旧仁壽生命函館支店(建築家・関根要太郎作品?再見2021)

◆旧仁壽生命函館支店

　・・・・大正10年代竣工、函館末広町に建つ大正モダンなオフィスビル

　先日は元町大三坂上に建つ、旧亀井喜一郎邸(設計：関根要太郎+山中節治、大正10年築)を紹介させていただいた。大三坂と言えば、坂上にハリストス正教会やカトリック元町教会などの諸教会や寺院などが建ち、昭和62(1987)年に国土交通省より〔日本の道百選〕に選定されるなど、その景観はなかなかのものである。若干右にカーブを描きながら上っていく坂道は、明治以降に大火対策で整備された、直線状に延びる道幅の広い周辺の坂道とは違い、独特な風情がある。

　この大三坂は坂上の教会群が注目を集めるが、その坂下もとても絵になる一帯で、大正10(1921)年の函館大火後に建てられた鉄筋コンクリート造のオフィスビルであるヱビス商会(大正11年築ころ築)、かつてロシア貿易商の商館として建てられた旧リューリ商会(大正12年築)という美しい洋風建築が建つ。

　そしてその2軒の洋風建築の坂上、海岸段丘の崖上に建つのが、今回紹介させていただく旧仁壽生命生命函館支店。大正期に東京に本店を置く仁壽生命の支店の店舗として建てられ、戦後は海運会社の事務所兼住宅として長らく使われていた。大正時代らしい、セセッションスタイルのモダンな建築作品である。

　近年この建物は老朽化が目立ち存続が危ぶまれたが、平成27(2015)年より地元の箱バル不動産により建物の再生プロジェクトが開始される。そして翌年には、箱バル不動産のメンバーである㈱蒲生商事が建物を取得。間もなく函館を拠点に古建築のリノベーションを数多く手掛けておられる建築家・富樫雅行氏の設計監修、山建中川組の施工により建物の修繕工事が開始され、平成29(2017)年に旧仁壽生命函館支店のリノベーション工事が完了した。そしてこの建物は〔大三坂ビルヂング〕と命名され、建物背後にある戦後増築された旧住居部分と、竣工当時からあると思われる土蔵と共に、シェアオフィス、レストラン、貸店舗、宿泊施設として現在は使用されている。

　明治27(1894)年に初代貴族院議員であった下郷傳平らにより、東京市京橋区で設立された仁壽生命。函館への出店は大正半ばのことで、同社の小樽支店の函館出張所として、富岡町(現在の弥生町と大町の一部)に当初は店舗を構えた。

　また〔函館毎日新聞〕大正9(1920)年2月20日付けの記事を見ると、仁壽生命は現在大三坂ビルヂングが建つ会所町(現・末広町)の土地を購入し、3月から新たな出張所として営業を始める旨のことが紹介されている。またそれより約1年後の大正10(1921)年4月14日には、この周辺で大火が発生。当時の仁壽生命支店の店舗として使われていた建物も、焼失してしまったと想像される。

　そして新たに建てられることになったのが、今は大三坂ビルヂングと命名された現存するこの建物だった。竣工時期を裏づける決定的な資料がないため、明確なことまでは言えないが、早くても大正10(1921)年に函館大火が発生した直後、大正14(1925)年3月に函館出張所は支店に昇格しているので、遅くてもその頃までにはこの建物が竣工したと考えられる。

　ちなみに昭和4(1929)年に刊行された〔仁壽生命紀要〕の店舗紹介欄には、この建物の外観写真が掲載されているのだが、建物の外壁に多少ながら経年の汚れらしきものも確認できる。そのような事を踏まえると、大正10年代の早い時期にこの建物が竣工していたと考えるのが妥当であろう。

　

　そしてこの建物の設計者だが、筆者は長年に渡り当時函館で活躍していた在京の建築家・関根要太郎(1889～1959)、その実弟の建築家・山中節治(1895～1952)の兄弟が手掛けたのではないかと推測している。その理由としては当時の関根・山中の作風と類似している事と、こののち関根要太郎率いる〔関根建築事務所〕が、仁壽生命の仙台支店(大正12年築)、横浜支店(大正14年築)、名古屋支店(昭和3年築)、東京本社(昭和4年築)の店舗設計を手掛けたことによる。

　但し昭和33(1958)年、関根69歳のとき作成した〔経歴書〕には、先に紹介した仁壽生命本店・仙台支店・名古屋支店の3店舗が、戦前手掛けた仕事として記載されているものの函館支店の名は記されていない。そして当時の建築雑誌にも函館の支店は取り上げられていない。

　更に旧仁壽生命函館支店の改修を手掛けた富樫雅行氏によると、建物内から設計者・施工者が奉納した棟札も発見することが出来なかったという。また事務所棟2階部分の天井は和風建築によく見られる格子天井になっていたり、同時期関根・山中兄弟に設計により竣工した石塚商店(イチヤマ商店、末広町、大正11年築、平成23年解体)の内部装飾に比べ、簡素なのも気になる点である。

　以前富樫氏から伺った話によると、旧仁壽生命函館支店の外壁は、木造の軸組にコンクリートの平板を軸組に打ち付け、更に外壁にモルタルを塗るという手法が用いられているという。実はこの工法、関根要太郎・山中節治兄弟設計による函館海産商同業組合事務所(末広町、大正9年築)にも用いられている珍しい工法だそうで、そのような点から見てみると旧仁壽生命の支店は、関根・山中兄弟が設計を手掛けたと思えてくるのである。大正末から昭和初めに撮影された函館の古写真を見ると、これに似た雰囲気のビルは幾つか見受けられるが、洗練の度合いは仁壽生命函館支店のビルが秀でていると思う。

　竣工時期は大正10(1921)年の函館大火後まもなくと推測される、旧仁壽生命函館支店。もしこの建物が大正10年大火まもなくに建設され、関根・山中兄弟が設計を手掛けたとなれば、函館で偶然手掛けた生保会社事務所の仕事を機に、それを全国規模に展開したという事になる訳だ。

　依然、設計者に関する決定的な資料を発見できないでいる筆者。しかし小さなこの建築作品は、函館の町並みを長年に渡り美しく彩っている隠れた名建築だと思う。この建物の再生を手掛けた函館の有志の皆さんに敬意を表しつつ、大正モダンなこのビルをゆっくりと撮影した10月下旬の雨上がりの朝だった。

◆旧仁壽生命函館支店(大三坂ビルヂング)

　◎設計：関根要太郎、山中節治(推定)

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正10(1921)年～大正14(1925)年ころ

　◎構造：木造モルタル塗り2階建て

　◎改修設計：富樫雅行建築設計事務所

　◎改修施工：山建中川組

　◎改修竣工：平成29(2017)年12月

　◎所在地：函館市末広町18-5

　　❖函館市指定伝統的建造物

　　❖函館市都市景観賞(令和元年)

旧仁壽生命函館支店の坂下に建つ旧リューリ商会(川越電化センター)。函館市のホームページなどでは明治40年代の竣工と紹介されるが、実際は大正12(1923)年ころの竣工。昭和9(1934)年の大火後は、関根要太郎が営繕課長を務める不動貯金銀行の仮設店舗がここに置かれていた。

ここから何点かの建物内写真は平成30(2018)年の9月に撮影したもの。現在はテナントが変わっているが、内装は変更されていない模様。天井、窓枠、厨房そばの金庫室が当時からのもの。床のタイルは今回の改修で新たに作られたもの。

★昭和初期の仁壽生命函館支店
当時は建物上のテラコッタに会社名と店名が記されていた。建物中央の筋模様の浮彫り、細部のデザインは当時のまま。★白金通り(芝)のビルディング式商店(東京、設計：山中節治、大正14年ころ築)
以前にも紹介させていただいたが、仁壽生命函館支店の類似作。港区白金台の日吉坂沿いにあった山中作品。建物のアール部分の筋模様やパラペットの仕上げなど函館の旧仁壽生命支店によく似ている。
❖図版・・・・「建築画報」大正15年1月号

★不動貯金銀行松阪支店(三重、設計：関根要太郎+山中節治、大正11年ころ築)

簡素な外壁仕上げ、玄関上のランタンなど仁壽生命函館支店に似た作品。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」昭和15年

こちらと下2枚の写真は平成22(2009)年の3月に撮影したもの。当時は痛みがかなり進行していたことが分かる。
5年前に泊まったラビスタベイ函館より。ここからも旧仁壽生命の姿が見ることが出来た。

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★参考文献・資料

「仁壽生命紀要」仁壽生命編、仁壽生命刊、昭和4年

「箱バル不動産ホームページ、旧仁壽生命再生プロジェクト」

「富樫雅行建築事務所ホームページ、Works：旧仁壽生命リノベーション」

★撮影・・・・2009年3月、2016年3月・10月、2018年9月、2020年10月