横浜市中区山手町の山手234番館(昭和モダン邸宅探訪)

◆山手234番館
　・・・・昭和2年築、山手の地に建つ四世帯向けのモダンアパートメントハウス


　港の見える丘公園をはじめ、かつてこの地が外国人居留地だったことを物語る、山手カトリック教会や山手聖公会のキリスト教の聖堂、戦前に建てられた外国人が暮らしていた西洋館や外国人墓地で知られる、横浜の山手エリア。昨今のコロナウイルス蔓延問題もあり、ここ半年ほど訪れていないが、個人的には大好きな地域の一つである。

　今でこそ人気スポットとなっている、横浜山手の西洋館エリア。しかし今から20数年くらい前までは一般公開されている物件も少なく、長崎の南山手や東山手、神戸北野の異人館エリアと比較すると、築年数も浅かったことから認知度が低かったような気がする。
　古建築に詳しいその筋の人たちには受けるが、一般の人たちにはアピール度は低い。そして名物件は高い塀に囲まれ、その全容は把握できない謎のエリア・横浜山手であった。

　そのような横浜山手であったが、平成9(1997)年に横浜外交官の家(旧内田定槌邸、明治43年築)が、東京渋谷の南平台から山手のイタリア山公園へ移築され、国の重要文化財に指定され一般公開が開始。それと前後して、横浜市は地域に残る西洋館数軒を取得し、改修をおこなった上で一般公開を始めたのである。
　この頃公開が始まったのが、今回紹介する山手234番館。冒頭の写真でご覧いただいた西洋館がそれである。234番館を管理・運営する〔横浜市緑の協会〕のホームページによると、平成11(1999)年から一般公開が始まったとのことだ。

　ソフトな印象を受ける寄棟型の屋根に、１階の道路側に十数本のオーダーを置き、2階には開放的なベランダを置いた山手234番館。昭和2(1927)に、外国人向けのアパートメントハウスとして建てられたものである。
　皆さんもご存じのように山手の地は、横浜開港から8年後にあたる慶応3(1867)年から外国人居留地として分譲を開始。大正半ばには約7500人の外国人が暮らすコミニュテイーへと発展を遂げていたが、大正12(1923)年9月の関東大震災で壊滅的な打撃を受け、震災翌年には2000人程度までに外国人の人口は激減したという。

　そこで横浜市や民間の業者は、震災を機に神戸や上海へ移住した外国人を横浜に呼び戻すため、外国人向け住宅建設を実施する。横浜市では29棟の外国人向け住宅が、横浜市建築課の設計により建設されたという。そして民間でも何軒かの外国人向け住宅が建設されたという。その一軒が山手234番館だった訳である。関東大震災発生前は、日本最大の国際貿易港として発展を遂げていた横浜。地元関係者は、何が何でもこの町の発展を震災で終わらせたくなかったのだろう。

　外国人向けアパートとして建設された234番館、設計は朝香吉蔵(1889～?)という建築家が担当したという。朝香吉蔵は明治22年に山形県で生まれ、浅野造船所や横浜船渠を経て大正12年に横浜で自身の建築事務所を開設している。
　そして施工を担当したのは、宮内初太郎率いる宮内建築事務所である。宮内は大正3(1914)年に東京高等工業学校を卒業。ちなみに建築家・関根要太郎(1889～1959)は、この年同校を選科生として卒業しているので、宮内は関根の同級生となる訳だ。その後横浜・東京を中心に、建築設計と施工に多く携わっている。

　ちなみに234番館の右隣に建つ、喫茶・えの木てい(山手89-6番館)も234番館と共通したデザインから、朝香が設計を手掛けたと推測されている。更に昭和30年代半ばに撮影された古写真を見ると、もう一軒えの木ていに似たデザインの西洋館が、その頃までは建っていたようである。これらの事を踏まえると、234番館をはじめこの周辺のエリアの建造物は、一つのプロジェクトとして建てられたと考えて良いだろう。

　山手234番館、外国人向けのアパートメントハウスと紹介したが、玄関に4世帯分の入り口が設けられており、そこから各世帯の部屋に入っていくという室内構成だったという。改修前の各世帯は、現在で言うところの3LDK程度の間取りで、採光や換気のための小さな中庭も設けられている。道路側の間口に対し奥行きがとても深いのも、この西洋館の特徴であろう。

　このアパートメントハウスで悔やまれる点は、時の経過とともに建物の各所が劣化したそうで、竣工当時の部材が殆ど再生活用できなかった事だろう。しかし再生可能な部材を活かしつつ、この建物の雰囲気を崩さないリノベーションが図られたのは、大いに評価すべき点だろう。
　近年、西洋館前に植えられたケヤキの葉が生い茂り、夏場になると撮影に苦労するこの作品。しかし横浜山手で忘れてはいけない名建築の一つである事は間違いない。是非一度訪れて欲しい美しい邸宅である。

◆山手234番館
　◎設計：朝香吉蔵
　◎施工：宮内初太郎(宮内建築事務所)
　◎竣工：昭和2(1927)年
　◎構造：木造モルタル塗り2階建て
　◎所在地：横浜市中区山手町234‐1
　　❖横浜市認定歴史的建造物

建物内にある小さな中庭は、採光と換気のため作られたそうである。

*********************************************************★参考文献・資料「都市の記憶、横浜の近代建築・Ⅱ」横浜市歴史的資産調査会、平成8年「開港150周年記念、横浜建築家列伝」横浜都市発展記念館、平成21年「山手234番館ホームページ」公益財団法人・横浜緑の協会「ウィキペディア、山手234番館」★撮影・・・・2009年4月、2015年5月、2016年3月、2017年5月・7月、2020年3月