横浜市中区山下町のインペリアルビル(昭和モダン建築再訪)

◆インペリアルビル
　・・・・昭和5年竣工、山下町に現存するかつての外国人向けアパートメント


　横浜市中区の山下町。山下公園、銀杏並木で有名な公園通り、中華街で知られるこの町は、開港当時は外国人居留地だった土地である。これに関しては諸説あるが山手に対し、その坂下の場所という事で、山下という地名が名付けられたという。また本町通りから公園通りまでは、地名の由来になった横に長い浜があった土地、少し傾斜を下った中華街方面は、内海を埋め立てた土地だという。

　また横浜の山下町は今から20数年程前はその歴史を物語るように、古びた外国人向けのアパートメントビルやオフィスビル、インド人倶楽部やかつての外国商館と思われる歴史的建造物が何軒か建っていた。しかし時は流れ、それらの殆どは姿を消し、今は高層マンションやホテル、商業施設やオフィスビルなど、現代的な建造物が圧倒的に多い地域となっている。

　変貌著しい山下町にあって、外国人居留地時代からの歴史を持つ水町通りには、一棟のレトロモダンな美しい歴史的建造物が現存している。それが神奈川県民ホールの裏手に建つインペリアルビル。昭和5(1930)年に長期滞在の外国人宿泊施設、〔インペリアルアパート〕として建てられたものである。戦後は約10年に渡る進駐軍の接収を経て、その後はテナントビルとして使用されている。現在はレトロモダンなその風貌から、入居困難な人気物件になっているという。

　このインペリアルビルの施主は、地元実業家の上田要蔵。上田はインペリアルビル建設前にホテルニューグランド裏手に、自身が運営するビルを竣工させていたが、ニューヨークタイムズ横浜支局に勤務する人物に、横浜にも外国人向けのアパートメントハウスが必要だと諭され、建設を決意したそうである。
　ちなみに当初施主は、上田屋ビルディング二号館というビル名を付けたとのこと。更に昭和6(1931)年に日本建築学会より発行された〔東京横浜復興建築図集〕には、横浜外人アパートメントという記述がされている。

　なお今から20年ほど前までは山下町本町通りに、ヘルムハウス(設計：J・J・スワガー、昭和13年築)という、鉄筋コンクリート造5階建ての大規模な外国人向けアパートが現存していた。しかしそちらは既に解体されたため、水町通りのインペリアルビルは、横浜でただ一つの戦前に建てられたアパートメントビルとなってしまった。現在跡地には横浜芸術劇場が建てられたが、この界隈は以前に何があったか分からないほど、街並みが変貌してしまった。

　さて昭和5年にオープンしたインペリアルアパートメント、1階には食堂、バー、キッチン、売店、ボーイ室などが置かれ、2階から4階までは居室として使われていたという。また居室はバス・トイレ付の居間と寝室の2部屋の構成になっていたという。そして冒頭の写真でご覧いただいたように、2階から4階は連続窓のカーテンウォールになっているが、ここは共有スペースとして使われていたようである。
　ちなみに屋上のペントハウスは戦後の増築。現在外壁は白一色だが、竣工時は暖色系の塗装が道路側に塗られていたようである。

　そしてインペリアルアパートメントを設計したのは、当時横浜を拠点に活動していた建築家の川崎鉄三(?～1932ころ)。川崎はこれまで何度か紹介してきたように、明治45(1912)年に東京高等工業学校の建築科を選科生として卒業後(現在の東京工業大学、ちなみに建築家・関根要太郎は大正3年に同校建築科を選科生として卒業)、台湾や香港、厦門、広東などの中国本土の幾つかの都市、福井県庁、東京での勤務を経て、大正末に横浜で自身の建築事務所を開設。以降、昭和7(1932)年ころに亡くなるまで、横浜で幾つかの建築作品を制作している。

　現存する作品は、大桟橋入口のジャパン・エクスプレス・ビル(昭和5年築)、海岸通りのカストム・ブローカー・ビル(昭和7年ころ築)と、インペリアルビルの3軒だけだが、どれもモダンな作風が印象的だ。そしてこの当時のモダニズム建築によくありがちな薄っぺらな感じはなく、芯のある骨太な作風も川崎鉄三作品の特徴である。インペリアルビルも屋上の増築が少し気になるが、なかなかの出来栄えである。

　令和の現在、周辺の建物に隠れるようにして建っているインペリアルビル。しかしその存在感はなかなかのものである。横浜ゆかりの建築家が遺した珠玉の作品。山下公園から驚くほどに近い距離にあるので、是非その姿を実際にご覧いただきたい美しい建築作品である。

◆インペリアルビル(旧インペリアルアパートメント)
　◎設計：川崎鉄三
　◎施工：白井工務店
　◎竣工：昭和5(1930)年8月
　◎構造：鉄筋コンクリート造4階建て
　◎所在地：横浜市中区山下町25

　　❖横浜市認定歴史的建造物

★竣工当時のインペリアルビル

昭和6(1931)年に発行された「東京横浜復興建築図集」より。この図集では〔横浜外人アパートメント〕という名称で紹介されている。図版3枚目の平面図によると各室は居間・寝室・バストイレがセットになって設けられていたことが分かる。

❖図版・・・・「東京横浜復興建築図集」日本建築学会、昭和6年

水町通りは、かつてあった横に長い浜の中央部に設けられた道。そのような事で地形に合わせてか、緩やかにカーブを描く道筋になっている。

下の写真は平成14(2002)年に神奈川県庁屋上から撮影した水町通り。

横浜における川崎鉄三作品はインペリアルビルの他に海岸通に2棟現存している。

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★参考文献・資料

「横浜を代表する近代建築、山下町のレトロモダンなインペリアルビルに突撃」はまれぽcom、平成27年

「日本の初期モダニズム建築家」吉田鋼市氏著、王国社、平成29年

★撮影・・・・2002年、2019年11月、2020年3月