函館市豊川町の及能株式会社(函館の建築紹介)

◆及能株式会社
　・・・・昭和11年築、大火後に建てられた骨太なコンクリート製事務所


　歴史的建造物のリノベーションが続々とおこなわれる反面、経済的理由や建物の老朽化により、余儀なく解体されてしまう例も多く見られる昨今の函館。個人的には昨年末に知った、豊川町の旧十二銀行函館支店～函館信用金庫本店(設計：木子幸三郎、大正15年築)解体の知らせは、とてもショッキングなものであった。

　そのような旧十二銀行函館支店が建っていた豊川町の電車通りを、函館駅方面へ少し進んだ魚市場通電停そばにあるのが、冒頭の写真でご覧いただいた武骨な鉄筋コンクリート造のオフィスビルディングだ。このレトロなビルディングは、地元の老舗企業・及能株式会社の本社ビルとして、昭和9(1934)年3月に発生した函館大火後の復興事業の一環として、昭和11(1936)年に建てられたものである。
　筆者が函館に訪れるようになった20数年前は、駅前から十字街電停までの電車通り沿いにちらほらと年季の入った建物が見られたが、及能株式会社はこの界隈で生き残った、数少ない歴史的建造物になってしまった。

　まず建物の施主である及能(きゅうの)株式会社だが、石川県金沢出身の及能仁三郎(1853～?)が明治18(1885)年に家族と共に函館へ渡り、西川町(現在の豊川町)で畳屋を開業したのが会社のルーツである。更に及能は明治42(1909)年に自身の店を合名会社として登記、本業の畳屋のほか雑貨販売、不動産賃貸、倉庫業、金銭貸付業、食品製造業をはじめ現在に至る。

　そして及能が過去に携わった企業と言えば、個人的には函館無尽を思い出す。大正初期に大正貯金株式会社として創立し、大正5(1916)年に函館無尽と改称。実はこの無尽会社の経営を手掛けていたのが、及能仁三郎だったのである。今から10年ほど前まで、末広町の八幡坂下に大正12(1923)年竣工の美しい店舗が建っていたが、その頃の経営幹部が及能だったのである。
　函館無尽は後に小樽無尽と合併し、戦後は北洋銀行と改称。そしてバブル経済崩壊後の平成10(1998)年に、北海道拓殖銀行を吸収合併し現在へと至る訳だ。

　そのような多角経営をおこなっていた及能であったが、昭和9(1934)年3月に発生した函館大火で、これまで使用していた店舗が焼失してしまう。皆さんもご存じのようにこの時の大火では市内の３分の2ちかくを焼き、死者2166人、当時の額として2億24万円という損害を出す大災害となった。その後、国(復興事務局)の指導により道路の拡張や再整備、防火林となるグリーンベルトの設置、緊急避難場所となる鉄筋コンクリート造校舎の建設がおこなわれる。その後日本建築学会は、耐火性に優れたコンクリート建設での復興建築の施工を函館市民に訴えた。

　しかし函館の経済がこの大火で壊滅的な打撃を受けたことや、戦局が厳しくなった時期という事もあり、建築資材の価格が高騰し容易にコンクリート建築を建てづらい環境にあったようで、実際は市内では殆どコンクリート建築が普及しなかった。
　その中で建てられたのが、及能の店舗だったのである。装飾を排除した武骨な外観は、恐らくそのような時代背景が影響していると考えられる。窓がかなり小さめに取られているのも、火災時を考慮しての設計なのだろう。

　また興味深いのは及能の隣に建つ、外壁に黄緑色のペンキが塗られたビルも、及能の社屋と似た作りになっているという事である。恐らく当時コンクリート建築の雛形があって、それに沿ってこの2軒のビルは建設されたのだろうか。またグリーンベルトの筋向いに建つ、同時期に建てられた伊藤商事・塩瀬ビルの華やかさに比べると、とても控えめなデザインというのも興味深い。

　しかし及能の本社屋、壊滅的な被害を受けた昭和9年の大火から、何が何でも復興してやろうという強い意志が感じられる、素晴らしい建築作品だと思う。大正10(1921)年の大火後に建設された、末広町や銀座通りのコンクリート建築を見てから、このビルを見学して頂くと、更にこのビルの歴史の重みを感じて頂けるのではないだろうか。
　この町の歴史の語り部として、この先も生き続けて欲しい建築作品の一つ。次回の函館訪問では、時間を割いてこの界隈を歩きたいと思った筆者である。

◆及能株式会社(及能合名会社)
　◎設計：不詳
　◎施工：不詳
　◎竣工：昭和11(1936)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て

　◎所在地：函館市豊川町22-18

左隣に建つビルディングも及能に似た作りなので、同一人物の設計により建てられた可能性が高い。

この写真の右奥、魚市場通電停を函館駅方面に進んだ大手町13番地には、昭和50年代初頭まで建築家・関根要太郎(1889～1959)設計の不動貯金銀行函館支店(戦後は協和銀行函館支店)が建っていた。

★伊藤商事と旧塩瀬商店

及能ビルより約100メートルのところに建つ鉄筋コンクリート造のビル。こちらの２軒も昭和9(1934)年の大火後に建てられたもの。窓を小さめにした火災発生時を考慮した作りだが、丸窓などデザイン的にも華やかな作りになっている。

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★参考文献・資料

「及能株式会社ホームページ」

「函館市の建築探訪、コラム・函館と大火」吉村冨士夫氏著、北海道新聞社、平成9年

★撮影・・・・・2009年3月、2016年3月、2018年9月