函館市大町の小熊倉庫(函館の建築紹介)

◆函館小熊倉庫
　・・・・大正14年使用開始、函館仲濱に残るコンクリート造の冷蔵倉庫

　その昔、仲濱と呼ばれた函館大町の海沿いの地域。開港間もなくは新島譲海外渡航の地碑がある旧相馬倉庫(設計・施工：木田保造、昭和5年築)跡地には外国人居留地が置かれ、函館海産商同業組合事務所(設計：関根要太郎＋山中節治、大正9年築)が建つ東濱、旧太刀川家住宅店舗(明治34年築)、旧堤商会(大正5年築)が建つ西濱など共に、北洋漁業が全盛だった時代は海産業の中心として栄えた地域である。

　また仲濱のシンボル的存在だった相馬倉庫は十数年前に解体、広大な空き地が今は広がっている。この他に旧松橋商店(現港の庵、明治40年ころ築)、旧森卯商店(現元町ホテル別邸開港庵、明治42年築)などの建造物や、漁船を停泊させる掘割などが現存しているが、昔日を偲べる遺構は数少なくなっている。
　その仲濱で忘れられた感の強い歴史的建造物が一棟ある。それがおぐま冷蔵の裏手に建つ、朽ち果てた感の強い鉄筋コンクリート造の倉庫だ。これはおぐま冷蔵の前身会社である、小熊倉庫の冷蔵施設として大正14(1925)年に使用が開始されたものである。

　この倉庫会社は新潟出身の北洋漁業家で、明治末から昭和のはじめにかけて函館商人のリーダー的存在だった、小熊幸一郎(1866～1952)が創業したもの。小熊は大正7(1918)年に弁天倉庫を買収したのち、函館ドック内に倉庫を建設し更に事業を拡大させた。
　大正12(1923)年には本間商店が所有する仲濱町の海岸沿いの土地を買収し、ここに新たな倉庫を建てることにしたのである。それが現存する鉄筋コンクリート造の倉庫だった訳だ。

　そして完成した倉庫は、当時としては最先端の鉄筋コンクリート造を採用。更に地下となっている庫内には冷蔵倉庫が設置され、大正14(1925)年から営業が開始された。8部屋に別けられ、人夫たちがトロッコを押して倉庫内へ搬入したという。
　なお小熊倉庫は、冷蔵倉庫としては北海道内で二番目に作られたものだったという。これまでの煉瓦倉庫とは違い鉄筋コンクリートで建てられたというのは、保冷性や気密性を考えてのことだろう。

　ちなみに、ここで保管されたものは北洋で獲られた鮭と鱒。今までの缶詰や塩鮭や加工鮭とは違う、鮮度の高い製品を提供できるようになったのである。なおこの倉庫の屋根は、平坦な形状のフラットルーフ(陸屋根)で作られているが、竣工時はここで干鰯(ほしか：イワシを乾燥させて作った肥料)を作っていたそうである。建物は倉庫として使い、屋上で干鰯を作るとは何とも商魂逞しい話である。

　大町の掘割沿いに建つ小熊倉庫、今から5年前にC様からご教示された資料に基づくと、その設計は建築家の石川文雄(1890～1923)が担当したと考えられる。石川は東京の生まれ、京都の旧制三高を経て早稲田大学理工学部へ入学し、大正5(1916)年に同校の建築学科を卒業。
　その後は函館ゆかりの請負師・木田保造(1885～1940)が経営する木田組での勤務を経て、大正7(1918)年に小樽に赴き松田工務所を経営する。石川は鉄筋コンクリート建築を積極的に取り入れ、小樽におけるコンクリート建築のパイオニア的存在になったという。

　そして大正10(1921)年4月に発生した函館大火後、石川は同地に赴き會所町(現在の末広町・元町の一部)に自身の建築事務所を開設。末広町電車通りの函館製網船具本社(大正11年ころ築)の設計・施工を手掛けたほか、函館で幾つかの建築設計に携わったという。
　更に大正12(1923)年の関東大震災後、東京に帰郷し復興事業に従事するがここで体調を崩し、自身が設計した小樽第一病院に入院。しかしその後、病状は回復することはなく、この年の12月に33歳の若さで亡くなった。

　実は石川が亡くなって間もない大正13(1924)年の年明けに、日本建築学会の機関誌「建築雑誌」に石川の追悼記事が発表されたのだが、この段階で1年半後の大正14(1925)年の6月に稼働を開始する小熊倉庫の名が記されている。この当時同社はこの他に函館で倉庫を建設していない事を考えると、石川が亡くなった段階で基本設計を含め、ある程度は倉庫建設のプロジェクトが進行していたと想像される。

　竣工から90数年、建物の痛みがかなり激しくなっている小熊倉庫。しかし北洋漁業が全盛だった当時の函館の歴史を物語る、貴重な産業遺産だと筆者は考える。そして北海道の地に若くして亡くなった、石川文雄という建築家が関与したと思われる作品として、皆さんに少しでも覚えていただきたいものである。
　次回函館へ訪れた時には、この倉庫をゆっくり撮影しようと思った筆者である。


◆小熊倉庫
　◎設計：石川文雄?
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正13(1924)年ころ
　◎構造：鉄筋コンクリート造平屋、一部地下

　◎所在地：函館市大町12-4

★竣工当時の小熊倉庫

先日筆者が入手した古絵葉書より。倉庫と山側に建つ製氷場ともに、竣工当時の姿をよく留めていることが分かる。本来なら後方には函館山が写る筈だが、当時函館山には軍の要塞があったこともあり、その詳細が分からないように消されている。

❖図版・・・・筆者所蔵絵葉書コレクション

★函館製網船具本店(設計：石川文雄、函館市末広町、大正11年ころ築)

石川の函館における代表作。函館の電車通り、二十間坂下と大三坂下の中間、現在co-opスーパーマーケットが建つ場所にあった。大正期らしいセセッションスタイルのデザインが印象的である。石川はこの他に函館製網船具の小樽支店の設計も担当し、こちらはまだ現存しているようだ。

❖図版・・・・・「函館市制実施記念写真帖」円山貞吉編、大正12年

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★参考文献

「函館市史　通説篇　第三巻第五編、大函館その光と影」函館市史編さん室、平成9年

「建築雑誌」第453号、大正13年

★撮影・・・・2014年6月、2016年3月、2018年9月