横浜市開港記念会館(大正モダン建築再訪)

◆横浜市開港記念会館
　・・・・大正6年築、ジャックの塔の愛称でお馴染みの横浜を代表する洋館


　このところパターン化している、みなとみらい線のみなとみらい駅や元町・中華街駅からではなく、途中の馬車道駅からスタートした今秋の横浜散策。ドイツバロック調で石造りの重厚な外観なのに、威圧感がなく逆に親しみが湧いてしまう旧横浜正金銀行本店(設計：妻木頼黄、明治37年築)の見学を終えた後、本町通りを東へと歩く。

　毎度の如く、自動車や港へのコンテナを積んだトラックの往来が激しい本町通り。明治期から日本人の商業地域として発展してきたこの地域には、数こそ少なくなったが、旧安田銀行(昭和4年築)、旧三井銀行(昭和6年築)の旧財閥経営の銀行店舗、横浜銀行協会(設計：林豪蔵、昭和11年築)などの美しい歴史的建造物が何軒か残っている。
　しかし週末特有の交通量のせいもあり、素敵な歴史的建造物をゆっくり鑑賞する気にもならず、県庁前の交差点に辿り着いた。

　これまでは圧迫感を感じる本町通りだったが、県庁前の交差点は県庁の敷地の広さも手伝ってか、とても広がりを感じる空間が構成されている。しかもこの交差点の近辺には、三軒の風格溢れる素敵な歴史的建造物が建っている。
　その一軒は神奈川県庁舎(昭和3年築)。キングの名称でお馴染みの、東洋風なエッセンスを加えた重厚な塔を持った作品である。そしてもう一軒は海側に建つ横浜税関(昭和9年築)。クイーンの名称でお馴染みの、イスラム風のスリムな塔を持つエキゾチックな作品だ。

　そしてもう一軒の作品が、今回紹介させていただく横浜市開港記念会館。赤煉瓦の外壁に花崗岩の横帯を巻いたフリークラッシック調の外観に、シャープな塔が印象的なこの作品は、横浜開港50周年を記念し大正6(1917)年に竣工したものである。
　これも私が説明するまでもなく、ジャックの塔の名称でお馴染みのこの建物。横浜を代表する歴史的建造物で、横浜のシンボルとも言える美しい建築作品である。

　横浜の開港記念会館は、開港50年目にあたる明治42(1909)年に建設が決定。大正2(1913)年に設計案の懸賞競技(コンペ)がおこなわれ、当時東京市の技師を務めていた福田重義(1887?～1971)が一等を獲得。福田の当選案をもとに、建築家・山田七五郎（1871～1945）がトップを務める、横浜市営繕課が実施設計を担当し、清水組の施工により大正3(1914)年に建設工事が開始される。
　起工から2年9ヶ月という歳月を要して、大正6(1917)年6月に建物は竣工。翌月より開港記念横浜会館として一般の使用が始まった。ちなみに横浜会館が建つこの場所、明治期に日本人商人の町会所が置かれていた土地だったという。そのような由緒ある土地に、この会館は建てられた訳である。

　そして完成した開港記念横浜会館は、明治建築界の大家・辰野金吾(1854～1919)が得意とした、赤煉瓦に花崗岩の横帯を巻いたフリークラッシックを基調とした仕上がりになっている。しかし辰野作品特有の寸胴さはなく、繊細でシャープな印象を受けるのは、大正という時代背景があったのだろう。
　この他に宇野澤ステンドグラス工場制作による、横浜の歴史をモチーフとしたステンドグラスの図案などは、大正期らしい明るさに満ち溢れている。関東大震災で一度は焼けてしまったが、昭和初めに当時の図面をもとに改めて制作され、その後何度か修繕され現在に至っている。

　竣工当初は横浜一の威容を誇った、横浜市開港記念会館(開港記念横浜会館)であったが、大正12(1923)年の関東大震災で建物内部の大部分を焼失。その後暫らく建物は放置されていたが、横浜市営繕課の設計により会館の復旧工事が開始され、屋根やドームなど竣工時の姿から一部が変更される形で、昭和2(1927)年に復旧工事は完了した。
　戦後は米軍(進駐軍)に10年以上に渡り接収され、返還後は今の名称に変更され現在に至る。なおその後はドーム屋根の復元工事、内部改修を経て現在へと至っている。また平成2(1990)年には国の重要文化財が指定されたのを機に、その歴史的価値は多くの人に知れ渡るようになった。

　なお昭和4(1929)年の秋、建築家の関根要太郎(1889～1959)は横浜からアメリカへ旅立つさい、自身の手記の中で県庁のボリュームに際し開港記念会館の細さを指摘している。但し関根が見たジャックの塔は、震災復旧後の簡略化された屋根だったこともあり、そのような感想を述べていたのだろう。
　長年に渡り港を眺め町の歴史を刻む、横浜の宝ともいえる歴史的建造物。久しぶりにその美しさを満喫した筆者であった。

◆横浜市開港記念会館(開港記念横浜会館)
　◎意匠原案：福田重義
　◎実施設計：山田七五郎、佐藤四郎(横浜市営繕課)
　◎施工：清水組
　◎起工：大正3(1914)年9月
　◎竣工：大正6(1917)年6月
　◎構造：鉄骨煉瓦造2階建て塔屋付、地下1階
　◎所在地：横浜市中区本町1-6
　　❖国指定重要文化財

　　❖経済産業省認定近代化産業遺産

「横浜を離れた時、県庁舎の建物と塔屋が薄霞を通してかなり力強く見えた。写真や図面や或いは地上で見た時とは余りにも相違して居る。近くにある開港記念館の細い塔が或いは引き立て役を為しているのかも知れない。要するに量の問題だろう」

★米国遊記・・・・関根要太郎著「建築世界」昭和5年2月号

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★参考文献

「都市の記憶Ⅲ　日本のクラシックホール」鈴木博之氏著、平成19年、白揚社

「図面でみる都市建築の大正」鈴木博之氏・初田亨氏編、平成4年、柏書房

「都市の記憶　横浜の近代建築　Ⅰ」吉田鋼市氏著、平成3年、横浜市歴史的資産調査会

「開港150周年記念　横浜建築家列伝」青木祐介氏著、平成21年、横浜都市発展記念館

「日本のステンドグラス　宇野澤辰雄の世界」田辺千代氏著、平成22年、白揚社

「横浜開港記念館ホームページ・リーフレット」

「ウィキペディア、福田重義」

★撮影・・・・・2019年10月・11月