横浜市中区日本大通りの旧三井物産横浜支店(明治モダン建築再訪)

◆旧三井物産横浜支店
　・・・・明治44年築、日本大通りに建つ日本初の鉄筋コンクリート製オフィスビル


　横浜市中区の日本大通り。横浜の海岸通りと横浜公園までの500メートル弱を結ぶこの道は、横浜開港間もなくの明治3(1870)年に、イギリス人技術者R・H・ブラントンの設計により造成されたものだという。
　防火帯を目的とし、道路・植樹帯・歩道を含むと24メートルの幅員を持ち、現在は植樹帯に植えられた銀杏並木で有名である。平成14(2002)年には歩道をメインとした道路への再整備がおこなわれ、多くの人の憩いの場となっている。

　そしてこの通りのもう一つの見所と言えば、道幅の広いこの道の脇に建つ近代建築の数々だろう。キングの塔の愛称で知られる神奈川県庁舎(設計原案：小尾嘉郎、昭和4年築)、現在は横浜市開港資料館として使われる旧イギリス領事館(昭和6年築)、旧横浜商工奨励館(設計：横浜市建築課、昭和4年築)、横浜地方裁判所(設計：大蔵省管財局)、現在は横浜DeNAベイスターズの施設として使われる旧日本綿花横浜支店(設計：渡辺節、昭和4年築)などが建つ。

　この日本大通りにはもう一軒、とてもモダンながらこの通りでいちばん古株の歴史的建造物が建っている。それが旧三井物産横浜支店ビル、冒頭の写真でご覧いただいたビルがそれである。
　白タイル貼りの外観からは想像が付かないが、写真左手の1号ビル部分は明治44(1911)年8月の竣工。建物中央から右側部分の2号部分は、昭和2(1927)年に増築されたものだ。つまり明治末竣工の部分は今年で築109年、増築部分でも今年で築93年を迎える、超レトロ級の建築作品なのである。

　いずれも横浜ゆかりの建築家・遠藤於菟(1866～1943)設計によるもので、日本で初めて鉄筋コンクリートで建てられたオフィスビルディングと、後世では高い評価がされている。なお明治末竣工の1号ビル建設に際し、遠藤はアメリカ・ペンシルベニア大学出身の建築家・酒井祐之助(1874～1935)を招聘し、共同設計をおこなっている。酒井も遠藤と同様、日本コンクリート建築のパイオニアとして活躍した人物であった。

　なお、このビルの背後には、明治43(1910)年に竣工した煉瓦と鉄筋コンクリート混合造による、三井物産横浜支店の旧倉庫が建っていた。鉄筋コンクリート建築が成立する過程を知ることが出来る、貴重な建築作品だった。なおこの倉庫、戦前は日本の主要輸出品であった生糸を保管していた、横浜の歴史を物語る貴重な生き証人だった。しかし平成27(2015)年に惜しまれつつ解体、跡地は現在コインパーキングになっている。

　先にも紹介した通り旧三井物産横浜支店は、後世では日本初の鉄筋コンクリート造オフィスビルという、高い評価がされている。なぜ施主である三井物産は当時最先端の建築技術だった、鉄筋コンクリート建築に拘ったのだろうか。そこには三井グループの企業体質として、地震をはじめとした天災にビクともしない建築を作るという事と、当時輸出の主要商品であった生糸を守るという目的があったと想像される。
　現実に大正12(1923)年の関東大震災では、事務所・倉庫ともに倒壊を免れ、倉庫に保管されていた生糸は火災の被害なく済み、会社の経営や政府の財政を守ったという。当時の三井物産関係者たちの英断が、間違いでなかったことが証明された訳である。

　明治の末に竣工した三井物産横浜支店。白の外壁タイルに、規則的に割り振られた当時の建築作品としては大きめに取られた窓、そして平坦な陸屋根(フラットルーフ)など、煉瓦造でドームやその他の立体的な屋根がメインだった、当時の建築と比較するととても斬新なスタイルだったと想像される。
　ちなみに当時の遠藤は自身の作品に、西欧の最新デザインを積極的に取り入れていた時期だった。その代表作とも言えるのが、明治38(1905)年竣工の横浜銀行集会所で、アールヌーヴォーをデザインに用いている。

　当時の日本建築界で画期的な作品を、多く世に送り出していた遠藤於菟。横浜の三井物産支店では鉄筋コンクリート構造のほか、この十数年前にオーストリア・ウイーンなどで全盛を極めていたセセッションを巧みに取り入れている。多少初期のコンクリート建築の特有の重苦しさも感じさせるが、一世紀以上に建てられた建築作品とは思えない、明快さを兼ね備えている。
　今の騒動が終息したら、また実物を見に行きたいと思う、素敵な横浜の歴史的建造物。これ以降は今年3月中旬に撮影した写真のほか、過去に撮りためた同ビルの写真をご堪能いただきたい。

◆旧三井物産横浜支店(現KN日本大通ビル)
　◎設計：遠藤於菟、酒井祐之助
　◎施工：直営
　◎竣工：明治44(1911)年8月
　◎増築：昭和2(1927)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造4階建て、地下1階

　◎所在地：横浜市中区日本大通14

こちらが明治44(1911)年8月に竣工した1号館。築110年目を迎えたとは想像できないモダンな作り。

建物中央から右側にかけては昭和2(1927)年の増築部分。1号館と連続したデザインになっている。

◆旧三井物産横浜支店倉庫(日東倉庫日本大通倉庫)
　◎設計：遠藤於菟
　◎施工：直営
　◎竣工：明治43(1910)年7月

　◎解体：平成27(2015)年

　◎構造：煉瓦および鉄筋コンクリート造3階建て、地下1階

　◎旧所在地：横浜市中区日本大通14

◆三井物産横浜支店倉庫(設計：遠藤於菟、横浜、明治43年築)

三井物産横浜ビルの裏手にあった、三井物産横浜支店の旧倉庫。設計は事務所棟と同じく遠藤於菟が担当している。

明治42(1909)年11月に起工、事務所棟竣工より約一年早い明治43(1910)年7月に竣工している。壁などは煉瓦で作られているが、柱・窓のまぐさ・屋根のスラブなどに鉄筋コンクリートが採用されている。

また大正12(1923)年9月の関東大震災では倉庫は焼失を免れ、同社の主要品目の一つだった生糸は無傷に済んだという。そのような日本や横浜の歴史を語ることが出来る貴重な産業遺産だったが、平成27(2015)年に解体され、跡地はコインパーキングとなってしまった。

◆横浜銀行集会所(設計：遠藤於菟、横浜、明治38年築)

遠藤於菟を取り上げるたび紹介させて頂いているが、遠藤初期の傑作。横浜大岡川沿いの弁天橋の近く、現在の地名で中区本町にあったという。アールヌーヴォーを見事に昇華させた作品だったが、大正12(1923)年の関東大震災で倒壊してしまっている。

❖図版・・・・「明治大正建築写真聚覧」日本建築学会、昭和11年

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★参考文献・資料

「都市の記憶　美しいまちへ」鈴木博之氏著、白揚社、平成14年

「日本の建築　明治大正昭和、10　仁保のモダニズム」堀勇良氏著、三省堂、昭和56年

「都市の記憶　横浜の近代建築⑴」吉田鋼市氏著、横浜市歴史的資産調査会、平成3年

「開港150周年記念、横浜建築家列伝」青木祐介氏著、平成21年

「日本の近代建築・下、大正・昭和篇」藤森照信氏著、三省堂、平成5年

★撮影・・・・2011年9月、2014年10月、2018年8月、2019年10月・11月・12月、2020年3月