東本願寺函館別院(函館の建築再見)

◆真宗大谷派函館別院
　・・・・大正4年竣工、伝統と最新技術が融合した元町のコンクリート造寺院


　函館の観光名所に建つ東本願寺函館別院(真宗大谷派函館別院)。周辺にあるハリストス正教会(大正5年築)、元町カトリック教会(明治43年築)、聖ヨハネ教会(昭和54年築)という洋風建築とは正反対の純和風建築が印象的である。そして3万3千枚の黒瓦が敷かれているという大屋根はとても迫力があり、この近辺を通るたびその雄姿にいつも見入ってしまう。

　黒瓦の大屋根が印象的な東本願寺函館別院は、大正4(1915)年11月の竣工。江戸期の宝永年間(18世紀初頭)から箱館に寺院を構えていた同寺は、明治12(1879)年の大火を機に現在地に移転してきた。
しかし明治40(1907)年8月の大火で寺院が焼失。東本願寺函館別院は元町に移転する前を含め、明治期に入って三度目の伽藍焼失という悲運に苛まれた。これを機に金森合名会社の代表で、同別院の檀家総代を務めていた三代目渡辺熊四郎の立案により、不燃素材による伽藍建設が検討される事になった。

　その結果、当時最新の建築素材だった鉄筋コンクリートでの寺院建設が決定。京都の東本願寺御影堂(明治28年築)をはじめ、東本願寺の寺院建築に多く携わってきた、帝室技芸員の九世・伊藤平左衛門(1829～1913)の設計により、函館別院の建設計画がスタートした。
　そして函館別院の施工は九世・平左衛門の長男で、建築家の伊藤吉太郎(のちの十世・伊藤平左衛門、1870～?)が手掛ける事になるのだが、現場責任者として一人の青年技師が東京から招かれることになった。その技師とは請負師の木田保造(1885～1940)である。

　木田は明治18(1885)年、千葉県君津郡の生まれ。明治39(1906)に工手学校(現在の工学院大学)を卒業後、大蔵省の臨時建築部に4年ほど在籍。明治44(1911)年に東京の赤坂溜池で土木請負業を開業するのだが、その頃手伝ったのが伊藤吉太郎(のちの十世・伊藤平左衛門)設計による、東京日本橋の白木屋呉服店の施工の仕事であった。
　これを機にその仕事ぶりが伊藤に認められた木田は、東本願寺函館別院の施工担当者として、新婚間もない妻と共に函館へ渡ることになった。時は大正2(1913)年1月の事だったという。

　そして当時20代後半だった若き木田保造が挑むことになったのが、当時最新の建築技術だった鉄筋コンクリートでの寺院建設であった。しかしコンクリート建設の経験者が殆どいない事もあり、その施工は試行錯誤の日々が続いたという。
　また建設資金の大半は寺院檀徒からの寄付で賄われた。だが最新の建材・鉄筋コンクリートということもあり、その得体の知れない建材に檀徒たちは警戒感を示すようになり、寄付金は建設が進むにつれ徐々に少なくなる。そこで檀家総代の渡辺熊四郎は、様々なPR活動を展開し、建設資金を集めていったという。

　こうして3年の歳月をかけて完成したのが、日本初の鉄筋コンクリート造寺院となる東本願寺函館別院の本堂であった。その外観は東本願寺京都本院の阿弥陀堂(明治28年築)をはじめとする、和風寺院の伝統を引き継いだものになっている。
　しかしその伝統的な外観とは一転、使われている鉄筋はアメリカ製。その他堂内の構造方法など最新技術が用いられている。伝統のなかに最新技術を巧みに取り入れたのは、伊藤親子の柔軟性と、それを忠実に形とした木田保造の努力の賜物だろう。

　東本願寺函館別院の竣工後、函館では金森関連の施設のほか不動貯金銀行函館支店(設計：関根要太郎＋山中節治、大正7年築)など幾つかの仕事を手掛けている。
　日本初の鉄筋コンクリート寺院・東本願寺函館別院の効力は、竣工から5年半後の大正10(1921)年4月に起きた大火で証明される。この周辺が類焼するなか、鉄筋コンクリート製の塀や本堂は無被害に済んだのである。

　これを機に木田保造による鉄筋コンクリート建築の仕事は高く評価され、丸井今井呉服店の函館支店(大正12年築)、元町カトリック教会の増築・改修(大正12年築)など、函館で数々の建築施工を手掛けることになった。
　東本願寺函館別院竣工後、東京に戻った木田は木田組を正式に創業。明治末に伊藤吉太郎(十世伊藤平左衛門)と共に施工を手掛けた東京日本橋の白木屋呉服店を、在来の擬洋風な外観から洋風ルネサンス風の外観に増改築。この仕事も高く評価され、それ以降デパート建築の設計・施工も多く手掛けることになる。

　元町に鎮座する重厚な和風寺院は、大正から昭和初期にかけて函館の町を彩った、木田保造の函館における大仕事であり、木田が鉄筋コンクリート建築のパイオニア的存在と呼ばれるようになった記念碑的な作品でもある。公会堂、遺愛学院の本館、ハリストス正教会などの国指定重要文化財の建築作品が大規模改修に入っている本年、函館ならではの和風建築を鑑賞するのもお勧めである。

◆真宗大谷派函館別院本堂(東本願寺函館別院本堂)
　◎設計：九世伊藤平左衛門
　◎施工：十世伊藤平左衛門、木田保造
　◎起工：明治45(1912)年7月
　◎竣工：大正4(1915)年11月
　◎構造：鉄筋コンクリート造平屋
　◎所在地：函館市元町16-15
　　❖国指定重要文化財

　　❖函館市指定伝統的建造物

★白木屋呉服店(設計：伊藤吉太郎、東京日本橋、明治45年築)

のちに十世伊藤平左衛門を襲名する伊藤吉太郎が設計を手掛けた呉服店。現在コレド日本橋が建つ場所に白木屋、白木屋呉服店はあった。この建物の施工に木田保造が加わったのを機に、伊藤一家が建設をおこなおうとしていた東本願寺函館別院の施工を手掛けることになった。ルネサンススタイルをベースに和のテイストも織り込まれた、和洋折衷な外観デザインである。

◆図版・・・・・「明治大正建築写真類聚」日本建築学会、昭和11年

★白木屋呉服店(設計：木田保造、東京日本橋、大正6年築)

東本願寺函館別院の竣工後、東京に帰った木田保造が増築を手掛けたデパート建築。先の写真でご覧いただいた擬洋風デザインの店舗を洋風に改築。竣工後、木田の仕事は高く評価され、建築業界に広く知られることになる。

ルネサンススタイルの美しい店舗だったが構造が木造だったこともあり、大正12(1923)年の関東大震災で倒壊。多くの犠牲者を出してしまった。

◆図版・・・・・・「建築画報」大正7年5月号

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★参考文献・資料

「木田保造」木田組編纂、昭和16年

「総覧　日本の建築、1・北海道・東北」日本建築学会編、新建築社、昭和61年

「はこだての歴史散歩」北海道新聞社編、北海道新聞社、昭和57年

「函館建設業界史　道南の槌音」山崎英雄氏著、函館建設業協会、昭和57年

「ウィキペディア　九世伊藤平左衛門」

★撮影・・・・2016年3月・10月、2018年9月