旧不動貯金銀行京都三条支店(大正モダン建築再訪)

◆旧不動貯金銀行京都支店
　・・・・・大正4年築、SACRAビルの名称で親しまれる大正モダンな旧銀行店舗


　京都旅行の滞在初日はその後、銀閣寺(慈照寺)、山門と方丈が有名な京都五山の南禅寺を巡ったところで、閉門間近の時間になってしまった。当初は八坂神社を最終目的地にしていたが、歩き疲れてしまったため予定を切り上げ、最寄りの蹴上駅から市営地下鉄東西線に乗車する。
　そして御池通の京都市役所前駅から、三条通りを歩き本日宿泊のホテルへと向かう。三条通りと言えば、明治から昭和初期に京都の金融・商業の中心街として栄えた場所で、その当時建てられた洋風建築が数多く残る、近代建築の宝庫としても知られるスポットである。

　道路幅が狭く撮影に一苦労するが、レトロな街並みはいつ訪れてもとても楽しめる場所だ。その中でも外壁に白の化粧タイルが貼られた、一際華やかな建物がある。それが冒頭の写真でご覧いただいたSACRAビルである。
　このビルは東京・芝大門に本店を置く不動貯金銀行の京都支店として、大正4(1915)年12月に建てられた。なお現在は、若い女性向けのショップが数多く入居する、お洒落なテナントビルとして人気を集めている。ルネサンスにセセッションと呼ばれる幾何学的デザインを取り入れた、大正時代らしいモダンな作品だ。

　不動貯金銀行は明治33(1900)年に、のちの同銀行頭取・牧野元次郎(1874～1943)によって創業された庶民向けの貯蓄型銀行で、戦後誕生した都市銀行の一つである協和銀行(現りそな銀行)の母体となった銀行であった。
　開業当初不動貯金銀行は、東京を中心に営業をおこなっていたが、明治41(1908)年に大阪・京都・神戸などに代理店を設置。そして明治44(1911)年7月には営業成績の良い、京都と大阪を正式な支店としたのである。その間もなくに建設されたのが、三条通りに現存する京都支店だった訳である。

　竣工時期については多くの書籍やサイトで、大正5(1916)年頃と表記されることが多い。しかし雑誌〔建築世界〕大正5年1月号の雑報には、「京都市三條通冨小路角最新式ルネッサンス式見上る許りの新建築物は、正に京都建築界に一巽彩を放てり、大正四年一月起工、昼夜兼行工を急ぎ同年十二月に落成せり(原文ママ)」という記述がされている。
　もう一つ裏付けをする資料が欲しいところだが、この記述から不動銀行の京都支店が、大正4(1915)年12月に竣工したと考えてほぼ間違いないだろう。また外観デザインが最新式ルネッサンスとは、竣工当初からこの作品がモダンさに満ち溢れていたことを示す、興味深い記述でもある。

　不動貯金銀行京都支店の設計は、日本建築株式会社という建築事務所が担当している。この事務所は明治末に不動貯金銀行が開設した同銀行の営繕組織で、東京の新橋に事務所を置いていた。また事務所の充実を図るため、不動貯金銀行頭取の牧野元次郎は開設間もなく、米国ペンシルバニア大学への留学経験を持つ、建築家・酒井祐之助(1874～1935)を招聘している。この他に同社には後に第一銀行営繕課を務める、建築家・西村好時(1886～1961)も短期間ではあるが在籍していた。

　京都支店が建てられた当時、酒井や西村は事務所を退職しており、小川新蔵なる人物が技師長格で事務所を取り仕切っていたそうである。当時の作品を見てみると、この時代らしいモダンで明快な店舗を数多く制作している。

　そして京都支店が起工する直前に、一人の青年建築家が同建築事務所に就職した。それは後に不動貯金銀行の営繕課長を務める関根要太郎(1889～1959)。関根は大正3(1914)7月に東京高等工業学校(現東京工業大学)を選科生として卒業後、同事務所に在籍していた上田貞之助の紹介で日本建築株式会社に入社している。

　このころ関根は入社直後だったこともあり、設計には殆ど関与していなかったと考えられる。しかし後年になり、関根がモダンな作風を武器に大活躍する下地には、日本建築株式会社の先輩技師たちが設計した京都支店のような、モダンな作品の存在があったのではないかと考えるのである。

　不動貯金銀行の旧店舗は現在京都三条のほか、京都七条(昭和5年築、設計：関根要太郎)、姫路(昭和9年築、設計：関根要太郎)、下関(昭和9年築、設計：関根要太郎)が現存するが、その中で最古参なのが京都三条通りの旧支店である。
　当時全国展開を始めたばかりだった不動貯金銀行の、勢いのようなものが感じられるモダンで重厚な建築作品。財閥系の大銀行とは一味違う、ユニークさに溢れた傑作と言えるのではないだろうか・・・。

◆旧不動貯金銀行京都支店(現SACRAビル)
　◎設計：日本建築株式会社
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正4(1915)年12月
　◎構造：木骨煉瓦造3階建て
　◎所在地：京都市中京区三条通富小路西入ル中之町20
　　❖国登録有形文化財

★竣工当時の不動貯金銀行京都支店

建物全体のプロモーションは、ルネサンス調に大正期流行していた直線的な幾何学模様を強調したセセッションを取り入れた、当時としては斬新なデザイン。

建物は戦後しばらく協和銀行の店舗として使われた後、和服会社の社屋として使われる。そして昭和63(1988)年に京都在住の山野成侑氏により改修がおこなわれ、現在のSACRAビルがオープンした。

◆図版・・・・「建築写真類聚　銀行会社編」洪洋社

　　　　　　　「不動貯金銀行創立記念四十周年記念写真帖」不動貯金銀行、昭和15年

1階は改装されているが、2階・3階は竣工当時の面影をよく残している。

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★京都支店と同時期に建てられた不動貯金銀行の店舗

◆不動貯金銀行広島支店(広島、大正5年ころ築)

こちらでは関根要太郎以外の日本建築株式会社(大正6年からは日本勧業会社建築部と改称)設計作品を、幾つか紹介してみたい。まず最初が広島支店。ルネサンス調の外観にイオニア式のオーダーを付けたクラシカルな外観だが、細部装飾やブローモーションにセセッションの影響が感じられる。旧所在地は大手町。

◆不動貯金銀行神戸支店(兵庫、大正5年ころ築)

神戸の相生橋(栄町通)付近にあった不動貯金銀行の店舗。京都や広島とは一転、ユーゲントシュティール風の曲線が強調されたデザインになっている。

◆不動貯金銀行大津支店(滋賀、大正5年ころ築)

こちらはセセッション風の直線的なデザイン。関根作品と比較すると重厚な出来栄えだ。旧所在地は坂本町。

❖上3点の図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」昭和15年

◆不動貯金銀行大阪西支店(大阪、大正6年ころ築)

江戸時代から続く大阪の金融の町・京町堀通りに建てられた不動銀行の店舗。設計は東京帝国大学卒業の建築士・鈴木憲太郎(大正2年卒業)が担当した。鈴木は関根が日本建築株式会社に入社した直後に同社に加入。鈴木と関根の作品は大正5年ころから、「建築世界」「建築画報」などの建築関連の雑誌に数多く紹介されることになった。

ルネッサンス・スタイルの美しい作品だったが、関東大震災を機に建物の耐震性が問題になったのか、大正末に解体。大正15(1926)年に関根設計の新店舗へ建て替えられている。

◆不動貯金銀行横浜支店(神奈川、大正6年ころ築)

横浜・馬車道(常盤町)に建てられた不動貯金銀行の店舗。こちらも鈴木憲太郎が設計を担当。大阪西支店と同様ルネサンス・スタイルの美しい店舗だったが、大正12(1923)年の関東大震災で倒壊。こちらも大正末になり、関根設計の新店舗が建てられた。

なお現在この場所には、不動貯金銀行の後身にあたる、りそな銀行の支店が置かれている。不動貯金銀行～日本貯蓄銀行～協和銀行～協和埼玉銀行～あさひ銀行～りそな銀行と名称を変えながら、馬車道のこの土地で一世紀に渡り銀行の営業をおこなっている訳である。

❖上2点の図版・・・・・「建築写真類聚　銀行会社編」洪洋社刊

◆不動貯金銀行前橋支店(大正5年ころ築)

大正初期の不動貯金銀行は第一次世界大戦の好景気に乗って、全国各地に支店を出店していたが、この前橋支店もその一つ。設計は先の2店と同じく鈴木憲太郎が担当。同僚である関根要太郎の作品とも判別の付かぬ、ドイツ・セセッション風の出来栄えだ。

旧所在地は堅町。

◆不動貯金銀行和歌山支店(大正6年ころ築)

日本建築株式会社から日本勧業株式会社建築部に名称を変えた頃、同事務所では関根要太郎、鈴木憲太郎が事務所のメインデザイナーとして活躍していたようで、2人の作品が建築関連の雑誌に多く紹介されている。その中でも鈴木設計の和歌山支店は、ユーゲントシュティール風のモダンな作品となった。

旧所在地は十三番町。

❖上2点の図版・・・・「不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖」昭和15年

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★参考文献・資料

「牧野元次郎翁　伝記ではない伝記」天沼雄吉氏著、全国不動会、昭和48年

「建築世界」大正5年1月号、建築世界社

「ニコニコ風景図鑑」不動貯金銀行編、不動貯金銀行、昭和6年

「建築雑誌」昭和10年5月号、日本建築学会

「生い立ちから今日まで」関根要太郎氏著、蔵前工業会・私家版、昭和11年

「日本野建築　明治大正昭和 8・様式美の挽歌」伊藤三千雄氏著、三省堂、昭和57年

★撮影・・・・2018年4月