東京多摩市の旧多摩聖蹟記念館(建築家・関根要太郎作品再見2020)

◆旧多摩聖蹟記念館

　・・・・昭和5年築、今年で築90年を迎える分離派的モダン建築

　先月中旬の昼下がり、東京新橋のパナソニック汐留美術館で催されている、〔分離派建築会100年展〕を訪ねた。分離派建築会は東京帝国大の建築学科の学生6名により、既存の概念から脱した新たな建築の創造を目指して結成された建築家グループで、大正期の日本建築界に新たなムーブメントを起こしたことで知られる。

　主なメンバーは、東京数寄屋橋にあった東京朝日新聞社や、東京日本橋の白木屋百貨店の設計で知られる石本喜久治(1894～1963)。東京聖橋、日本武道館、京都タワーなど曲線を多用した独特な造形感覚が特徴の山田守(1894～1966)。モダン建築の中に和の建築の融合を試みた堀口捨巳(1895～1984)。のちに京都に拠点を移し、スパニッシュ風の京都大学楽友会館 などの傑作を残した森田慶一(1895～1983)などがいた。

　そして結成から間もなく、数人の若手建築家が分離派建築会に加入している。その一人が蔵田周忠(当時は浜岡姓、1895～1966)である。蔵田は大正後期から昭和初期にかけて、建築家・関根要太郎(1889～1959)の片腕として活躍し、大正中期ユーゲントシュティールやセセッションなど、モダンな作品を数多く制作していた関根作品に、モダニズムや表現主義など更に最先端の作風を持ち込んだ事で知られる人物だ。

　そのような事もあり、蔵田周忠と分離派建築会の偉業を確認するために、この展覧会を訪ねた次第である。

　予想以上に小さな会場だった分離派建築会100年展。しかし分離派建築会メンバー直筆の図面をはじめ、展示内容はとても充実したもので、時間をかけてじっくり見学させていただいた。蔵田周忠在籍時の関根要太郎率いる〔関根建築事務所〕作品も、京王閣(東京調布、昭和2年築、現存せず)、坊城俊良邸(東京麻布、昭和3年築、現存せず)、旧多摩聖蹟記念館(東京多摩、昭和5年築)の写真や資料も展示されていた。

　出来ることなら、関根建築事務所がこの当時、数多く制作していた不動貯金銀行をはじめとしたオフィスビル作品を紹介させて頂ければ、更に充実した展示になったと思う。だがそれを抜きにしても、関根要太郎研究者である筆者としては、とても納得できる展示内容だった。

　そして個人的に楽しませていただいたのが、関根要太郎や蔵田周忠が在籍した建築家・三橋四郎(1867～1915)建築事務所設計による、石原時計店(大阪心斎橋、大正4年築)の展示である。石原時計店はウイーンセセッションの影響を受けた、大正モダン建築の傑作の一つで、心斎橋のランドマーク的な建造物として、戦前多くの人に親しまれたという。実はこの時計店、若き日の関根や蔵田も設計に参加しており、モダンな作風を武器として活躍する2人の原点となったと言っても過言ではない作品である。

　ここで改めて関根要太郎と蔵田周忠の関係をおさらいしてみると、蔵田は大正2(1913)年の工手学校卒業後に、東京市京橋区の南鍋町一丁目(現在の中央区銀座六丁目の日比谷より)にあった、三橋四郎の建築事務所に就職。一方の関根はこの頃、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)に選科生として入学していたが、関根は三橋建築事務所に出入りしていたのだろうか。蔵田と知己を得たようである。

　また三橋建築事務所入所より2年後、更なる向学心を抱いた蔵田は美術学校に受験するも失敗。そこで関根は、当時国内屈指の規模を誇る建築事務所だった、曾根中條建築事務所の就職を蔵田に斡旋する。人脈の広い関根、アカデミックな道を目指す蔵田という、2人の関係が伺えるエピソードである。

　更に大正9(1920)年には、関根の実弟で建築家の山中節治(1895～1952)と共に早稲田大学の建築学科に選科生として入学。この頃より関根の仕事を手伝いながら、大正11(1922)年に関根の事務所に正式に加入。昭和5(1930)年まで在籍した。

　

　そして分離派建築会100年展見学の翌週、関根建築事務所設計による旧多摩聖蹟記念館を訪ねた。昨年は関根要太郎展の打ち合わせのため頻繁に足を運んだ記念館だったが、今年に入ってからは初めての訪問である。関根要太郎展を企画・設営して頂いた女性学芸さんは、本業の研究に専念するために、こちらを去ったのは寂しい限りだが、木々の葉が黄色や赤に染まった晩秋の聖蹟記念館をたっぷり堪能してきた。なお聖蹟記念館、今年で竣工90年を迎えたという。

　多摩連光寺の高台の上に建つ旧多摩聖蹟記念館、当初はこの一帯全体を使った壮大な施設を計画していた。しかし予算不足のため、現在の規模まで縮小され竣工したのは、昨年の関根要太郎展でも紹介した通りである。

　施主である記念館関係者、そして建設資金を建て替えた京王電気軌道(現京王電鉄)も、集客を見込める大衆受けする記念館デザインを、関根建築事務所に期待したのではないだろうか。ミステリアスな神殿風でありながら、どことなくキャッチ―な感じもするその外観は、関根要太郎や蔵田周忠らしい出来栄えではないだろうか。

◆旧多摩聖蹟記念館

　◎設計：関根要太郎、蔵田周忠(関根建築事務所)

　◎施工：大倉土木株式会社

　◎起工：昭和4(1929)年10月12日

　◎竣工：昭和5(1930)年6月26日

　◎構造：鉄筋コンクリート造平屋

　◎所在地：東京都多摩市連光寺5-1-1(都立桜ヶ丘公園内)

　　❖多摩市指定有形文化財

　　❖東京都「特に景観上重要な歴史的建造物等」選定(平成14年)

★蔵田周忠在籍時の主な関根建築事務所作品

昨年(令和元年：2019年)秋に開催された関根要太郎展より。当時の担当職員の許可のもと撮影させていただいたもの。当初、多摩聖蹟記念館の関係者は壮大な計画を描いていた。

落葉が始まるこの季節になると、聖蹟桜ヶ丘の町からも旧多摩聖蹟記念館の姿が木々の間より確認できる。

旧多摩聖蹟記念館そばのゆうひの丘公園より。聖蹟記念館が竣工した当初は施設周辺の木はさほど茂っていなかったというので、このような眺めが記念館から望めたのだろう。
***********************************************************

★参考文献・資料

「分離派建築会100年展図録、建築は芸術か?」分離派百年研究会、令和2年

「日本建築家山脈」村松貞次郎氏著、鹿島書房、昭和40年

「旧多摩聖蹟記念館特別展・関根要太郎展」旧多摩聖蹟記念館編、令和元年

★撮影・・・・・2019年11月、2020年11月