東京国立博物館東洋館(昭和モダン建築探訪)

◆東京国立博物館東洋館
　・・・・昭和43年竣工、谷口吉郎設計による東洋的な巨大モダン建築


　東京上野の東京国立博物館。東京やその近郊出身の方なら、学校の社会科見学などで一度はここを訪れたことがあるに違いない。
　ちなみに筆者が小学校の社会科見学で初めてにここを訪れたのは、東北・上越新幹線がまだ大宮まで開通していなかった昭和50年代の後半のことである。新幹線は開通していたが、上野駅は北の玄関口として大いに賑わっていた時期だった。まだJRは誕生しておらず、黄色のペインティングが眩しい西武線から、一面黄緑色のペインティングが施された山手線に乗り継ぎ上野へと向かった。

　その頃は特別企画展の会場となる平成館はオープンしていなかったが、本館(原案設計：渡辺仁、昭和12年築)、表慶館(設計：片山東熊、明治42年築)、旧法隆寺館などがあり、どれも大きな施設でとても歩き疲れた印象が強烈に残っている。
　その中で小学生だった筆者に強烈なインパクトを与えたのが、東洋館に展示されているエジプトのミイラであった。薄暗い館内に展示してあるミイラは、子供心にとても恐怖すら感じるものであった。ミイラも勿論だが、それが展示されている東洋館の建物もとてもインパクトがあった。

　上野公園から国立博物館の正門を眺めると、右から東洋館、中央正面に本館、左に表慶館という順番で並んでいる。東洋館はこれら3つの施設の中では、最も新しい昭和43(1968)年に建てられたものである。しかし昨年で築半世紀を迎えており、歴史的建造物と言っても良い作品ではないだろうか。
　特別展がおこなわれる平成館が、正門から入って左側にあるせいか、動線が外れてしまって注目が薄いような印象を受ける東洋館。しかしその存在感は、他の施設に劣らないインパクトを持っていると思う。
　
　この東洋館は先にも紹介した通り、中国・朝鮮・東南アジア・シルクロード西域・インド・エジプトなどの考古学、工芸品、美術品などを展示する施設として昭和43(1968)年にオープン。設計は日本芸術院の会員を務め、東京工業大学の名誉教授、博物館明治村の初代館長を務めた、石川県金沢出身の建築家・谷口吉郎(1904～1979)が担当した。
　谷口と言えば昭和24(1949)年に岐阜県中津川の島崎藤村記念館、東京港区の慶応義塾大学第三校舎、昭和31(1956)年に埼玉県秩父の秩父セメント第二工場で、日本建築学会作品賞を受賞した経験を持つ、当時の日本を代表する建築家の一人であった。ちなみに谷口がこの仕事の依頼を受けたのは、還暦を過ぎて間もなくのころ。建築家として円熟期を迎えた時期の仕事であった。

　そして谷口の設計により仕上がった国立博物館東洋館だが、古代アジアの伝統的な建築を連想させるデザインになっている。ちなみに東洋館が建てられる30年前、本館は設計競技(コンペ)で基本デザインが決まったが、その募集要項は「日本趣味を基調とする東洋式とすること」という内容だったという。
　戦時色が強くなりつつあった昭和戦前から、平和な時代が訪れた戦後まで、建築の基本コンセプトが引き継がれているのは興味深い事実ではないだろうか。そして谷口設計の東洋館はコンクリート打ちっ放しの柱を持つ、豪快かつ極太なもの。谷口ならではの繊細さと豪快さを兼ね備えた作品になっている。

　上野国立博物館の東洋館だが、今から数年前にリニューアル工事がおこなわれ、階段を上り切った半分の階ごとに展示品が置かれる、スキップフロア構造となっている。また複雑な建物の階構成だが、最上階まで吹き抜けになっている場所があるなど、圧迫感を感じない設計の妙を感じさせてくれる作りになっている。
　なお博物館内には谷口吉郎の長男である、建築家の谷口吉生氏(1937～)設計の法隆寺館が平成11(1999)年に竣工している。吉生氏の作品はとても繊細な仕上がりだが、父・吉郎は豪快そのもの。父と息子の時代では、建築のニーズが変わったという事なのだろう。

　皆さんも恐らくそうだと思うが、特別展がおこなわれている平成館の帰りに寄ってしまうのが東洋館。博物館内を歩き回った身にとっては、スキップフロアの東洋館は足腰には辛い。しかしアジアの美しい展示品を堪能するのには、何とも贅沢な空間である。
　脇役にしておくには勿体なさすぎる、素晴らしい建築作品である。是非とも一度は訪れて欲しい、谷口吉郎の最高傑作だ。

◆東京国立博物館東洋館
　◎設計：谷口吉郎
　◎施工：清水建設
　◎竣工：昭和43(1968)年10月
　◎改修：平成25(2013)年1月
　◎構造：鉄骨鉄筋コンクリート造3階建て(一部5階建て)、地下1階

　◎所在地：東京都台東区上野公園13-9

東京国立博物館には明治末に建てられた表慶館と、昭和初期に建てられた本館という2つの歴史的建造物が現存しております。

★建築家・横河民輔(1864～1945)による中国陶器コレクション

建物以外に国立博物館東洋館へ訪れる楽しみの一つが、建築家で横河電機、横河ブリッジなど横河グループの創始者である横河民輔(1864～1945)蒐集の陶器コレクション。

特に青磁器の目利きは秀でており、幾つかが国の文化財に指定されている。以前はフロアの一部分に所狭しと横河コレクションが陳列されていたが、近年は一部がセレクトされ展示されている。

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★参考文献・資料

「東文研　アーカイブデータベース、東京文化財研究所、谷口吉郎」

「東京国立博物館ホームページ」

「日本の近代建築(下)　－大正・昭和篇ー」藤森照信氏著、岩波新書、平成5年

★撮影・・・・2016年8月、2019年3月・5月