横浜市中区伊勢佐木町の不二家横浜センター店(昭和モダン建築再訪)

◆不二家伊勢佐木町店
　・・・・昭和12年竣工、横浜発祥の老舗洋菓子会社が建てたモダニズム店舗


　今年3月中旬に出かけた横浜小旅行の初日、今晩の宿泊先であるホテルニューグランドに荷物を預け、昼前の横浜の町を歩く。観光施設や博物館は全て休館なのだが、官庁やオフィスが多く置かれる関内地区は、ランチタイムという事もありそこそこな賑わいであった。

　横浜に外国人居留地が置かれていた時代からの歴史を持つ水町通りから、日本大通りを抜け、スタンド増築工事が完成した横浜スタジアムの外観を眺めながら、横浜公園で小休止。そして次に向かったのは、伊勢佐木町の〔イセザキモール〕であった。
　明治初期からの歴史を持つ老舗の商店街には、一軒の歴史的建造物が鎮座している。それが不二家の横浜センター店、モダンな外観からは想像が付かないが、昭和12(1937)年に同社の伊勢佐木町店として建てられたものである。

　戦後まもなくに誕生した、同社のメインキャラクターであるペコちゃんでお馴染みの、老舗洋菓子会社である不二家。その発祥の地は横浜で、明治43(1910)年に創業者の藤井林右衛門(1885～1968)が、元町に洋菓子店をオープンしたのがその始まりである。そして大正11(1922)年に、横浜の第二号店として開店したのが伊勢佐木町店であった。

　その後は東京銀座や新宿、京都四条、大阪心斎橋などに店舗をオープン。戦後は全国展開をおこない、日本を代表する洋菓子メーカーへと成長を遂げた。
　当時不二家が営業をおこなっていた元町と伊勢佐木町の店舗は、大正12(1923)年の関東大震災で焼失。創業者の藤井は元町での営業を諦め、伊勢佐木町の店舗で勝負をかけ成功をおさめる。そして震災から十数年後に建てられたのが、この店舗だったのである。

　そして出来上がった不二家の伊勢佐木町店は、一面ガラスブロックが貼られた階段室に、2階から4階の窓には当時最新の建築技術だった、カーテンウォールが設けられるという、とてもモダンなデザインとなった。ちなみに現在このカーテンウォールは一面だけだが、竣工当時は建物右隣(黄金町側)には建物が建っておらず、正面と同様にカーテンウォールが設けられていた。4階部分に若干ではあるが、その痕跡が確認できる。
　現在は1階に不二家の店舗とレストランが入居するほかは、不二家レストランのトレーニングセンターや関連会社が入居している。ちなみに会社の全盛期は、建物全体が同社の店舗と厨房(工場)だったという。

　とてもモダンな不二家の店舗、設計したのはチェコ出身のアメリカ人建築家・アントニン・レーモンド(Antonin Raymond、1888～1976)である。レーモンドはプラハ工科大学卒業後アメリカへ渡り、大正5(1916)年にかのフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867～1959)に師事、タリアセンで働く。一時軍隊に入隊しライトのもとを離れるが、ライトの要請もあり東京日比谷の帝国ホテル建設のため、大正8(1919)年の暮れにライトと共に来日する。

　このように日本へやって来たレーモンド、しかしライトの教えは肌に合わなかったようで、一年余りで帝国ホテルの建設スタッフを離脱。そのまま日本にとどまり、東京で〔米国建築合資会社〕を設立し、日本で本格的な建築家活動を開始する。
　その後は皆さんもご存じのように日本に拠点を置き、戦前・戦後を通じ数々の素晴らしいモダン建築を制作していく。また軍事色が強くなる日本を危惧した友人のアドバイスもあり、昭和12(1937)年に日本を離れる。そのような軍事色が強くなりつつある頃に建てられたのが、横浜伊勢佐木町の不二家であった。

　モダンな外観の不二家を撮影している間に、ランチタイムも終わり際の時間になってきたので、久しぶりに同店のレストランに入店することにした。コロナウイルス騒動もあり、人通りが少なかったイセザキモールとは一転し、店内は結構な混雑だったのは驚きであった。
　また学校が臨時休校になっていた事もあってか、年配の祖父母とお孫さんの来店客が多いというのも、伊勢佐木町と不二家の歴史を物語るような構図であった。竣工間もなくからあるという店内配膳室の壁画を眺めながら、伊勢佐木町の昼過ぎは少し賑やかながら穏やかに過ぎていったのである。

　ただ不二家の伊勢佐木町店、今から十年ほど前に店内が改修され、一階部分のみの営業になったのは悔やまれるところ。昔の不二家をご存じの方も多くいらっしゃると思うが、館内は2階まで吹き抜けになっており、とても広がりのある空間になっていた。この店の顔とも言えるべき部分、何とか以前の姿に復することは出来ないのだろうか。

　今年で築83年を迎えるモダンな洋菓子店舗、この会社の歴史を物語るようにこれから先も使われ続けて欲してものである。そして店名は横浜センターという所在地が想像つかない名前より、横浜伊勢佐木町店の方が絶対合っていると思うのだが。国の文化財に申請しても何の不思議はない、地域の歴史も語ることが出来る、モダンで美しい歴史的建造物である。

◆不二家伊勢佐木町店(現不二家横浜センター店)
　◎設計：アントニン・レーモンド(Antonin Raymond )
　◎施工：戸田組
　◎竣工：昭和12(1937)年2月
　◎構造：鉄筋コンクリート造5階建て、地下1階

　◎所在地：横浜市中区伊勢佐木町1-6-2

店内には竣工時の不二家伊勢佐木町店の写真も展示してあった。下の配膳場の上のレリーフは開店間もなくからのもの。

上3枚の写真は2011年の秋に、たまたま通りかかったレストラン社員の方にお願いして、撮影させていただいたもの。2階の吹き抜けや円形階段のエントランスがそのまま残っていることが分かる。現在はレストランのトレーニングセンター等で使用されているという。

************************************************************

★参考文献・資料

「新　生き続ける建築、アントニン・レーモンド」三沢浩氏著、LIXIL eye №9、平成29年

「都市の記憶　横浜の近代建築⑴」吉田鋼市氏著、横浜市歴史的資産調査会、平成3年

「不二家ホームページ」

★撮影・・・・2011年11月、2020年3月