天使の聖母トラピスチヌ修道院(函館の建築再見)

◆厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院
　・・・・2018年初秋、赤レンガが美しい高台の女子修道院を再訪する


　9月ならではの綺麗な初秋の空が広がった、函館旅行初日の午前。函館駅からバスに乗り向かったのは、函館市東部のトラピスチヌ修道院だった。函館へ訪れるのはオフシーズンばかりの筆者だが、この時期はまだ9月上旬だということもあり、函館駅から五稜郭・トラピスチヌ修道院へ向かうバスが運行しているとのことで、これを利用しトラピスチヌを訪れた次第であった。

　筆者が函館を旅する1週間前に発生した、北海道胆振東部地震に伴う大規模停電も復旧し、普段の町の暮らしが戻った函館の町を走ること約45分、上湯の川のトラピスチヌ修道院の正門前に到着した。
　震災直後の国内外からの観光旅行者の大量キャンセルの影響もあってか、市営と民間の駐車場に停まる自動車の数もまばら。そして大型観光バスの停車台数もゼロで、いつものような団体客の騒々しさもなく、落ち着いてトラピスチヌ修道院を見学できた次第である。トラピスチヌは幾度となく訪れているが、はじめてこのような晴天の下、美しい修道院舎を見学したのであった。

　上湯川のトラピスチヌ修道院は、明治31(1898)年にフランスナンシー近郊の、ウプシー修道院から派遣された8人の修道女が設立。当初は20年代に建てられた孤児院を院舎として使用していたが、明治36(1903)年に起きた大嵐の晩に倒壊してしまい、新たに煉瓦造の修道院が建てられることになった。そして明治38(1905)年から大正2(1913)年にかけて、聖堂や司祭館が建てられたのである。
　しかし大正14(1925)年の火災で施設の大半が焼失。そのため昭和に入ると。当時札幌を拠点に活動していたスイス人建築家：マックス・ヒンデル(Max Hinder、1887～1963)の設計により、焼け残った外壁を活かした再建工事がおこなわれている。

　このような経緯で現在の形へとなったトラピスチヌ修道院だが、当初の設計者については明らかになっていない。しかし大正中期から昭和初めに函館で活躍していた、建築家・関根要太郎(1889～1959)が大正後期に記した紀行文などから推測するに、本国フランスの修道院関係者が送った図面をもと建てられたと考えられる。
　ゴシックとロマネスクを掛合せたシンプルなデザインは、施工を手掛ける日本人棟梁や、院関係者が建てやすい造形にしたのではないかと筆者は推測する。そのようなシンプルさも手伝ってか、多くの人を魅了する美しい修道院舎が出来上がったのではないだろうか。

　そして今から82年前の昭和11(1936)年9月に、トラピスチヌ修道院を訪れたベテラン建築家がいた。それが当時46歳の年齢だった関根要太郎である。これは以前にも紹介させていただいたが、当時不動貯金銀行の営繕課長を務めていた関根は、同銀行の副頭取で画家として活躍していた牧野司郎(1893～1972)と共に、昭和9(1934)年3月に起きた大火の復興事業が進んでいた函館を旅している。

　更に翌年の春、日本建築士会の機関誌〔日本建築士〕で、自身が連載していた「旅泊余滴」というコーナーで、関根はトラピスチヌの様子を次のように紹介しているのだ。

『函館郊外東に女子部、西に男子部のトラピスト修道院がある。共に遥かに函館を見晴らして、鈴らん咲く高燥の地に、赤煉瓦のゴシック風の建物が建てられ、女子部の緑の聖園にある天使の白像は、赤い建物とコバルトの空との対照が如何にも美しく静寂で、年若い人達の心あやしいまで憧憬を覚えしむるのも無理からぬ様に思われた。』

　今から82年前の関根も、この日のようなコバルト色の青空の下、美しい赤煉瓦のトラピスチヌ修道院を見たのだろう。普段の喧騒がなくなった分、観光名所となる前の遥か昔のトラピスチヌ修道院を色々と想像してしまった筆者であった。そうは言いつつも現代の観光客は、修道院名物であるフランス菓子のマダレナとソフトクリームを購入し、次の目的地へ向かったのであった・・・・。

◆厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院
　◎設計：不詳(外国人技師もしくは外国人牧師の可能性があり)
　◎施工：不詳
　◎竣工：明治38(1905)年～大正2(1913)年
　◎再建設計：マックス・ヒンデル(Max Hinder)
　◎再建施工：昭和2(1927)年～昭和5(1930)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造、煉瓦造2階建て
　◎所在地：函館市上湯川町346

トラピスチヌ修道院の前庭と言えば、聖テレジア像があまりにも有名。フランスから昭和11(1936)年に贈られたものである。

そして修道院内にあるのがジャンヌ・ダルグの像。15世紀の100年戦争で活躍し、その後不当な宗教裁判で処刑されたが、死後無実が確定しフランスカトリックの聖女となった。

★関根要太郎著「旅泊余滴」

こちらは何度となく紹介している関根要太郎の紀行文。昭和11(1936)年の9月に函館を訪れ、翌年の日本建築士会の機関誌〔日本建築士〕に発表している。トラピスチヌの見学エリアが現在と変わっていないのが興味深い。

★図版・・・・「日本建築士」昭和12年3月号

こちらはカトリックの施設でお馴染みのルルドの洞窟。

正門前はミカエルの像。

トラピスチヌの名物と言えば、フランスケーキのマダレナ。素朴な味が人気だが生産数量が少ないため、滅多にお目にかかれないのが残念である。

今回買えたマダレナは3つのみ。そういう事で今回も修道院前の市民の森売店のアイスクリームを食した。

トラピスチヌから見る函館山南端の立待岬。後日、函館山に上ると肉眼はさすがに無理だったが、双眼鏡越しにトラピスチヌ修道院が確認できた。

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★参考文献・資料

「厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院、ホームページ」

「はこだて歴史散歩」北海道新聞社編、北海道新聞社、昭和57年

「総覧日本の建築1、北海道・東北」日本建築学会編、新建築社、昭和61年

「旅泊余滴7」関根要太郎氏著、日本建築士、昭和12年3月号

「建築家マックス・ヒンデルの経歴について」角幸博氏、越野武氏論文、北海道大学工学部研究報告、昭和52年

「日本の美術　№447、外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、至文堂、平成15年

★撮影・・・・・2018年9月