金沢市西町教育研修館(昭和モダン建築探訪)

◆旧石川県繊維会館
　・・・・昭和27年築、地元金沢出身の建築家・谷口吉郎設計のモダンな会館


　金沢に到着して早々、昭和の日本を代表する建築家・村野藤吾(1891～1984)の設計作品である旧加能合同銀行本店(現北國銀行武蔵ヶ辻支店、青草町、昭和7年築)と、中島商店(十間町、昭和7年築)を撮影したあと、その近くにある昔ながらの少しカーブを描いた細道を南へと歩く。

　地元の文献やホームページによると、このカーブする細道は金沢城時代の惣構えの跡なのだという。しかも城から緩やかな下り坂の終点にそれは存在しており、実際に歩いてみないと体感できない地形が語る町の歴史であった。
　そして金沢有数のパワースポットとして知られる、朱塗りの社殿が眩しい尾崎神社への緩やかな坂道を上っていくと、その道沿いにはレトロモダンな一軒の建物が建っていた。それが今回紹介させていただく、金沢市西町教育研修館である。

　この研修館は、昭和27(1952)年に石川県繊維会館として建てられたもので、この会館を建てた石川県の繊維協会が新たな事務所へ移転したのを機に、金沢市が所有・運営をおこなっている。現在は金沢子ども科学財団の施設のほか、金沢大学のサテライトプラザとしても使われているという。
　実はこの建物、今春の金沢旅行で是非とも実物を見てみたかった作品の一つで、地元金沢出身の建築家・谷口吉郎(1904～1979)がその設計を担当している。谷口は前回紹介した村野藤吾と同様、昭和を代表する日本人建築家の一人である。

　明治37(1904)年に現在の金沢市寺町にある、九谷焼の窯元の家の子として生まれた谷口は、地元の第二中学校(現金沢市立紫錦台中学校)、官立の第四高等学校を経て、東京帝国大学の工学部建築学科へ入学。昭和6(1931)年に同大学の大学院を卒業した後は、東京工業大学で教鞭をとる傍ら数多くの建築設計を手掛けていく。
　また東京工業大学に就職して間もなくに手掛けた、東京工業大学水力実験室(東京、昭和7年築、現存せず)は、装飾を一切排除したとてもモダンなものになった。そして谷口は当時の実力若手建築家の一人として、知られるようになったようだ。

　谷口吉郎の戦後になってからの作品はかなりの数があるが、個人的に印象に残っているのは、埼玉県秩父市の旧秩父セメント第二工場(昭和31年築)、東京千代田区の国際ビル・帝劇ビル(昭和41年築)、東京都台東区の東京国立博物館東洋館(昭和43年築)、東京都千代田区の東京国立近代美術館(昭和44年築)などである。戦後モダニズムの流れを汲みつつも、和風をはじめとする東洋的なエッセンスを取り入れた、力強さを感じさせる独特の美世界を作り出した建築家だったと筆者は考える。
　そして昭和30年代からは、明治以降に建てられた洋風建築をはじめとした歴史的建造物の保存に奔走し、昭和40(1965)年に愛知県犬山市に明治村をオープンさせた。オープン後、谷口は初代館長として、引き続き歴史的建造物の保存をおこなっていったのである。

　旧石川県繊維会館が竣工した当時、40代後半というベテランとも言える年齢なっていた谷口吉郎。この作品を見てみると、戦前に谷口が手掛けたヨーロッパのモダニズム建築のコピーから一転、和のテイストを多く取り入れた味わい深い建築世界が広がっている。
　北国ということで積雪対策を考慮した切妻屋根、木目を強調した室内調度品などに和の影響が感じられる。また階段室周辺の煉瓦タイルや、六角形の石張りの色のトーンなども和風に見えてくる。

　なお先程とあるサイトを見ていたところ、旧石川県繊維会館の横長の窓は、フランスの世界的建築家：ル・コルビュジェ(1887～1965)の影響が強いという紹介がされていた。確かにコルビュジェが後進の建築家たちに残した影響は紛れもない事実である。しかし全ての比較対象をコルビュジェに合わせてしまうと、このような作品の真の美しさが分からなくなってくるような気がしてならない。
　個人的には旧石川県繊維会館の横長の窓、桂離宮をはじめとした美しい和風建築の障子窓を連想してしまった。この作品を実際に見て、谷口の和の心を感じてしまったのである。

　築年数がまだ60数年ということもあり、まだそれほどの評価がされていない旧石川県繊維会館。近い将来に国の文化財指定がされ、その美しさと価値を、広く、多くの人に認知されて欲しいと思ってしまった素敵な建築作品だった。

◆旧石川県繊維会館(現金沢市西町教育研修館)
　◎設計：谷口吉郎
　◎施工：不詳
　◎竣工：昭和27(1932)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て、地下１階

　◎所在地：石川県金沢市西町三番丁16

室内に飾られている絵は、石川県小松出身の画家・宮本三郎(1905～1974)作の「産業と文化」。宮本は戦後を代表する洋画家の一人。昭和29(1954)年に完成したものだという。

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★参考文献・資料

「光跡　モダニズムを開花させた建築家たち」池原義郎氏著、新建築社、平成7年

「東文研アーカイブ　データベース、東京文化財研究所、谷口吉郎」

「世田谷区立世田谷美術館　宮本三郎記念美術館　ホームページ」

★撮影・・・・2019年4月