横浜市中区山下町のホテルニューグランド(昭和モダン建築再訪2020)

◆ホテルニューグランド本館
　・・・・昭和2年築、いつ訪れても美しい横浜のクラシックホテル


　新型コロナウイルス問題が日を追うごとに深刻化する3月中旬の週末、今年初めて横浜を訪ねた。いつもは昼に横浜に到着して、その日の夜に帰宅するというパターンが定番だが、今回は趣向を変えて横浜に一泊することにしたのである。

　横浜へはこれまで幾度となく訪れているが、この町に泊まるというのは初めての経験である。しかしコロナウイルスの感染問題で、観光施設の殆どが臨時休館していたことや、2日目の朝から大雨に見舞われたことから、翌日は早々と帰途についてしまった。
　結局のところ今回も滞在時間は短かったものの、一泊することにより、今までは知らなかった横浜の町の表情を見ることが出来た新鮮な小旅行であった。そういう事で本日から横浜の建築探訪記のスタートである。もし宜しければ、こちらにお付き合い頂ければ幸いである。

　そういう事で今回の建築探訪記で最初に紹介させていただくのは、この旅で泊まった昭和2(1927)年創業のクラシックホテル。皆さんもご存じのように、山下公園前のかつての海岸通り(バンド)通りに建つこのホテル、関東大震災の復興事業の一環として建てられたものである。
　ホテルの名称については諸説があるが、震災前この近くにあった外国人向けホテル、〔グランドホテル〕の跡を継ぐ施設になって欲しいという、願いを込めて名付けられたという。それから90数年、ホテルニューグランドは多くの人に愛される、横浜の歴史を語る施設になったのである。

　さて山下公園前に建つホテルニューグランド、その設計を手掛けたのは建築家の渡辺仁(1887～1973)である。渡辺と言えば東京銀座の服部時計店(現銀座和光、昭和7年築)、東京有楽町の日本劇場(昭和8年築)、東京上野の東京帝室博物館本館(現国立東京博物館本館、昭和12年築)、東京有楽町の第一生命本館(昭和13年築)の設計で知られる、この時代を代表する建築家の一人である。

　東京生まれの渡辺は、学習院や熊本の第五高校を経て、東京帝国大学工科大学(現在の東京大学工学部)へ入学。明治45(1912)年に東京帝大を卒業したあとは、鉄道省や逓信省での勤務を経験する。
　ちなみに渡辺仁は若い頃より独立願望が強かったそうで、帝大を卒業するときに自身の事務所開設を試みるが、父の反対に遭い断念。それから8年後の大正9(1920)4月になり、33歳となった渡辺は東京に念願の自身の建築事務所を開設する。ちなみに当ブログの主人公である関根要太郎(1859～1959)も、渡辺と同じ月に30歳の若さで自身の建築事務所を開設している。

　その後、渡辺仁は歴史主義からモダニズムまで多彩な作品を制作していく。事務所開設当初は関根要太郎に比べ大口の仕事に恵まれなかったが、その熟練した設計が認められてか徐々に仕事が増えるようになる。そして横浜のホテルニューグランドは、東京渋谷の小田急電鉄本社(昭和2年築)、東京有楽町の電気会館(昭和2年築)、東京牛込の早稲田尋常小学校(昭和3年築)と共に初期の代表作となった。

　そして渡辺設計によるホテルニューグランド本館だが、ルネサンスを基調としつつもこれまでの装飾性を押えた禁欲的な外観となった。またそれとは一転し、ロビーやフェニックスルームと呼ばれる宴会場、レインボーホールルームと呼ばれる舞踏室などは、木調を基調とした和洋折衷のジャポニズムスタイルとなっている。今回の訪問はロビーのみしか見学できなかったが、ロビーと同様に華やかな空間が広がっているという。
　これは筆者の勝手な推測だが、館内の感動を増長させるため、敢えて外観を控えめにしたのではないかと思えてくる。しかし建物角面に竣工年時に刻まれている、開業年を記したエンブレムはアールデコ調。設計者の数少ない抵抗といったところか。

　竣工時は少し控えめな外観だったホテルニューグランド。それから数年後、この建物に新たな華を添えた建築家がいた。その人物とはアメリカ人建築家のJ・H・モーガン(Jay H Morgan、1868～1937)。この頃、横浜を中心に日本国内で活躍していたモーガンは、ホテルニューグランドの5階部分とパティオ(中庭)の増築設計を担当。ともに昭和8(1933)年に竣工している。

　のちに増改築がおこなわれたため、現在モーガンの仕事を偲べる箇所は少ない。しかしスパニッシュスタイルのモーガンの増築箇所は、このホテルに新たな息吹を与え、更に国際色豊かなものとしている。山下公園からモーガン増築によるスパニッシュ模様の5階部分が僅からながら確認できるので、こちらにも是非注目して頂きたい。

　今回の宿泊で建物も食事もサービスも、ホテルニューグランドの大ファンになってしまった筆者。次回の横浜訪問に、新たな楽しみが増えた次第である。

◆ホテルニューグランド本館
　◎設計：渡辺仁
　◎施工：清水組
　◎竣工：昭和2(1927)年12月
　◎増築設計：J・H・モーガン(Jay H Morgan)
　◎増築：昭和8(1933)年
　◎構造：鉄骨鉄筋コンクリート造5階建て
　◎所在地：横浜市中区山下町10
　　❖横浜市認定歴史的建造物

　　❖経済産業省認定近代化産業遺産(平成19年)

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★参考文献・資料

「都市の記憶Ⅱ　日本の駅舎とクラシックホテル」鈴木博之氏著、白揚社、平成17年

「続生き続ける建築　渡辺仁」大川三雄氏氏著、INAX REPORT №183、平成22年

「日本の近代建築　下、大正・昭和篇」藤森照信氏著、平成5年

「横浜建築家列伝」青木祐介氏著、横浜都市発展記念館、平成21年

「ホテルニューグランド、ホームページ」

★撮影・・・・2015年5月・9月、2017年7月、2020年3月