岡山津田銀行本店(建築家・関根要太郎作品研究)

◆津田銀行本店
　・・・・大正9年築、岡山上之町にあった関根設計によるクラシカルな銀行店舗


　今から100年前の大正9(1920)年10月に岡山市の上之町、現在で言うところの北区天神町の桃太郎大通り沿いに、クラシカルな装いを纏いつつも、とても明るい雰囲気を醸し出した銀行店舗が竣工した。その銀行とは岡山に本店を置く津田銀行である。

　設計は埼玉県秩父出身で、大正半ばから昭和初期にかけてモダンな作風を武器に、日本国内で活躍した建築家・関根要太郎(1889～1959)と、その実弟である山中節治(1895～1952)が担当した。

　石造り風の外観に、正面に4本のイオニア式オーダー。2階と3階を仕切るコーニス(胴蛇腹)、オーダー上のバラストレードやその上に置かれた柱頭飾りなど、古典主義建築の要素がふんだんに詰めこまれた津田銀行である。
　当時、ユーゲントシュティールやセセッションなど、19世紀末から20世紀初頭に欧州で流行した最新デザインを、自身の作品に積極的に取り入れていた関根要太郎。しかし津田銀行は、これまでのモダンな要素が一切ない、関根にとってはとても異色な作品となった。

　とても堂々した銀行を建てた津田銀行。しかし銀行としての経営は非常に短命で、大正10(1921)年9月には、東京に本店を置く十五銀行に経営を譲渡。終戦直前には三井・第一が合併し設立された帝国銀行に吸収され、同社の支店として戦後しばらく使用されていたようだが、どの辺りまで現存していたかは分からない。本日はこの銀行店舗について考察をおこなっていきたい。

　明治末から建築家・三橋四郎(1867～1915)が経営する三橋建築事務所での勤務後、東京高等工業学校(現東京工業大学)の建築科に選科生として学んだ関根は、大正3(1914)年7月に同校での過程を修了。それより間もなく、不動貯金銀行の店舗営繕を手掛けける〔日本建築株式会社〕に入社する。入社当初は助手的なポジションで不動貯金銀行の店舗設計に携わっていた関根であったが、徐々に頭角を現すようになり、設計主任として北は北海道、南は鹿児島までの不動銀行支店の設計を手掛けるようになった。

　そして関根が支店建設のため訪れたのが、岡山市であった。不動貯金銀行岡山支店は大正5(1916)年4月の開店。先日にも紹介させていただいたが、東京で創業した不動貯金銀行は、大正期より国内各地に店舗を積極的に出店しており、その一つが岡山支店だった。場所は上之町、現在で言うところの北区天神町10の桃太郎大通り沿いにあったと想像される。なお戦後この土地には、不動貯金銀行の後身にあたる協和銀行の支店が置かれていた。

　関根の初期作の一つにあたる不動貯金銀行岡山支店は、雑誌〔建築世界〕大正6年7月号と8月号に発表された。岡山支店の開店は前年だが仮店舗での営業後、関根設計の新店舗に引っ越してきた想像される。
　その関根設計による岡山支店だがルネサンスのスタイルをベースに、4本のイオニア式オーダーを置き、マンサール型の屋根を持つ、とても華やかな作品となった。細部のデザインはクラシカルな装飾で纏められているが、ずんぐりむっくりしたボリューム満点の造形は、関根式ユーゲントシュティールと言ったところか。

★津田銀行本店建設へ

　そしてその頃、不動貯金銀行の支店建設のため岡山を訪れていた関根は、ある青年実業家と出会うことになる。それは津田銀行の経営者である、津田資郎(1883～1922)であった。
　津田は明治16(1883)年に、岡山の隣町・瀬戸内市(旧邑久町)尻内で生まれる。税務署長を務めていた父の仕事を関係で生後まもなく岡山に移住し、旧制岡山中学に入学。しかし父が病気で税務署を退職したのに伴い学校を中退し、大阪の貿易商へ奉公に出る。

　津田はそれ以降、幾つかの会社を転々とし商いをおこなう。またその間に中国での駐在勤務のほか、それと前後してアジア・ヨーロッパ・アメリカなどの視察をおこない、海外情勢を自分の目と肌で体感する。
　そして第一次大戦勃発直前の大正元(1912)年、神戸で東和汽船を設立。間もなく起きた世界大戦に乗じ、戦争によりヨーロッパ企業が撤退したアジア諸国へ進出する。ここまで培ってきた語学力や経営センスを生かし、アジア市場で大成功をおさめることになった。

　更にこの頃、津田が着手したのが銀行の経営だった。明治32(1899)年に山口で創業した周陽銀行を買収し、大正6(1917)年に岡山へ本店を移転。自身の名を冠した津田銀行と名称を変え、本格的に銀行業へ進出した。その頃に30代半ばの青年実業家・津田資郎と、20代後半の青年建築家・関根要太郎は出会ったと想像される。世間は大戦による特需で浮かれていた大正中期、潤沢にあっただろう建設資金で2人は、他に負けない立派な銀行店舗建設を夢見たのだろう。

　こうして大正7(1918)年7月より、津田銀行の建設は始まる。そして2年の工期を経て、大正9(1920)年10月に津田銀行本店は竣工した。なお関根がこの3年前に竣工させた不動貯金銀行岡山支店と、僅か数十メートル離れた場所に津田銀行は建てられた。冒頭の写真でもご覧いただいたように、これまでの関根にとっては異色の古典主義デザインである。モダンな作風を数多く制作していた、当時の関根にとっては、不本意な作品だったかも知れない。
　しかしながら関根設計による津田銀行本店は、日本建築界の重鎮・辰野金吾(1854～1919)が設立した、日本建築学会の機関誌〔建築雑誌〕で初めて紹介されるなど、意外なことに出世作となった訳である。
　
　不動貯金銀行の支店建設のため、日本の各都市を旅していた関根要太郎だったが、岡山に次いでとある都市の建築設計を手掛けることになった。それが当時北洋漁業で繁栄を極めていた函館である。関根と山中節治は不動貯金銀行の函館支店(大正7年11月竣工)を機に、函館海産商同業組合事務所(大正9年1月開館)、区立函館病院外来診療棟(大正11年5月開館)、百十三銀行本店(大正15年11月竣工) 、函館競馬場観覧席(昭和5年7月竣工)など、数多くの建築設計に携わった。
　またそれらは当時関根が得意としていた、モダンなデザインで制作されたのも興味深い事実である。その辺りは歴史ある城下町・岡山と、新興の港町・函館の気風の違いなのかも知れない。

　関根要太郎設計による立派な銀行店舗を建てた、津田銀行のオーナー・津田資郎。しかしその栄光の日々は長くは続かなかった。銀行建設中の大正7(1918)年には第一次世界大戦が終結し、軍事特需が終わりその反動不況により経営が急速に悪化。本店竣工から1年後の大正10(1921)年秋には、当時大銀行の一つだった十五銀行へ譲渡され、津田銀行の歴史はあっけなく終わってしまった。
　更に悪いことが重なり、同年の暮れには津田資郎は中耳炎を患い、翌大正11(1922)年1月には、40歳の若さで亡くなってしまう。間もなく津田は故郷の岡山邑久の墓地に葬られたという。

　ここまで今から一世紀前、当時20代だった青年建築家・関根要太郎が、岡山が手掛けた作品について考察をおこなってきた。もし津田銀行が消滅していなかったら、津田資郎が若くして亡くなっていなかったら、関根と津田そして岡山の関係は続いていたのだろうか想像してしまう。

　現存していない作品という事もあり、写真と図面はごく僅かだが、ここからは若き建築家がちょっと背伸びして手掛けた、銀行建築の様子をご覧いただきたい。

❖図版・・・・「建築画報」大正10年5月号、上の3点
◆津田銀行本店
　◎設計：関根要太郎、山中節治(関根建築事務所)
　◎施工：不詳
　◎現場係：湯本光治
　◎起工：大正7(1918)年 6月
　◎竣工：大正9(1920)年10月
　◎構造：鉄筋コンクリート造、一部煉瓦補強3階建て、地下1階
　◎旧所在地：岡山市上之町88番地（岡山市北区天神町1）

❖図版・・・・「建築世界」大正10年3月号

★関根要太郎サイン入り津田銀行竣工記念絵葉書

令和元（2019）年秋に旧多摩聖蹟記念館でおこなわれた関根要太郎展でも展示させていただいた、筆者が所蔵する関根の直筆サイン入り絵葉書。中央でステッキを持ってポーズを決めるのは、当時30歳の関根要太郎。なお先の2枚目、3枚目の図版に写るのも関根である。

津田銀行の設計を依頼されたときは、日本勧業会社建築部の在籍だったが、津田銀行が竣工する直前に同建築事務所が解散になったのに伴い、東京・銀座に関根建築事務所を開設。それにより竣工時のクレジットは関根建築事務所設計と記されるようになった。

❖図版・・・・「筆者所蔵絵葉書」

こちらも2枚目の図版と同ショット。細部装飾がシンプルだった当時の関根作品に比較すると、手数が多いのが特徴である。

❖図版・・・・「生い立ちから今日まで」関根要太郎著、昭和11年

★津田銀行本店設計図

外観は完全なる古典主義の装いなのだが、熟練したというより若さ(青さ)を感じさせるデザイン。

設計には関根要太郎、山中節治兄弟のほか製図員として浜岡(蔵田)周忠、吉田繁太郎、林繁造、児玉健輔、湯本光治、三宅健太郎らが参加。

❖図版・・・・「建築世界」大正10年3月号

★津田資郎(1883～1922)肖像

津田は学生時代から英語に堪能で、貿易会社に勤めるとその語学力を活かし、事業を拡大させていく。そして大正6(1917)年に新たに手掛けたのが銀行業だったが、第一次世界大戦後の大不況には勝てず、銀行を手放すことになった。

❖図版・・・・「広報せとうち　瀬戸内発見伝」岡山県瀬戸内市広報、平成29年12月

★津田銀行跡地付近の地図

空襲後の土地区画整理や道路の拡張などもあり、周辺環境はかなり変化しているが、津田銀行は下の地図の中央辺りに建っていたと想像される。

◆不動貯金銀行岡山支店

　◎設計：関根要太郎(日本勧業会社建築部)

　◎施工：不詳

　◎竣工：大正6(1917)年

　◎構造：木造モルタル塗り2階建て(推定)

　◎旧所在地：岡山市上之町角(岡山市北区天神町10)

★津田銀行本店と不動貯金銀行岡山支店

昭和11(1936)年に東京高等工業学校の同窓会で制作した関根の自伝〔生い立ちから今日まで〕の作品覧より。写真が小さく解析度が悪いが、津田銀行の奥にその3年前に竣工した不動貯金銀行支店が見ることが出来る。

❖図版・・・・「生い立ちから今日まで」関根要太郎著、昭和11年

★大正6年、雑誌「建築世界」に発表された不動貯金銀行岡山支店

この年の7月と8月、大衆向けの雑誌「建築世界」に発表された不動貯金銀行岡山支店の外観写真と設計図。図面の字体から推測するに関根要太郎本人が図面を引いたと推測される。

❖図版・・・・「建築世界」大正6年7月・8月号

★不動貯金銀行岡山支店跡地付近の地図

先の津田銀行と不動貯金銀行岡山支店が一緒に写る写真や、古地図を考えるとこのような配置で建っていたと考えられる。

**********************************************************

★参考文献・資料

「建築雑誌」大正10年4月号、財団法人日本建築学会

「最新詳密　岡山市街地図、昭和15年」細謹社、デジタル岡山大百科

「広報せとうち、瀬戸内発見伝：実業家・津田資郎」岡山市瀬戸内市、平成29年12月

「銀行変遷史データベース」