天使の聖母トラピスチヌ修道院(函館の建築再見2020)

◆厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院

　・・・・明治後期竣工、上湯川の高台に建つ赤煉瓦の美しい修道院

　前日の夜半から早朝にかけて冷たい雨が降ったものの、よく晴れた函館旅行の2日目。毎度の如くホテルから貰った朝食券で、若松町の函館朝市で遅めの朝食を済ましてから向かったのは、市東部の上湯川に建つトラピスチヌ修道院だった。

　

　実は2日目以降、これと言った予定を立てていなかった筆者。しかし前日に函館市電と函館バスの2日乗車券を購入したことや、前日の昼に厳律シトー会の男子修道院である、上磯(北斗市)のトラピスト修道院を訪ねたこともあり、同会の女子部であるトラピスチヌ修道院を今回も訪ねようと思った訳である。今回も2年前のトラピスチヌ訪問と同様に、函館駅前から運行している五稜郭・トラピスチヌ方面の臨時シャトルバスを利用し、上湯川へと向かった。

　

　Go To Travelキャンペーンの効果もあってか、首都圏近辺からと思わしき観光客で、ほぼ満員になったシャトルバスの車内。しかしラッシュアワーでの通勤通学を日頃経験している人たちが多いこともあってか、乗降や支払いなど驚くほどスムーズにおこなわれていく。

　実はこの日の夜、定期点検のため運休していた函館山ロープウェイに代わり、路線バスで函館山に上ることになった。ここでもバスの利用者が長蛇の列を成していたのにも関わらず、何の支障もなく乗降がおこなわれていたのは、ある種の驚きであった。

　そういう事で函館山からのシャトルバスは、トラピスト修道院正門前のバス停に到着した。これまで何度となくトラピスチヌを訪れている筆者だが、晩秋のトラピスチヌ訪問というのは初めての経験である。修道院内の木々も、所どころ赤や黄色に美しく色づいている。正門から入ってすぐの場所に建つ、戦後フランスから寄贈されたという聖ミカエル像に迎えられ、トラピスチヌ詣はスタートした。

　トラピスト修道院の始まりは、今から約120年前の明治31(1898)年4月のこと。極東地域への布教を積極的におこなっていた、フランスの厳律シトー会(改革シトー修道会)が、2年前のトラピスト修道院の会館に続き、女子修道院の開設を決定させた。

　そして厳律シトー会は、フランスのウプシー修道院から8名の修道女を派遣させ、天使の聖母トラピスチヌ修道院の歴史はスタートした。なお修道院の建物と敷地は、この数年前にパリ外国人宣教会のアンドレ・ベルリオーズ司教が建てた、上湯川の孤児院として使われていた施設を転用する事になったのである。

　更に修道院開設の翌年にあたる明治32(1899)年には、2人の日本人志願者が入信。制約させた生活のなか、徐々に修道院の生活は軌道に乗り始める。しかし明治36(1903)年に起きた大嵐により、木造の修道院舎は大破するという最初の悲劇が起きた。

　そこでトラピスチヌ修道院は、煉瓦造の院舎や聖堂を建設。明治38(1905)年から大正2(1913)年にかけて、それらの施設は竣工している。しかし大正14(1925)年10月に起きた火災により、施設の大部分が焼失するという悲劇に苛まれるのであった。

　間もなく修道院は、ローマ教皇：ビオ11世(1857~1939)からの義援金や、各修道院からの寄付金をもとに修道院舎の再建工事を開始する。そしてこの工事の設計監督は、当時札幌に建築事務所を置き日本国内で活躍していた、スイス人建築家：マックス・ヒンデル(Max Hinder、1887~1963)が担当する事になったのである。

　修道院再建に際しては、焼け残った院舎の煉瓦壁を活かし、鉄筋コンクリート造の建物を新たに作るという方式が採用されている。新たに建てられた事務所棟を含むそれらの施設は、昭和2(1927)年から昭和5(1930)年にかけて竣工した。

　修道院舎はロマネスク調をベースに、塔屋やペディメントの一部にゴシックの影響を感じさせる折衷的なデザインとなっている。とても禁欲的な外観でありながら、女子修道院ならではの優しさを感じさせる母性的な造形も印象的だ。

　正門からの見学エリアが短いために、トラピスチヌ修道院は小さな場所だと錯覚してしまう。しかし同修道院は院舎の背後に広大な農地を所有しており、シスターたちが日々の労働にいそしんでいる訳である。

　また国内が軍事色強くなった昭和11(1936)年の秋、当ブログの主人公である建築家の関根要太郎(1889~1959)が、再建工事が竣工して間もないトラピスチヌ修道院を訪問し、次のような感想を述べている。「女子部の緑の聖園にある天使の白像は、赤い建物とコバルトの空との対照が如何にも美しく静寂で、年若い人達の心あやしい迄で、憧憬を覚えしむのも無理からぬ様に思われた」。国内からの観光客を中心に、少し賑やかだったこの日のトラピスチヌ修道院。そして当時からあった、ジャンヌダルグや聖テレジアの聖像を見ながら、関根要太郎が訪れた今から80年前のトラピスチヌに思いを馳せた筆者であった。

◆厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院

　◎設計：不詳(外国人技師もしくは外国人牧師の可能性あり)

　◎施工：不詳

　◎竣工：明治38(1905)年～大正2(1913)年

　◎焼失：大正14(1925)年10月

　◎再建設計：マックス・ヒンデル(Max Hinder)

　◎再建施工：川原石太郎

　◎再建竣工：昭和2(1927)年～昭和5(1930)年

　◎構造：鉄筋コンクリート造および煉瓦造2階建て、一部地下1階

　◎所在地：函館市上湯川町346

★聖ミカエル像

正門入ってすぐの場所に安置される聖ミカエル像。太平洋戦争時にトラピスチヌが無事だったことを記念し、昭和28(1953)年にフランスから贈られたもの。

慈しみの聖マリア像と修道院舎を望む。

この事務棟などは昭和初期の再建工事の時に建てらたと推測される。

★ルルドの洞窟の聖マリア像

カトリックの施設ではお馴染みのルルドの洞窟。1858年に南フランス・ルルドのマッサビエルで暮らす、14歳の少女：ベルナデッタ・スビル―の前に聖母マリアが出現。マリアのお告げにより掘り当てた泉から湧いた水が、様々な病を治したという言い伝えに基づいたもの。洞窟内にいるのが聖母マリア、そしてマリアに祈るのがベルナデッタ。

★聖テレジア像
フランス・カルメン会の修道女で若くして帰天した、幼きイエズスの聖テレジア(1873～1897)聖人像。昭和11年にフランスより寄贈されたもの。関根要太郎もこの像を見たと想像される。

★ジャンヌ・ダルクの像

15世紀の百年戦争でフランス軍と共に戦うが、不正な宗教裁判により処刑されてしまう。その後、ジャンヌダルクの無罪が証明され、カトリックの聖女となった。

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★参考文献・資料

「はこだて歴史散歩」北海道新聞社編、北海道新聞社、昭和57年

「総覧　日本の建築1、北海道・東北」日本建築学会編、新建築社、昭和62年

「日本の美術、№447・外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、至文堂、平成15年

「光のもとで、函館トラピスチヌ修道院」北海道新聞社函館支社報道部編、北海道新聞社、平成30年

★撮影・・・・・2020年10月