函館海産商同業組合事務所(建築家・関根要太郎作品再見2020)

◆函館海産商同業組合事務所

　・・・・今年で開館100年、若き日の関根要太郎が設計したモダンな事務所建築

　約2年振りとなった、今年秋の函館旅行。その滞在期間中には大正半ばから昭和初期にかけて函館で活躍した、建築家・関根要太郎(1889～1959)の現存する設計作品を、ゆっくり時間をかけて再見してきた。そういう事で今回から来年の年明けにかけて、それらの作品を不定期ながら紹介していくつもりである。見飽きた建物の写真だらけになってしまうが、今回も気長にお付き合い頂けたら幸いである。

　そういう事でその第一回目は、函館末広町に建つ函館海産商同業組合事務所を取り上げたい。金森赤煉瓦倉庫群(明治42年築)や、旧函館郵便局(現はこだて明治館、明治44年築)が建つベイエリアや、西部地区の観光の拠点となる十字街電停より徒歩数分の場所にあるにも関わらず、その存在はあまり知られていない。電車(市電)通りから一本北側の道にあたる旧船場地区に、モダンな佇まいのこの洋館は建っている。

　函館海産商同業組合は函館地区の海産物取引の円滑化を図るために、大正4(1915)年3月に結成。大正期の海産景気に乗り、組合が発足して間もなくより新事務所の建設が議論されるようになる。そして大正8(1919)年には建設の運びとなった。この年の春に新事務所は起工し、その年の8月には上棟式をおこない、同年の12月に竣工。そして年が明けた大正9(1920)年1月23日には落成式を挙行し、正式に函館海産商同業組合事務所は開館した。つまり今年で開館100年を迎えた訳だ。

　大正時代の半ばから新事務所建設が議論されるようになった、函館海産商同業組合。一方の関根要太郎は大正3(1914)年の夏に、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)を選科生として卒業。それより間もなくして、不動貯金銀行の店舗営繕を手掛ける〔日本建築株式会社〕に入社する。

　また関根が就職した建築事務所は大正6(1917)年に、不動貯金銀行の組織改編により〔日本勧業株式会社建築部〕と名称を変更。そしてこの頃、関根の実弟である山中節治(1895～1952)がこの事務所に入社し、兄弟で共同設計を始めたのである。

　当時の日本国内は、第一次世界大戦の戦時特需に沸いていた時代で、不動貯金銀行もその好況に乗り、積極的に国内各地に支店を開設させていた。そのような事もあり20代後半の若さだった関根も、国内各地に新設される不動銀行の支店開設のため、北は北海道の札幌から南は九州の鹿児島まで、国内各地を慌ただしく巡る日々を送るのであった。

　なお関根・山中兄弟が設計した不動貯金銀行の店舗は、20世紀初頭にドイツやオーストリアなどで流行した、ユーゲントシュティールやセセッションの影響を受けたとてもモダンなもので、「建築世界」や「建築画報」といった大衆向けの建築誌に頻繁に紹介されることになった。

　そしてこの時期、関根が不動貯金銀行の支店建設のため訪れた町の一つが函館だった。関根・山中兄弟設計による不動銀行函館支店は、函館区鶴岡町(現函館市大手町)に大正7(1918)年11月に、鉄筋コンクリート造2階建で竣工している。当時の関根ならではのユーゲントシュティールな、モダンな作品となったのである。

　そして不動貯金銀行函館支店の建設中、新築に関する具体的な議論がされていたのが、函館海産商同業組合の新事務所建設だった。関根は鶴岡町に落成したモダンな外観の不動銀行支店を引き合いに、海産商組合関係者に自らの仕事を売り込んでいたかも知れない。

　

　なお不動貯金銀行函館支店の施工を手掛けたのは、関根と長年に渡り親交のあった請負師の木田保造(1885～1940)。木田は大正はじめに東本願寺函館別院(設計：九世伊藤平左衛門、大正4年築)の建設のために来函し、それ以降も函館で幾つかの建築施工を手掛けていた。これは個人的な推測だが、関根の函館における活躍の切っ掛けを作ったのは、木田保造の存在があったとも想像するのである。また函館海産商同業組合事務所の施工は、当時函館一の棟梁だった村木甚三郎(1848～1924)・村木喜三郎(1882～1928)親子が担当している。

　

　組合員の寄付をもとに始まった、海産商同業組合の新事務所建設。当時日本国内は第一次世界大戦後の反動不況の真っ只中であった。しかし函館の海産業は全盛を極めていたようで、予想を上回る寄付が集まり、当初の予定を上回る規模の会館が建設されることになった。

　そして完成した函館海産商同業組合事務所は、当時関根・山中兄弟が得意としていたユーゲントシュティール風の華やかな作品となり、同時期に竣工した不動貯金銀行長崎支店(大正8年築)、同福岡支店(大正8年築)、岡山津田銀行本店(大正9年築)と並ぶ初期の傑作となった。

　その後、北洋漁業で全盛を極めていた函館の町の一頁を彩った、函館海産商同業組合事務所。だが時代の経過とともに外壁が改修されるなど、往年の輝きは徐々に失われていった。そして平成5(1993)年に発生した、北海道南西沖地震では、建物が大きく損傷し、一時は解体が検討された。しかし間もなく市民を中心とした保存運動が展開される。そして地元で石油会社を経営する人物より、多額の修繕費用の寄付を受け、復元プロジェクトがスタートする。それから約1年の工期を経て、竣工時の姿をイメージした現在の姿へと蘇った訳である。

　

　それから25年、現在は主に交通標識会社の事務所として使用されている函館海産商同業組合事務所。近年建物の傷みが目立つようになったのが気になるが、この先も函館の町並みを彩って欲しい町の名建築であり、大正期を代表するモダン建築の一つである。函館を旅した際には少し寄り道して、華麗な姿を実際に見学して頂きたい、とても美しい建築作品である。

◆函館海産商同業組合事務所(現函館海産商同協同組合、キタワラ)

　◎設計：関根要太郎+山中節治(日本勧業株式会社建築部)

　◎施工：村木甚三郎+村木喜三郎

　◎起工：大正8(1919)年3月14日

　◎竣工：大正8(1919)年12月26日

　◎開館：大正9(1920)年1月23日

　◎構造：木造外壁モルタル塗り3階建て

　◎所在地：函館市末広町15-3

　　❖函館市景観形成指定建造物

函館山ロープウェイ・山麓駅より函館海産商同業組合事務所を見る。

★函館海産商同業組合事務所の設計図
起工間もなくの大正8(1919)年7月に雑誌「建築世界」に発表されたもの。竣工当時は建物左右の屋根破風に波打った装飾が施されて、玄関上にはバラストレードという手摺り型の装飾が施されていたことが分かる。なお下の図面は1階、2階・3階と続く。竣工時は1階の建物背面に平屋の附属棟が設けられていたが、平成5(1993)年の北海道南西沖地震後に取り壊されている。❖図版・・・・「建築世界」大正8年7月号(上の3点)

函館海産商同業組合事務所内には当時の図面も保管されていた。平成21(2009)年10月撮影。

★函館海産商同業組合事務所の完成予想図スケッチ

こちらのスケッチは先の設計図と同時に雑誌「建築世界」大正8年7月号に発表されたもの。絵のタッチから想像するに、関根要太郎本人が描いたものと想像される。絵のタッチが20世紀初頭にイギリスで活躍した建築家：チャールズ・レニー・マッキントッシュ(Charles Rennie Macintosh、1868～1928)に似ているのは、マッキントッシュを始めとしたユーゲントシュティールを得意としていた建築家の憧れなのだろうか。

❖図版・・・・「建築世界」大正8年7月号

★チャールズ・レニー・マッキントッシュ作「スコットランド通りの小学校」

1904(明治37)年にイギリス・スコットランドに建てられたしマッキントッシュ作品。どことなく函館海産商同業組合事務所に相通じるものを感じさせてくれる。

❖図版・・・・「Charles　Rennie　Macintosh」taschen

★竣工まもなくの函館海産商同業組合事務所を写した絵葉書

筆者の絵葉書コレクションから。左手に「函館要塞司令幹部許可」という記載がされている事から推測するに、函館要塞が津軽要塞に統合される昭和2(1927)年以前に発行されたものという事になる。破風飾りや細部装飾が分かる貴重な写真である。

❖図版・・・・「筆者所蔵絵葉書」

★絵葉書「海産商の中心船場町」

こちらも筆者の絵葉書コレクションより。流通枚数が多いこともあってか、このショットをご覧になったことがある方も多いかもしれない。先の函館要塞許可というクレジットと、大正10年4月にこの周辺で起きた大火後に建てられた、北海道拓殖銀行の函館支店、尾形商店の姿が確認できることを踏まえると、大正10年代に撮影されたものである。現在は函館海産商同業組合事務所両脇の建物は高層マンションとなり、時代の変遷を感じさせる。

❖図版・・・・「筆者所蔵絵葉書」

組合事務所の建設資金寄付者は、函館海産商のリーダー的存在だった小熊幸一郎のほか、佐々木平次郎、日下部久太郎(日下部合会社)、日本郵船、金森商船、日魯漁業、石塚弥太郎(石塚商店)、尾形商店など。
★函館海産商同業組合創立二十周年を伝える新聞記事
函館新聞・昭和11(1936)年8月に掲載された函館海産商同業組合20周年を伝える新聞記事。当時の函館海産業の盛況ぶりが伺える記事である。
❖図版・・・・「函館新聞」昭和11年8月25日

函館山ロープウェイのゴンドラから。

室内の写真の大半は以前に撮影したもの。

建物右手に写る現在コインパーキングになっている場所には、平成23(2011)年まで関根要太郎+山中節治の設計作品：石塚商店(イチヤマ商店、大正11年築)という美しい事務所建築が建っていた。

金森赤煉瓦倉庫の裏手より。

再びロープウェイのゴンドラより。山頂近くになっても、大正ロマンなデザインの函館海産商同業組合事務所はよく目立つ。

緑の島からもバブル期に建設された高層マンションの間に挟まれて、函館海産商同業組合事務所の屋根と塔屋(ランタン)の姿が確認できる。

二十間坂より。左手に写るビルは北斗ビル(旧目貫商店、大正10年築)。設計者の中村鎮(1890～1933)は、大正10年大火後に自身が開発した鉄筋コンクリートブロック工法を用い、函館で不燃建築を普及させた建築家である。

函館山の山頂からも函館海産商同業組合事務所の姿はよく分かる。

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★参考文献・資料

「風雪の碑、函館海産商同組合概史」田村謙吉著、昭和50年

★撮影・・・・・2005年2月、2009年10月、2014年7月、2016年10月、2018年9月、2020年10月