函館市末広町の函館市文学館(函館の建築再見2021)

◆旧第一銀行函館支店

　・・・・大正10年竣工、今年で築100年迎える大正モダンな銀行店舗

　昨年秋の函館旅行の最終日、末広町の市電通りに建つ函館市文学館を訪ねた。このときの函館旅行では、函館西部地区を代表する歴史的建造物である、旧函館区公会堂(明治43年築)が大規模の修繕工事に入っていたことや、その前回(2018年9月)の函館訪問で北方民族資料館(旧日本銀行函館支店、大正15年築)と、函館市旧イギリス領事館(開港記念館、大正2年築)を時間をかけてたっぷり見学したこともあり、今回は函館市文学館を見学することにしたのである。文学館の入るのは、実に十数年振りのことである。

　外壁に貼られた茶褐色のタイルと基壇と軒周りのグレーのモルタル塗りの対比、そして縦に割り振られた軽快な窓の配置が美しいこの建物、大正10(1921)年に第一銀行の函館支店として建てられたものである。第一銀行と言えば3年後に発行される新1万円札の肖像や、今年のNHK大河ドラマの主人公などで脚光を浴びる、近代日本を代表する大実業家・渋沢栄一(1840～1931)が、明治6(1873)年に創業した日本初の銀行会社だ。

　昭和39(1964)年に第一銀行がこの店舗から撤退した後は、函館発祥のジャックス(北日本信販)の本社として長年使われていたので、地元の方にとってはそちらの方が馴染み深いという方も多くいらっしゃるかも知れない。なおジャックスは平成元(1989)年に土地と建物を函館市へ寄贈。それから約3年に渡る大規模な改修工事を経て、平成5(1993)年より函館市文学館としての使用が始まった。

　第一銀行函館支店は大正元(1912)年の開店。既に函館に出店していた東京第二十銀行を統合する形で、函館進出を果たしている。当初は東浜の金森赤煉瓦倉庫近くに木造の店舗を構えていたが、大正中期には末広町の電車通りに新店舗建設がおこなわれることになった。

　ちなみに大正2(1913)年に東京に資本を置く函館水電株式会社は、明治初期に開業した函館馬車鉄道を買収。馬車鉄道を電気軌道に切り替え、これまで海岸側と海食崖下側の2ルートあった路線を、現在の電車通り1本に絞っている。そのような事情もあり、新たな商業地帯として発展するであろう、この土地に新店舗を構えたと想像される。

　そして第一銀行函館支店の新店舗は、渋沢栄一や第一銀行と縁深い清水組(現清水建設)の技師で、そのころ清水組の推薦で第一銀行の建築課長に就任した、東京帝国大学卒の建築家・西村好時(1886～1961)と、清水組の技師・八木憲一が担当した。八木は大正7(1918)年に東京帝国大学を卒業し、昭和に入ると清水組の技師長となった人物。東京新宿の伊勢丹本店(昭和8年築)が、代表作として知られている。

　西村好時は大正6(1917)年の第一銀行伏見支店の設計を機に、同銀行の店舗設計を昭和10年代前半まで約50棟手掛けた建築家である。西村は東京丸の内の第一銀行本店(昭和5年築)のほか、国内各地に建設された同銀行の支店、台湾・台北の台湾銀行本店(昭和12年築)、中国・旧満州新京の満州中央銀行総行(昭和13年築)など、古典主義をベースに堅実な作風を得意とした銀行建築のスペシャリストであった。

　なお当ブログの主人公である建築家・関根要太郎(1889～1959)は、西村が大正元(1912)年から一時期在籍していた不動貯金銀行の営繕組織、〔日本建築株式会社〕に大正3(1914)年に就職。それ以降、昭和10年代半ばまで同銀行の店舗設計を、約100棟近く手掛けている。

　そのデザインは古典主義一本の西村とは異なり、ユーゲントシュティール、ドイツ表現派、モダニズム、古典主義とその時代ごとに、自身の作風を著しく変化させている。戦前、五大銀行の一つとして数えられた第一銀行と、一般庶民向けの貯蓄銀行であった不動貯金銀行、会社の規模こそ違えど、2人はこの当時を生きたライバル的存在の銀行建築家だったのである。

　　

　実は西村が第一銀行の支店建設のため函館を訪れた当時、関根要太郎は不動貯金銀行函館支店(大手町、大正7年築)の建設を機に、函館海産商同業組合事務所(末広町、大正9年築)の設計を手掛け、更に基坂の中腹に区立函館病院外来診療棟(弥生町、大正10年築)の建設プロジェクトを開始したところだった。どの建造物もユーゲントシュティールの流れを汲んだ、大正モダンな作品となっていた。そのような関根の活躍に刺激されたのだろうか、西村設計の第一銀行函館支店は、これまでの西村作品に見られなかった、シャープで明るい作品になったのである。

　古典主義の細部装飾を用いながらも大正モダンな雰囲気漂う、明快なデザインの旧第一銀行函館支店。建物内はジャックス入居時は銀行時代の佇まいを残していたという。しかし耐震補強の関係もあったのか、文学館リニューアルに際し大規模な改修がおこなわれたため、銀行時代の面影を殆ど残していないのが悔やまれる点である。

　その中で館内で唯一の銀行時代の面影を残す箇所と言えば、1階と2階の金庫室を使った展示室だろう。北洋漁業が全盛を極めていた時代は、多くの札束が積まれていただろう金庫室。それが21世紀の現在では、石川啄木を始めとした函館ゆかりの作家の直筆原稿など、文化的資料が収蔵されているというのも、とても面白い。

　展示内容は以前と殆ど変わらないものだったが、函館の風土に培われた文学散歩をさせていただいた今回の見学だった。近い将来、再び改修工事がおこなわれるなら、銀行時代の内装を再現して欲しいとも思ってしまった。周辺環境はここ20年で相当変わってしまったが、若きエリート建築家が設計した大正モダンな銀行建築は、後世に遺して欲しい素敵な建築作品である。

◆旧第一銀行函館支店(～ジャックス本社～函館市文学館)

　◎設計：西村好時、八木憲一

　◎施工：清水組

　◎竣工：大正10(1921)年11月

　◎構造：鉄筋コンクリート造、一部煉瓦補強2階建て

　◎所在地：函館市末広町22-5

　　❖函館市景観形成指定建造物

細部装飾は柱頭飾り、歯型飾り、玉飾りなど古典主義の建築によく見られる意匠が多く用いられている。しかしセセッション風の縦割り、直線的な構成もあってかとても明るい雰囲気が漂うデザインになっている。

函館山山頂からもライトアップされた函館市文学館の建物は、肉眼で確認できた。

★昭和初期撮影の絵葉書より

筆者所蔵の絵葉書より。森屋百貨店の背後に7階建ての増築棟が建てられていないことや、函館貯蓄銀行本店(現SEC末広ビル)の姿が確認されることを踏まえると、昭和2(1927)年から昭和4(1929)年の間に撮影されたものと考えられる。

★旧森屋百貨店現存時(1998年6月)に撮影した函館市文学館

今から約20年前、20世紀の末に当時20代だった筆者が撮影したもの。森屋百貨店として建てられたこのビルは、この当時は尼崎製罐の工場として使用されていた。だが間もなく尼崎製罐は函館から撤退し、2001年秋に解体されている。その数年後に北島三郎記念館などが入居するウイニングホテルが、森屋百貨店の竣工時のシルエットを再現して建てられ、今に至っている。

★竣工間もない第一銀行函館支店

昭和8年に発行された西村好時の作品集より。当時は玄関に寒冷地ならではの大きな風除室が設けられていたが、昭和初期に道路の拡張に伴い規模が縮小された。建物の構造は鉄筋コンクリート造の建物に煉瓦壁を補強するという、初期のコンクリート建築でよく使われた手法が用いられている。下の図面は1階の平面図。

❖図版・・・・「銀行建築」西村好時著、昭和8年

★函館大火調査報告

大正10(1921)年4月14日、第一銀行函館支店の建設中に函館の市街地で商業地区の多くを焼く大火が発生。間もなく西村好時は日本建築学会の依頼により、こちらも区立函館病院外来診療棟の建設のため函館に滞在していた関根要太郎、東京帝国大学をこの前年に卒業した分離派建築会のメンバー・森田慶一と共に大火の被害調査をおこない、日本建築学会の機関誌「建築雑誌」大正10年12月号に発表した。

当時の火災の被害状況を刻銘に知ることが出来る、とても完成度の高い第一級の資料である。下には外壁を残して焼け落ちてしまった元町カトリック教会、間一髪のところで類焼を免れた函館海産商同業組合事務所が紹介されている。

❖図版・・・・「建築雑誌」大正10年12月号

日和坂より。

金森洋物店2階より。

そしてこちらは森屋百貨店(尼崎製缶)が建っていた1999年4月に撮影したもの。

5年前に泊まったウイニングホテルの部屋からも、函館市文学館の建物の姿が確認できた。

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★参考文献・資料

「日本の建築　明治大正昭和・8、様式美の挽歌」伊藤三千雄氏著、三省堂、昭和57年

「銀行建築」西村好時氏著、丸善、昭和8年

「函館市史」函館市史編さん室、函館市、平成9年

「分離派建築博物館ホームページ」菊池潤氏作成

「ジャックスホームページ」

★撮影・・・・・1998年6月、1999年4月、2009年月、2016年3月・10月、2018年9月、2020年10月