東京多摩市の旧多摩聖蹟記念館(建築家・関根要太郎作品再見)

◆旧多摩聖蹟記念館

　・・・・昭和5年竣工、多摩丘陵の高台に建つ関根要太郎の代表作を深読みする


　本年10月から東京都多摩市の旧多摩聖蹟記念館で始まった、生誕130年・没後60年記念関根要太郎(1889～1959)展。会期初日に台風直撃のため、臨時休館というアクシデントに見舞われ、2日遅れのスタートになってしまった。

　今回この特別展を企画・運営していただいている学芸員の林さんによると、以降予想を上回る多くの方が聖蹟記念館に足を運んで頂いているそうである。今回の特別展では、資料提供とアドバイザー的な立場で参加している筆者としても、予想以上の反応に感動しまくりの今日この頃である。
　今秋は頻繁に旧多摩聖蹟記念館へ訪問している筆者、先週末も妻を連れて多摩丘陵の高台に建つモダンな記念館を訪ねた。しかしこれまでの企画展の打ち合わせでなく、このところ春と秋におこなわれているクラッシックコンサートを見るためだった。

　現在は多摩市の管轄になっている旧多摩聖蹟記念館は、これまでも紹介してきたように明治天皇が、明治14((1881)年から同17(1884)年にかけて、狩猟や鮎釣りなどでこの近辺地域を訪れた事を記念し、昭和5(1930)年に建てられたものである。多摩聖蹟記念館の建設計画の発起人となったのは、土佐出身の伯爵・田中光顕(1843～1939)である。
多摩聖蹟記念館建設の話が始まる直前の昭和2(1927)年2月、ここから西10数キロの八王子市長房町に大正天皇の陵墓・多摩陵が建設されていた。そして田中光顕は明治天皇に関するモニュメントを、近隣地域に設けたかっと想像される。

　またこの頃、関戸の地主である児玉四郎は國民新聞に、自身が所有する土地を明治天皇ゆかりの土地という謳い文句で、売り出し広告を掲載する。これを見た田中光顕の秘書が児玉や地元関係者に接触し、それと同時に宮内省の調査を実施。その後、田中光顕も現地に赴き、地元関係者との面会をおこなう。
　そして昭和2(1927)年の暮れに、田中はこの場所に明治天皇の生前の聖蹟を記念する会館を建設することを決意。田中の熱意に打たれた宮川は、自身の土地を寄付することを申し出る。

　そして昭和3(1928)年には田中光顕のほか、富澤政賢、宮川半助、児玉四郎など地元関係者、新たな施設の建設により沿線の乗客増加を見込んだ井上篤太郎、渡辺孝などの京王電鉄の関係者により建設委員会が結成される。それから間もなくの昭和3年8月に、建築家・関根要太郎率いる関根建築事務所が設計を手掛けることになった。

　これは筆者の勝手な推測だが、京王電鉄が創業した大衆向け娯楽遊園地・京王閣(東京都調布市、昭和2年築)の設計を手掛けたこと。更に大正14(1925)年に関根が、明治天皇の孫にあたる秩父宮雍仁親王の秩父三峯山登山に同行。それを記念した秩父宮殿下三峯山御登山記念館(埼玉県秩父市、昭和6年築)を建設していた事などが理由として考えられる。

　そして関根建築事務所が提出した計画案というのは、東西の尾根道に列柱の回廊を置き、建物北側には噴水と山の斜面には巨大な階段を持つなど、相当スケールの大きいものだった。今回の関根要太郎展に際しこの図版も展示されているので、興味がある方は是非こちらをご覧いただきたい。
　スケッチのタッチから推測すると、当時事務所のチーフデザイナー的存在だった蔵田周忠(1895～1966)が制作したと思われる。分離派的な美しい仕上がりの計画案になっている。

　しかし明治天皇の聖蹟を後世に残したい伯爵や、多摩丘陵の地に自身の才能を形としようとした関根建築事務所のチーフデザイナーの望みは、夢に潰えようとする。寄付により賄う予定だった建設資金は、昭和初期の世界的恐慌により全く集まらなかったのである。それにより京王電鉄は建設資金を立て替え、10万円の資金で当初の計画より規模は縮小され、昭和5(1930)年の6月に竣工している。
　また記念館の学芸員・林さんの調査によると、建物は完成したものの建設に関与した業者たちに支払いが出来なくなったという。結果関係者は、三菱財閥の四代目総帥にあたる岩崎小弥太(1879～1945)に頼み、資金援助を受け最後の支払いを済ませたそうである。

　そのような経緯で多摩丘陵の高台に、メインである楕円形の建物しか建てられずに終わってしまった、多摩聖蹟記念館の建設計画。鬱蒼と生い茂るこの周辺の丘陵の尾根道や斜面に、当初計画案の通り記念館が建てられていたらどのような姿になっていたか、想像を膨らましてしまったのである。

　図面だけでは語れない多くのドラマが詰まったのが、この旧多摩聖蹟記念館なのである。色々と学ぶことが多かった今回の企画展だった。会期はあと１ヶ月あまり、是非多くの方に訪れて欲しい素晴らしい企画展である。

◆旧多摩聖蹟記念館

　◎設計：関根要太郎、蔵田周忠(関根建築事務所)
　◎施工：大倉土木
　◎起工：昭和4(1929)年10月12日
　◎竣工：昭和5(1930)月 6月26日
　◎構造：鉄筋コンクリート造平屋
　◎所在地：東京都多摩市連光寺5-1-1(都立桜ヶ丘公園内)
　　❖多摩市指定有形文化財

　　❖東京都選定「特に景観上重要な歴史的建造物等」

★旧多摩聖蹟記念館の当初計画案

こちらは今回の関根要太郎展で初めて発表された旧多摩聖蹟記念館の当初計画案。右側の楕円形で、の建物が実際に建設された聖蹟記念館で、左上が多摩川と甲州街道の関戸の渡しという事になる。ここ一帯を巻き込んだ壮大なプランだったことが分かる。ちなみに記念館の東西に配置された回廊がアンバランスな形状になっているのは、尾根道に合わせた作りにしたためと想像される。

★記念館北側の計画案

そしてこちらが北側からの透視図。古代神殿のような列柱と大きな階段が確認できる。今の簡素な北側とは違い、様々な演出が試みられていたことが分かる。

大正3(1914)年、関根が24歳のとき東京大正博覧会美術館に出品した「浜辺住宅設計図」も、今回の企画展では展示されている。

当初の計画案では建物北側にも様々な施設の建設が計画されていた。

旧多摩聖蹟記念館の近くの夕日の丘からは武蔵野台地が一望できる。竣工当時木の生い茂ていなかった記念館からも、このような景色が望めたのだろう。

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★参考文献・資料

「明治百年記念　多摩聖蹟記念館史」財団法人多摩聖蹟記念館、昭和43年

「旧多摩聖蹟記念館特別展：生誕130年・没後60年記念　関根要太郎展」多摩市教育委員会、令和元年

「京王電気軌道株式会社三十年史」後藤正策編、京王電気軌道、昭和16年

★撮影・・・・2019年9月・10月・11月