不動貯金銀行横浜支店(建築家・関根要太郎作品研究)

◆不動貯金銀行横浜支店

　・・・・昭和2年築、横浜馬車道通りにあったモダンな銀行店舗


　今年の3月下旬から、この月に一泊二日で訪れた横浜の小旅行のとき撮影した写真を中心に、横浜の建築探訪記を始めさせていただいた。開港当時から昭和初期にかけて建てられた美しい建築作品の多くは、時代の変遷とともに姿を消しているが幾つかの作品は現存し、この町の歴史を静かながら雄弁に物語っている。
　そのような横浜にかつて、とても華やかな銀行店舗が建っていた。それが不動貯金銀行横浜支店。冒頭の写真でご覧いただいた、とてもモダンな建物がそれである。

　不動貯金銀行は明治33(1900)年に、千葉県出身の実業家・牧野元次郎(1874～1943)により、一般庶民向けの貯蓄銀行として東京芝に創業。当初は東京を中心に事業を展開していたが、明治44(1911)年の京都、大阪、大正2(1913)年の名古屋、大正3(1914)年の東京・日本橋、大正4(1915)年の神戸に続き、大正5(1915)年4月に堺、和歌山、岡山、広島、徳島、高松の各支店と共に、横浜支店がオープンしている。

　以前にも紹介したように、不動貯金銀行はこの当時、第一次世界大戦の戦時特需に乗じて、銀行を国内各地に新規出店していた。また大正3(1914)年の秋には、東京高等工業学校の選科を修了した当時25歳の関根要太郎(1889～1959)が、不動貯金銀行の営繕組織〔日本建築株式会社〕に入社。当初は助手的なポジションだったが、数年後には設計主任として頭角を現すことになるのだ。

　そしてその頃、伊勢佐木町や吉田橋に程近い、横浜馬車道の常磐町に建てられたのが、初代の不動貯金銀行横浜支店だった。設計を手掛けたのは、東京帝国大学出身(大正2年卒)の工学士・鈴木憲太郎である。雑誌〔建築世界〕の大正6(1917)年7月に、新築まもない同支店が紹介されていることを踏まえると、この年もしくはその前年に竣工したと考えられる。
　鈴木憲太郎設計による不動貯金銀行横浜支店は、装飾が多く施されたルネサンススタイルの煌びやかな作品であったが、大正12(1923)年の関東大震災で倒壊してしまっている。

　そして昭和に入り常磐町の支店跡に再建されたのが、冒頭の写真でご覧いただいた不動貯金銀行横浜支店だった。設計は関根要太郎率いる、〔関根建築事務所〕が担当している。関根は大正5(1916)年ころから、設計主任として数多くの不動銀行の店舗設計を担当する事になり、その作品は〔建築世界〕〔建築画報〕など民間の建築雑誌で、頻繁に紹介される事になった。
　次いで関根は大正9(1920)年に、東京銀座に自身の建築事務所を開設。不動貯金銀行の店舗営繕のほか、亀井喜一郎邸(函館、大正10年築)、百十三銀行本店(函館、大正15年築)、京王閣遊園(東京、昭和2年築)、日本郵船社員倶楽部(東京、昭和3年築)、仁壽生命本店(東京、昭和4年築)、多摩聖蹟記念館(東京、昭和5年築)など、国内各地の建築設計を手掛けていった。

　そして横浜常磐町に建てられた不動貯金銀行横浜支店は、このころ関根要太郎の建築事務所が得意としていた、ドイツ表現主義のデザインで纏められた、とても独創的なデザインの作品となった。これは当時関根建築事務所のチーフデザイナーを務めていた、蔵田周忠(1895～1966)をはじめ、斎藤巌、小川光三、野口巌など関根の部下たちの若き感性が、独創的なそのデザインの完成に至ったと想像される。蔵田周忠の手腕が大きいと、後世では多く評価がされている。

　しかし大正なかばから関根は既に自身の作品で、ユーゲントシュティールなど当時のモダンデザインを積極的に取り入れ、モダン建築家の地位を確立させつつあった。そのような関根建築事務所の環境の下で、若手メンバーたちがその路線を、更に突き進めたというのが正しいのではないかと思う。
　ちなみに関根はこの頃、欧米から取り入れられるモダンデザインの変遷の激しさに嫌気がさしていたようで、クラシカルな路線を好むようになっていた。そのような本人の葛藤のなか建てられたのが、不動貯金銀行の横浜支店だった訳である。

　そのような独創的デザインの不動貯金銀行横浜支店。これだけ大胆なデザインだったにも関わらず、当時の建築雑誌では大々的に発表されていない。このころ関根建築事務所では、不動貯金銀行の白山(東京、昭和2年築)、九段(東京、昭和3年築)、上野(東京、昭和4年築)、坊城俊良邸(東京、昭和3年築)など傑作が目白押しで、発表する余裕がなかったのかも知れない。

　またモノクロの写真でその詳細は分からないが、竣工当初の色彩はどんなものだったのか気になるところ。また竣工当時の店内もドイツ表現主義と、アール・デコを折衷させたもので、当時の銀行らしからぬモダンなものだったようだ。
　関根建築事務所設計による不動銀行支店は、今から30年ほど前に解体されたそうだが、震災復興期の横浜にあって、一二を争うモダン作品だった想像される。今回も僅かな写真だが、ハマにあったモダンな銀行店舗をお楽しみいただきたい。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書

◆不動貯金銀行横浜支店

　◎設計：関根要太郎、蔵田周忠(関根建築事務所)
　◎施工：不詳
　◎竣工：昭和2(1927)年ころ
　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て
　◎旧所在地：横浜市中区常盤町4-54

❖図版・・・・「国際建築」昭和4年3月号

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」昭和15年

★昭和6年発行の不動貯金銀行店舗紹介より

昭和6年に不動貯金銀行が発行した「ニコニコ風景図鑑」より。横浜の大桟橋、川崎大師と共に関根建築事務所設計の不動貯金銀行横浜支店が紹介されている。

❖図版・・・・「ニコニコ風景図鑑」昭和6年

★戦後協和銀行として使われていた頃の写真

昭和44(1969)年発行の協和銀行史より。戦後、不動貯金銀行は協和銀行と改称。外壁は白に変更されたが、築40年を経過したこの頃でも外観デザインが保たれていたことが分かる。

❖図版・・・・「協和銀行史」昭和44年

★初代不動貯金銀行横浜支店(設計：鈴木憲太郎、大正6年ころ築)

こちらが大正半ばに建てられた不動銀行横浜支店の初代店舗。ルネサンス調の明るい作品だったが、大正12年の関東大震災で倒壊してしまっている。

❖図版・・・・「建築写真類聚　銀行会社編」大正6年

★昭和初期の絵葉書より

イセザキモールの入り口に現存する、イセビル(昭和4年築)から撮影されたものと思われる一枚。吉田橋を渡って左カーブを曲がった奥に、関根設計の不動銀行の後ろ姿が確認できる。

更にその奥には本町通りにあった若尾ビル(設計：川崎鉄三、大正14年築)、写真右手には横浜開港記念会館(大正5年築)、神奈川県庁(昭和4年築)の姿が確認できる。クイーンの塔の愛称でお馴染みの横浜税関(昭和9年築)の姿が無いことを踏まえると、昭和4年から9年の間に撮影されたという事になる。

なお画面部分をクリックして頂くと、拡大画像でご覧になれるので、昭和初期の横浜の町並みをゆっくりとご鑑賞いただきたい。

❖図版・・・・「筆者所蔵絵葉書」

そして令和2(2020)年撮影の吉田橋からの風景。戦後になると国鉄の根岸線が開通、派大岡川は高速道路・横羽線として利用され、周辺は高層ビルが立ち並び、昭和初期の横浜から町並みは激変している。

そして不動貯金銀行横浜支店の跡地。昭和20年3月に不動貯金銀行は国内大手の貯蓄銀行数社と合併し、日本貯蓄銀行となり戦後は協和銀行と改称。その後、協和銀行→協和埼玉銀行→あさひ銀行を経て、現在はりそな銀行の横浜支店となった。不動貯金銀行の開店から104年、不動貯金銀行の血脈は、この土地で現在も続いている訳だ。


馬車道のゴールである本町通り沿いには、横浜正金銀行や川崎銀行の外壁など、かつてこの一帯が金融街だったことを物語る遺構が何軒か残されている。

★神奈川における関根要太郎作品

◆仁壽生命横浜支店(横浜市尾上町、大正14年築)

ここからは関根要太郎が神奈川で手掛けた設計作品を幾つか紹介したい。最初にご覧いただくのは、不動貯金銀行横浜支店が建っていた常磐町のお隣・尾上町大江橋際にあった仁壽生命の支店。

この時期から関根建築事務所は蔵田周忠がチーフデザイナーを務めていたことや、関東大震災を機に本格的に鉄筋コンクリートを採用したこともあり、以前のユーゲントシュティールやセセッションのスタイルから、モダニズムな作風が多くなった。函館の百十三銀行本店と共に、大正末における関根の傑作とも呼べる作品だ。

❖図版・・・・「建築画報」大正15年9月号

★不動貯金銀行横須賀支店(横須賀市旭町、大正15年ころ築)

横須賀支店は大正9年の開店。その後関東大震災があった事などを考えると、この時期に再建されたものと考えられる。古典様式を幾何学的に崩したユニークな作品だ。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」昭和16年

◆牧野元次郎鎌倉山別邸(鎌倉市鎌倉山、昭和7年築)

当時海が見渡せる別荘地として開発が始まった鎌倉山。その鎌倉山のいちばん高台に建てられたのが、不動貯金銀行の頭取・牧野元次郎の別邸だった。関根は昭和6(1931)年に不動貯金銀行の営繕課長に就任、その間もなくに手掛けたのが牧野の鎌倉山別邸だった。

当時関根が支持していた東京高等工業学校卒の構造研究家・岡隆一開発の免震構造工法を基礎に採用している。これまでの関根の邸宅作品とは一転し、純和風なデザインとなっている。これ以降、関根設計の邸宅建築は和風建築がメインとなった。なお下の画像は平成15(2003)年撮影の牧野別邸跡地。

❖図版・・・・「日本建築士」昭和10年11月号

★不動貯金銀行川崎支店(川崎市、昭和13年築)

戦時色が強くなった昭和13年暮れに開店した不動貯金銀行の店舗。この頃は軍需品優先のため資材統制が敷かれ、民間の建築家は限られた建材でいかに建物を造るかという課題と向き合っていた。関根もそのような建築家の一人で、様々な知恵を絞って不動貯金銀行の店舗を建てていたという。

❖図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」

★松菊庵(厚木市、昭和16年築)

厚木の地主・井上家所有の相模川沿いの土地に建てられた和風休憩室。和風のなかにもモダニズム要素も散見される作品。

❖図版・・・・「建築世界」昭和17年1月号

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★参考文献・資料

「生い立ちから今日まで」関根要太郎著、私家版、昭和11年

★撮影・・・・2003年11月、2019年10月、2020年3月