東京・旧国立駅舎(大正モダン建築探訪)

◆旧国立駅舎

　・・・・14年の時を経て復原された、大正15年竣工の美しい三角屋根の駅舎
　

　今年の夏、久しぶりに東京の国立(くにたち)を訪ねた。国立と言えば、東京駅からJR中央線の快速電車で約50分の場所にある緑豊かな学園都市で、大正末より町の開発が始まった、90年ちかい歴史を持つ文教都市である。周辺では一橋大学をはじめ、国立音大(くにたちおんだい)の付属小中学校と高校、桐朋学園の付属高校と中学などがキャンパスを置いている。

　この他に国立は、駅前から南北約800メートルを貫く、桜並木が美しい幅員43メートルの大学通りや、その周辺に建つ閑静な住宅街で知られる。また今から30数年前、新婚間もない三浦友和・山口百恵夫妻がこの町に移り住んだことで、その名が全国的にも知られるようになったと思う。
　そして国立のシンボルと言えば、大正15(1926)年に建てられたピンク色の駅舎であろう。この駅舎、中央線の高架化事業により平成18(2006)年に一旦は解体されたが、今年(令和2年：2020年)の春に国立市により復原されたものである。

　先に紹介したように国立は大正末より開発が始まる。国立の町の基礎を作ったのは、滋賀県出身の青年実業家で、西武グループの生みの親である堤康次郎(1889～1964)である。堤は大正初めより軽井沢、箱根、東京目白、東京小平学園などの土地開発と分譲をおこない、大正9(1920)年に箱根土地株式会社(のちの国土計画株式会社～コクド)を創業。積極的というか、かなり強引な経営をおこない、関東大震災後、戦前・戦後の国内情勢をしぶとく生き抜いていく。

　更に大正13(1924)年から、中央線の国分寺駅と立川駅の中間にあたる旧谷保村の土地を買収。関東大震災で校舎の大部分が被災した、東京商科大学(現一橋大学)のキャンパス用地を準備するとともに、一般向けの宅地分譲にも乗り出した。
　そして箱根土地は、国立駅前から南北800メートルの大通りと、その左右にやや非対称な放射状の道路を設置。当時の日本国内には例がない、ヨーロッパ的な街路区画を完成させたのである。ちなみに国立という地名、国分寺と立川の一文字ずつを取って、名付けられたものだという。

　そして堤康次郎率いる箱根土地が国立開発のシンボルとして建てたのが、今年復原された赤い三角屋根の洋風駅舎だった。箱根土地は国立駅開業にあたり、鉄道省に新駅設置の請願書を提出。箱根土地は駅舎の建設、盛土による線路の改良をおこなうことを条件に新駅設置の権利獲得に成功。大正15(1926)年4月に晴れて国立駅は開業した。更に昭和4(1929)年には中央線国分寺～立川間が電化・複線化し、東京方面から省電車両の乗り入れが可能になったのである。

　赤い三角屋根が美しい国立駅の設計を手掛けたのは、断定的な資料は無いものの、箱根土地専属の建築家・河野傳(こうのつとう、1896～1963)と推測されている。宮崎出身の河野は京都工芸学校図案科(現京都工芸繊維大学)で、本野精吾(1882～1940)の下で建築を学び卒業後に上京。東京では世界的建築家：フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867～1959)設計による東京帝国ホテルの建設スタッフに参加。その後は箱根土地に就職し、同社関連の施設を数多く手掛けていく。

　河野が設計を手掛けた国立駅舎は、ユーゲントシュティール(セセッション)、アールデコ、ドイツ表現主義を掛合せたような大正末ならではの明るい作りになっている。また玄関庇の柱は古レールの再利用など、鉄道施設らしいパーツも幾つか見受けられる。
　そしてこの駅舎最大の見所は、左右非対称の三角屋根。実はこれ、国立駅から延びる放射状の道路を模ったものだとも言われているのだ。地図を見てみるとこの形、確かに似ている。

　このように国立の町の顔として長年親しまれてきた、赤い三角屋根の国立駅舎。2000年代に入ってから本格的に始まった、中央線・三鷹駅～立川駅の高架線化事業では、持ち主であるJR東日本と東京都はこの駅舎が工事の妨げになるとし、解体の方針を発表する。その後、国立市はJR東日本に保存を請願したがそれを拒否。そのような経緯もあり、市は解体した駅舎の部材を譲り受け、市が用意した倉庫で復原を前提に保管することにしたのであった。

　そして国立駅周辺の高架化工事が完成して間もなくの平成28(2016)年、国立は旧駅舎が建っていた土地をJR東日本から取得。そして約2年の工期を経て、令和2(2020)年に復原工事は完了。4月には町のコミニュテイースペース〔旧国立駅舎〕としてオープンし、約14年振りに国立のシンボルである、赤い三角屋根の駅舎は甦ったのだ。
　久々に国立の町を歩いたが、ピンク色の駅舎が建つこの町はとても輝いて見えた。国立市関係者の十数年に渡る涙ぐましい努力は、本当に称賛すべき行動である。

　ちなみに「国立駅前の土地を売ってあげた」JR東日本、近年復原された旧国立駅舎の両脇に、高層の商業ビルの建設を計画しているとのこと。景観的に考えてもこれは信じ難いプランではないかと筆者は考える。目先の利益だけを重視するJR東日本らしい行為、今回もハッピーエンドでは終わらせてくれないようである。その首謀者の顔が見えない分、山師のような昔の不動産業者よりタチが悪いような気がしてならない・・・・。

◆旧国立駅舎
　◎設計：河野傳(箱根土地株式会社)
　◎施工：清水組
　◎竣工：大正15(1926)年4月
　◎解体：平成18(2006)年
　◎復原：令和2(2020)年4月
　◎構造：木造モルタル塗り平屋
　◎所在地：東京都国立市北1-14-22
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国立の大学通り。駅から南側(JR南武線谷保駅方面)を撮影。

★平成18(2006)年撮影の国立駅
解体直前の初夏に撮影したもの。後方の打ちっ放しゴルフ場が閉鎖後、跡地にマンションが建ったころで、この頃から駅舎解体を含め町の景観問題が盛んに議論されるようになった。また今回の駅舎復原に関しては用地の関係上、右側の屋根部分は再現されなかった。

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★参考文献・資料

「都市の記憶Ⅱ、日本の駅舎とクラシックホテル」鈴木博之氏著、白揚社、平成17年

『東京人　令和元年九月号、特集：私鉄が作った町」都市出版、令和元年

「旧国立駅舎再築完成記念、赤い三角屋根誕生」くにたち郷土資料館、令和2年

「国立市ホームページ」

「ウィキペディア、国立駅」

★撮影・・・・・2006年、2020年8月