不動貯金銀行福岡支店(建築家・関根要太郎作品研究)

◆不動貯金銀行福岡支店
　・・・・大正8年築、福岡天神にあった関根式ユーゲントシュティールの最高傑作


　大正3(1914)年秋に不動貯金銀行の店舗営繕を手掛ける、〔日本建築株式会社〕に入社以来、全国各地の同銀行の設計を数多く手掛けてきた建築家の関根要太郎(1889～1959)。関根の手掛けた不動貯金銀行の各店舗は、19世紀末から20世紀初頭にヨーロッパで流行した、ユーゲントシュティール、セセッションのエッセンスを取り入れたモダンなもので、〔建築世界〕〔建築画報〕といった大衆向けの建築誌に度々紹介されることになった。

　そして〔建築世界〕大正10(1921)年5月号、〔建築画報〕大正10年7月号に発表されたのが、不動貯金銀行の福岡支店であった。場所は今で言うところの中央区天神、市内の中央を流れる那珂川に架かる、西中島橋(昭和通り)を渡ってすぐの場所にあった。現在跡地には西鉄イン福岡というシティーホテルが建っている。

　不動貯金銀行福岡支店、その開業は大正7(1918)年1月1日のこと。この福岡支店も前回紹介した函館支店と同様、当初は仮設の店舗で営業をおこなっていたと考えられる。そして開業より暫らくして、当時日本建築株式会社から改称していた、不動貯金銀行の営繕組織〔日本勧業株式会社建築部〕に在籍していた、関根要太郎と実弟の山中節治(1895～1952)の設計により建てられたのが、この店舗だったのである。

　ちなみに明治33(1900)年に創業した不動貯金銀行は、大正期に入ってからは第一次世界大戦時の好景気に乗り、全国にその経営を展開。北は北海道の札幌と小樽から始まり、関東。北陸、東海、関西、山陽、四国、九州と全国各地に大正10(1921)年頃まで60以上の店舗を出店。その半数以上の店舗の設計を、関根が受け持つことになった。

　福岡の那珂川沿いに建てられた、不動貯金銀行の福岡支店。曲線を描いたファザードに、円形状のエントランスホール。屋根の飾り窓、独特な形をした屋根など、ユーゲントシュティールの影響が色濃く出た作品だ。
　しかも3階と2階の外壁には白の化粧タイルが貼られ、1階には石が貼られるなど、とても明るい雰囲気を醸し出している。ユーゲントシュティールの本場である、ドイツ、オーストリア、北欧、東欧に建っていても何の遜色がない、関根初期の傑作の一つである。

　不動貯金銀行の福岡支店、建築関連の雑誌に発表されたのが、大正10(1921)年という事もあり、函館に現存する関根・山中兄弟初期の傑作：函館海産商同業組合事務所(大正9年築)の続編という捉え方を筆者はしていた。しかし大正8(1919)年11月に博多商業会議所により刊行された、〔福岡市商工人名録〕 の口絵写真には、那珂川沿いに建つ不動銀行の福岡支店の姿が確認できるのである。
　更に商工録内の事業所案内には、不動銀行支店の広告が掲載されており、天神町角という記載で所在地が紹介されている。つまり大正8(1919)年には、この店舗が竣工していたことになる訳だ。

　何故これだけの傑作なのに、竣工から2年の月日を経って建築関連の雑誌に発表されたのだろうか。このころ関根・山中兄弟は、函館海産商同業組合事務所(大正9年築)、津田銀行本店(大正9年築)、区立函館病院外来診療棟(大正10年築)などのビックプロジェクトや、不動貯金銀行の金沢支店(大正8年築)、長崎支店(大正8年築)、札幌支店(大正9年築)をはじめとした不動貯金銀行各支店など、数々の建築設計を進行させていた。関根としては、それらの作品制作に没頭しているうちに、こちらの作品発表のタイミングを逸したのかも知れない。

　この時代、数々の華やかなモダンな建築作品を制作していた関根要太郎。なぜ福岡天神の地に、白亜のこのような美しい作品を建てたのだろうか。実は天神の那珂川沿いの周辺、明治建築界の大家・辰野金吾(1854～1919)設計による旧日本生命保険会社九州支店(現福岡市文学館、明治42年築)、福岡県物産陳列所(大正6年築)、大同生命保険相互会社福岡支所(明治45年築)など、煉瓦造(外壁に煉瓦を貼った)の巨大建築が多く建てられていた。
　設計当時20代後半だった関根は、それに対抗すべく硬質な煉瓦建築とは違うユーゲントシュティール風の自在な曲線を使い、自身の作品を制作したのではないかと想像する。特に辰野金吾設計による日本生命支店は隣り合って建っており、ただならぬ対抗心が芽生えたのではないかとも想像できる。

　いかにも大正モダンと言った佇まいの美しい銀行店舗を制作した、関根要太郎と山中節治兄弟。この素敵な銀行店舗は、昭和20(1945)年6月の福岡大空襲では焼失を免れたが、昭和30年代には地域の再開発に伴い解体されたようである(cherikaro様からのご教示による)。

　現存した期間は40年弱だったが、福岡天神の町並みを彩った美しき大正モダン建築ということは紛れもない事実である。ここからは残された当時の写真や設計図をご覧いただき、2人の青年建築が作った大正モダン建築を堪能していただきたいものである。

❖冒頭の図版・・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

◆不動貯金銀行福岡支店

　◎設計：関根要太郎、山中節治(日本勧業株式会社建築部)
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正8(1919)年ころ
　◎構造：木造モルタル塗り3階建て(推測)

　◎旧所在地：福岡市中央区天神1-16

❖図版・・・・「建築画報」大正10年7月号

★当時の絵葉書より

今回の記事制作にあたり筆者が新たにコレクションしたもの。上2枚は西中島橋、下1枚は西大橋から撮影したもの。最初の絵葉書では福岡県物産陳列所(大正6年築)、不動貯金銀行(設計：関根要太郎＋山中節治、大正8年築)、日本生命九州支社(設計：辰野片岡建築事務所、明治42年築)という構図で並んでいる。

最後の彩色絵葉書の左2番目に僅かに見えるの建物は、大同生命の福岡支社(明治45年築)で、物産陳列館を置いて不動貯金銀行の姿が確認できる。煉瓦建築が多く建つこの一帯にあって白タイルの不動銀行は、よく目立つ存在だったようだ。なおこの中で唯一現存する日本生命九州支社については、gipaypapaさんのブログ「レトロな建物を訪ねて」記事を参照して頂きたい。

★不動貯金銀行福岡支店の店内

こちらの絵葉書も今回の記事制作にあたり、筆者が新たにコレクションしたもの。ユーゲントシュティール風なモダンな外観から一転、内部は至ってシンプル。写真右側に見える金庫室の上には、古典建築の定番である雷紋が付いているなどユニークなデザインである。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

★雑誌「建築世界」より

国立国会図書館のマイクロフィッシュからのコピーで画質が悪いが、下1枚のモノクロ写真と３枚の図面は、大正10年に雑誌「建築世界」に発表されたもの。当時の関根要太郎・山中節治兄弟ならではの曲線美とボリューム感が強調された、ユーゲントシュティール的な作品だったことが良く分かる。

❖図版・・・・「建築世界」大正10年5月号より(上の5点)

★不動貯金銀行福岡支店の広告

大正8(1919)年11月に発行された「福岡商工人名録」より。福岡支店の所在地に天神町角と記載されていることを踏まえると、既に関根・山中兄弟設計の不動貯金銀行支店が竣工していた事を裏づける有力な資料となる。不動貯金銀行は大正半ばにして、北は北海道から南は九州・鹿児島まで全国広域に支店網を巡らせていた事が分かる。

❖図版・・・・「福岡市商工人名録」大正8年

★不動貯金銀行福岡支店があった場所

現在、西鉄イン福岡というシティーホテルの北側、西中島橋のたもとの緑地帯に不動貯金銀行福岡支店は建っていた。先に紹介した平面図と地図を比較すると、この土地に不動貯金銀行の支店が建っていた事が分かる。

◆関根要太郎・山中節治設計による不動貯金銀行福岡支店の類似作

◆函館海産商同業組合事務所(函館市末広町、大正9年築)

今回は福岡に建てられた関根作品を紹介したが、その同時期函館に建てられた関根式ユーゲントシュティール作品を2つほど。まずは末広町の函館海産商同業組合事務所であるが、曲線的なファザードのデザインや、建物背後の切妻屋根の扱いなど、福岡支店の兄弟作品と呼びたくなる建造物である。最後の図版は建設中の大正8(1919)年に、雑誌〔建築世界〕に発表した完成予想図のスケッチ。

❖図版・・・・「建築世界」大正8年7月号

◆旧亀井喜一郎邸(函館市元町、大正10年築)

函館の観光名所として名高い元町の教会群の下に建つ瀟洒な洋館。こちらもユーゲントシュティール調のデザインで纏められている。

小規模な住宅だが関根・山中兄弟の代表作とも言える作品だ。

★福岡県内に建設された不動貯金銀行の店舗

◆不動貯金銀行門司支店(設計：関根要太郎?、大正6年ころ築)

不動貯金銀行は全国各地に支店を置いていたが、その中でも福岡県は昭和15(1940)年段階で、東京府に次いで多い7店舗を開店させていた(ちなみに大阪府も7店舗)。そういう事でここからは、福岡支店以外の店舗を北から順に紹介していきたい。

まず最初は北九州市門司区の門司港桟橋通りに建っていた支店。シンプルな作りだが、この同時期に関根要太郎設計により竣工した初代の上野支店と、共通項が多く見受けられることから、関根が設計を手掛けたと考えられる。下の写真は門司港駅から程近い場所にある門司支店の跡地。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念帖」

関門海峡の対岸にあたる山口県下関市には、竣工時期は10数年下るが関根要太郎の設計作品・不動貯金銀行下関支店(昭和9年築)が現存する。

◆不動貯金銀行小倉支店(設計：鈴木憲太郎、大正7年ころ築)

こちらは北九州市小倉南区の室町2丁目勝山橋そばにあった支店。設計は日本勧業株式会社建築部の同僚で、東京帝国大学卒の工学士・鈴木憲太郎が担当。鈴木の設計作品は正統派のルネサンスをメインとしつつも、同僚だった関根要太郎の影響もあってかユーゲントシュティール的な作品も多く制作していた。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

◆不動貯金銀行直方支店(設計：関根要太郎、大正8年ころ築)

炭鉱の町・筑豊の直方市古町に建てられた支店。玄関上に簡略化されたドーム屋根を置き、茶褐色のタイルを窓回りに配置するなど、この当時が好んで制作していたデザイン。ちなみに関根・山中兄弟はこの時期、これに似た不動銀行支店を数多く制作していた。

❖図版・・・・「ニコニコ風景図鑑」

◆不動貯金銀行直方支店(設計：関根要太郎・蔵田周忠、昭和2年ころ築)

当時直方の石炭景気は全盛を極めていたようで、僅か数年で大規模店舗に建て替えられることになった。そして再建された店舗は銀行店舗の定番である古典主義を表現派で再構築したものとなった。函館市末広町に現存する旧百十三銀行本店(大正15年築)に共通するデザイン。百十三銀行については下のリンクの記事を参照して頂きたい。

◆不動貯金銀行久留米支店(設計：関根要太郎・山中節治、大正11年ころ築)

久留米の新町に建てられた不動貯金銀行の店舗。この頃から鉄筋コンクリートを採用したのか直線的なデザイン。細部装飾はユーゲントシュティールやセセッションを連想させる。大正から昭和への過渡期的な作品だ。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」、「建築世界」大正11年9月号

◆不動貯金銀行柳川支店(設計：関根要太郎、大正7年ころ築)

水郷の町・柳川に建てられた不動貯金銀行の支店。歴史様式をベースにセセッションを取り入れた、この時期らしい関根要太郎の作品だ。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

◆不動貯金銀行大牟田支店(設計：関根要太郎、大正7年ころ築)

福岡県の最南端・炭鉱で繁栄を極めた大牟田の有明町に建てられたもの。こちらもセセッションをベースにアンフィクスなど歴史様式を織り交ぜたもの。ちなみに大阪府の岸和田支店と外観が酷似している。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

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★参考文献・資料

「福岡市商工人名録　大正九年度版」博多商業会議所、大正8年

「ニコニコ風景図鑑」不動貯金銀行、昭和6年

★撮影・・・・2015年4月、2016年3月、2018年9月