横浜旧生糸検査所、帝蚕倉庫事務所・倉庫(大正モダン建築再見)

◆旧横浜生糸検査所事務所・倉庫

　・・・・大正15年築、横浜ゆかりの建築家・遠藤於菟設計によるレトロモダン建築


　新港埠頭の赤煉瓦倉庫(明治44年、大正2年築)と桜木町駅を結ぶ、臨港貨物線を再生したプロムナード〔汽車道〕も完全に開通しておらず、横浜駅と元町・中華街駅を結ぶ鉄道路線〔みなとみらい線〕も開通していなかった、1990年代後半から2000年代前半のこと。横浜を訪れた筆者は、東急やJRの桜木町駅を起点として、町の探索をよく始めていたものである。

　そして本町通りを西へと進み、最初に遭遇する歴史的建造物が、みなとみらい線の地下鉄工事のため玄関部分を残して東側に曳家された、旧第一銀行横浜支店(設計：西村好時、昭和4年築)だった。現在はその残り部分が復元され、往時の輝きを取り戻したが、当時は相当痛々しい姿であった。
　そしてその後方には、柱に赤煉瓦が貼られた武骨なビルディングと、同様のデザインの倉庫が3軒連なって建っており、重厚かつリズミカルなその姿にすっかり魅せられた筆者であった。それが旧生糸検査所の事務所と倉庫である。

　この建物については旧生糸検査所というより、帝蚕倉庫という名称のほうが馴染み深いかも知れない。明治中期に横浜で開設した生糸検査所は、大正12(1923)年の関東大震災で、多くの施設が倒壊や延焼・損傷などの大打撃を受けたため、大正15(1926)年に北仲エリアに建てられたのがこの検査所であった。鉄筋コンクリート造４階建ての本館のほか、事務所棟、A号からD号の4棟の倉庫など、当時としては類を見ない大規模施設となったのである。

　その設計は長野県木曽福島出身の建築家・遠藤於菟(1866～1943)が担当している。遠藤は明治29(1896)年に生糸検査所本館建設に際し、現場監督を務めて以来、幾つかの生糸検査所建設に携わるほか、横浜正金銀行本店(設計：妻木頼黄、明治37年築)の現場監督など、横浜で多く建築設計・施工に携わっている。
　特にアールヌーヴォーをいち早く導入した、横浜銀行集会所(明治38年築)。日本最初の鉄筋コンクリート造オフィスビルとして知られる、三井物産横浜支店(明治44年築、昭和2年増築)の仕事が、建築史では高い評価がされている。

　遠藤於菟設計による横浜生糸検査所は、当時日本の主要な輸出品であった生糸の重要性を物語るように、他にはない大規模な施設となった。ちなみに落成式翌日におこなわれた一般公開日には、１万人の見学者が訪れたというから、いかに地元市民からの注目が高かったかが伺える。
　そして竣工間もなく、生糸検査所の事務所棟や倉庫などの施設使用は、帝国蚕糸株式会社(帝蚕倉庫)に委託。平成17(2005)年まで同社の施設として使用されることになった。

　なおそのメインの建物となる検査所本館は、平成2(1990)年に解体。そして本館の跡地には、その外観を模した横浜第二合同庁舎が平成5(1993)年に建てられた。その際に4棟あった倉庫の一つA棟倉庫は解体され、残る3棟で操業を続けることになった。

　更に帝蚕倉庫が平成17年に横浜の大黒ふ頭に移転した後、周辺の再開発に際し3棟残っていた倉庫の一つD号倉庫は解体。B号倉庫も次いで解体され、残ったC棟も協議の末、耐震性の問題などを理由に平成28(2016)年に解体されてしまった。

　その後、帝蚕倉庫(横浜生糸検査所)跡地には、地上200メートルのタワーマンションが建設され、令和2(2020)年春に竣工。マンション低層部分には、一旦は解体されたC号倉庫の外壁が復元される事になった。またB号倉庫も旧建物を模したものが再建され、音楽イベントスペースとして令和2年春にオープン予定だったが、新型コロナウイルス問題で開業は延期となっている。また冒頭の写真でご覧いただいた事務所棟は、唯一解体されず改修され今へ至っている。

　日本における、鉄筋コンクリート建築のパイオニア的な存在だった遠藤於菟。しかし三井物産横浜支店の製作以降は、鉄筋コンクリート建築をいかに表現するかに苦心する。その過程で編み出したのが、コンクリート柱の外壁に煉瓦を貼るという手法だった。
　モダニズム建築全盛となった大正末、若手の建築家たちの目には遠藤が考案したデザインは、前時代の産物のように見えたかも知れない。武骨で格好良いのだが、様々な時代の要素が錯綜するカテゴリーに入れづらい作品だ。

　しかしながら規則的に並ぶコンクリート柱に、煉瓦を貼った遠藤のデザインは、後世になり多く人に愛され、復元保存という形ながらも令和の時代に引き継がれることになった。やはりこの作品は美しい。近い将来、新たに生まれ変わった遠藤於菟作品を紹介できる日が来るのを祈りつつ、20年近くに渡り撮りためた旧帝蚕倉庫の写真を、本日はご覧いただきたい。

◆旧生糸検査所(帝蚕倉庫)事務所
　◎設計：遠藤於菟
　◎施工：大林組
　◎竣工：大正15(1926)年3月
　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て
　◎所在地：横浜市中区北仲通5-57

◆旧生糸検査所(帝蚕倉庫)C号倉庫
　◎設計：遠藤於菟
　◎施工：大林組
　◎竣工：大正15(1926)年3月
　◎解体：平成28(2016)年3月
　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て、地下1階
　◎所在地：横浜市中区北仲通5-57-2

　　❖横浜市認定歴史的建造物

★横浜生糸検査所本館(設計：遠藤於菟、大正15年築、昭和6年増築)

昨年末に一度紹介させていただいたが、平成2(1990)年に解体された生糸検査所の本館。この当時の横浜では屈指の大建築だった。事務所や倉庫と同様に、規則的に並ぶ煉瓦張りの柱が印象的。なおこの後建てられた横浜第二合同庁舎建設に際しては、旧生糸検査所の外観が再現された。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書
昨年秋から今年春にかけて再訪した、遠藤於菟の現存作品(復元作品)のレポートこちらから。

こちらはB号倉庫が解体されて間もない、平成21(2009)年2月に撮影したもの。

★帝蚕倉庫事務所と帝蚕ビル

この頃はみなとみらい線の工事も進行し周辺の建物も解体され、帝蚕倉庫の諸施設が良く見えるようになった。記憶が曖昧なのだが、恐らく平成12(2000)年の撮影。左側の白いビルは、帝蚕倉庫の本社ビルとして昭和3(1928)年に建てられたもの。設計・施工は竹中工務店が担当。以降は1998年から2002年にかけて筆者が撮影した、帝蚕倉庫時代の写真をご覧いただきたい。

そして旧生糸検査所倉庫(帝蚕倉庫)復元工事がほぼ完了した、令和元(2019)年秋から冬にかけての写真。ライブハウスをはじめ様々な施設がオープン予定だったが、コロナウイルスの問題で延期になっている。再現された建物については、改めて紹介することにしたい。

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★参考文献・資料

「日本の建築　明治大正昭和、10・日本のモダニズム」堀勇良氏著、三省堂、昭和56年

「都市の記憶　横浜の近代建築⑴」吉田鋼市氏著、横浜市歴史的調査会、平成3年

「日本の近代建築(下)－大正・昭和篇」藤森照信氏著、岩波新書、平成5年

「横浜都市発展記念館紀要、遠藤於菟旧蔵資料目録」青木祐介氏著、横浜都市発展記念館、平成17年

★撮影・・・・1998年、2000年、2002年、2009年2月・4月・9月、2011年10月、2015年10月、2019年10月・11月・12月