函館市元町の旧北海道函館支庁庁舎(函館の建築再見)

◆旧北海道函館支庁庁舎
　・・・・明治42年竣工、元町公園に建つ正統派洋風建築


　函館の観光名所の一つとして名高い、西部地区の基坂。江戸時代に松前藩が管轄していた頃は亀田番所、幕府の直轄となってからは箱館奉行所が置かれ、明治以降も開拓使、函館県、北海道庁の庁舎が置かれていたことから、古くは〔お役所坂〕〔御殿坂〕とも呼ばれていたという。現在は坂上の旧函館区公会堂(設計：小西朝次郎、施工：村木甚三郎、明治43年築)をはじめ、数々の美しい歴史的建造物が建つ事で知られるエリアである。

　その基坂で地元住民、観光客の憩いの場所となっているのが、旧公会堂下にある元町公園だ。ここには先ほど紹介した箱館奉行所をはじめ、開拓使、北海道庁などのお役所が置かれ、昭和25(1950)年に北海道渡島支庁が市の東部に移転するまで、行政の中心となっていた場所である。
　元町公園はその跡地を再活用する形で昭和57(1982)年に開園。質素ながら解放感のある眺めの良い公園で、赤煉瓦の旧開拓使函館支庁書庫(明治13年築)など、この公園がお役所だった時代の遺構が幾つか残されている。

　そしてこの公園にあるもう一つの遺構が、冒頭の写真でご覧いただいたモスグリーンのペンキが塗られた、木造の洋風建築。かつて北海道の旧函館支庁舎として使われていた建物である。明治40(1907)年8月に起きたこれまで使っていた庁舎が焼失したため、明治42(1909)年に新たに建てられたものだ。また大正11(1922)年に函館区が市制になったのを機に、北海道の渡島支庁へと名称を変更。昭和25年まで渡島支庁の庁舎として使われた。

　その後、この庁舎は長らく空き家の状態が続き、建物は朽ち果てた状態になってしまったという。そして昭和50年代初頭には、札幌郊外厚別の北海道開拓の村への移築が検討されたそうである。しかし函館に在住される主婦・Tさん(故人)の新聞社への投稿を切っ掛けに、現地保存の機運が高まる。
　そして当時造成が計画されていた元町公園の施設として、旧支庁舎は大規模改修がおこなわれることになり、建物の位置を若干南東に移築。以降観光案内所として使用されている。

　明治40年大火の復興建築として建てられた、旧北海道函館支庁庁舎。設計は北海道庁の家田於菟之助という技師が手掛けたという。玄関ポーチに4本のコリント式のジャイアントオーダーを置き、その上には装飾の美しいペディメント、窓回りにはキーストン風の簡略化された装飾が施されるなど、正統的な古典主義のマナーに則った外観デザインになっている。建物は地味ではあるが、カラフルで和洋様々な建築スタイルが混在する旧函館区公会堂と比較すると、官庁らしい堅実さが感じられる。

　これは以前にも紹介させていただいたが、明治12(1879)年の函館大火後に開拓使は、不燃素材である煉瓦建築を推奨する。そして函館市内各地には煉瓦建築が多く出現したが、明治40年の大火で煉瓦建築の大半が木骨構造だったことや、防火扉の対策が万全でなかったこともあり、その多くが焼失したという。それが影響したのか明治40年の大火後、函館支庁舎は木造で建てられた。明治期、火災に対しての試行錯誤がおこなわれた時期の、興味深い史実の一つである。

　しかし函館の基坂、〔官〕と函館の商人を中心とした〔民〕の建造物の対比が興味深い。時計の針を大正半ばに戻してみると、ベランダを持った賑やかな装飾が印象的な大型洋館・函館区公会堂(明治43年築)の真下に、肩身が狭い感じで建つ北海道庁の函館支庁。函館一の豪商・相馬哲平の重厚な豪邸(明治41年築)に見下ろされるように建つ、イギリス領事館(大正2年築)。基坂の中腹に建つ白亜でモダンな区立函館病院外来診療棟(設計：関根要太郎、大正10年築)は、日本銀行の函館支店を見下ろすように建ち、その隣にはモスグリーンの相馬株式会社の社屋(大正5年築)が我が物顔で建つ。

　北海道の中核都市の一つである現在の函館。その昔は官の顔色を伺うことなく、地元商人を中心に独自の経済活動と自治がおこなわれ、官より立派な建物が次々と建てられていた。そのような在りし日の函館を偲ぶことができるのが、ここ基坂なのである。そのような事を頭に入れて頂いて、旧函館支庁舎から旧函館区公会堂を見上げると、この町の歴史の奥深さを新たに感じ頂けるのではないだろうか。

　今回もこの美しい歴史的建造物を脇役的存在にしてしまったが、どうして公会堂の下にあるのかと悔やまれる素敵な建築作品だ。2階に長年入居していた写真歴史館も閉館し、1階の観光案内所も無人のパンフレットブースになってしまったが、この建物を愛し守り続けた人たちの熱意に感謝しつつ、次回の函館訪問時はゆっくり旧函館支庁舎を見学したいと思っている筆者である。

◆旧北海道函館支庁庁舎(現元町公園パンフレットブース)
　◎設計：家田於菟之助(北海道技師)
　◎施工：鈴木仙蔵
　◎竣工：明治42(1909)年
　◎構造：木造2階建て
　◎所在地：函館市元町12-18(元町公園内)
　　❖北海道指定有形文化財
　　❖函館市指定伝統的建造物

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★参考文献・資料

「はこだての歴史散歩」北海道新聞社編、北海道新聞社、昭和57年

「総覧　日本の建築、北海道・東北」日本建築学会編、新建築社、昭和61年

「函館の建築探訪」函館建築研究会・函館の歴史的風土を守る会、北海道新聞社、平成9年

★撮影・・・・2016年3月、2018年9月