現SEC末広ビル)

　◎設計：不詳

　◎施工：木田保造(木田組)

　◎起工：大正15(1926)年3月

　◎竣工：大正15(1926)年12月

　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て、一部中2階

　◎所在地：函館市末広町22-1

★八幡坂下の旧銀行建築群

八幡坂下は旧函館貯蓄銀行本店、旧安田銀行支店、旧百十三銀行本店という、大正末から昭和初期に建てられた旧銀行店舗が3棟建っている。この他に旧百十三銀行本店の坂上に、旧函館無尽の本店(大正12年築)という美しい銀行店舗があったが、十数年前に解体されている。

モダンな旧百十三銀行本店に対し、クラシカルな装いの函館貯蓄銀行本店の兄弟店舗の対比はいつ見ても面白い。

函館貯蓄銀行本店は昭和3年に系列の百十三銀行が北海道銀行に吸収合併された後も、函館資本の地場銀行として営業を続ける。しかし戦局が激しくなった昭和18年2月には北海道銀行に吸収合併、更にその翌年に北海道銀行は北海道拓殖銀行に合併された。

末広町界隈には函館海産商同業組合事務所隣にあった拓銀の支店のほか、旧百十三銀行本店(当時は北海道銀行函館支店)、そして旧函館貯蓄銀行本店と、拓銀所有の建物だらけになったためか、間もなく同行はこの建物を手放たようである。そして戦後は様々な会社のオフィスビルとして使われ、30年ほど前からSECの所有になったという。

★昭和10年撮影の絵葉書より

今回の記事作成に際し筆者がコレクションしたもの。津軽要塞の許可に関するクレジットが昭和10(1935)年と記されているので、その頃に撮影されたものと推測される。この頃は函館貯蓄銀行本店の外装には数々の装飾が施され、華やかな建物だったことが分かる。

ちなみに画像をクリックして頂くと、拡大サイズになるので是非とも当時の函館の町並みを鑑賞して頂きたい。

❖図版・・・・「筆者所蔵絵葉書コレクション」

★函館貯蓄銀行本店竣工を伝える新聞記事

「函館毎日新聞」大正15年12月17日の記事より。同月20日からこの店舗での営業が始まる旨の紹介がされている。なおこの月の25日に大正天皇が崩御。26日から年号が昭和に改元された。

❖図版・・・・「函館毎日新聞」大正15年12月17日付

★末広町の電車通りより
電車通りのco-opスーパー前で撮影。遠くに旧函館貯蓄銀行の姿が確認できる。以前に比べ数は少なくなったが、電車通りには歴史的建造物が幾つか建っている。

緑の島からも旧第一銀行支店、旧百十三銀行本店と共に、旧函館貯蓄銀行本店の姿を見ることが出来た。

ラビスタベイ函館の客室より。ここからも旧百十三銀行本店と共に旧函館貯蓄銀行本店の後ろ姿がよく見えた。

全国的にも有名な八幡坂。この坂下に旧函館貯蓄銀行本店は建っている。

青函連絡船摩周丸が停泊する埠頭から。こちらからも旧函館貯蓄銀行本店の後ろ姿が見える。

**********************************************************★参考文献・資料「函館市史通説編　第三巻」函館市史編さん室編、函館市、平成7年「木田保造」木田組編、木田組、昭和16年「函館大火調査報告」建築雑誌：昭和9年6月号、日本建築学会★撮影・・・・2009年6月、2016年3月・10月、2018年9月、2020年10月