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![]() ◆旧奥平野浄水構場急速濾過場 ・・・・大正6年築、古典と新様式のデザインが融合するモダンな水道施設神戸という地名を聞いて個人的に連想するのは、海外へ向けて開かれた国際貿易都市ということ。そしてそれに伴い育まれた、独自なモダンな住文化や食文化がある町というイメージだ。 そして神戸という地名で筆者が思い出すのが、山から海まで急峻な地形であることから、幾つかの名水に恵まれているということである。神戸・六甲の名を冠したミネラルウォーターや、神戸東部に位置する灘の名酒、新幹線・新神戸駅の裏手にある布引の滝と布引渓谷が、そのイメージをより強いものにしてくれる。また澄んだその水が、多くの船乗りに愛されたというのも有名な話である。 そのような名水の町・神戸だが、開港と共に多くの人が移り住んだために、明治初期は慢性的な水不足と、不衛生な水の使用によるコレラの蔓延に悩まされていたという。それらの問題を解決するため、神戸市では西洋式の水道システムの導入を早くから計画する。 内務省の雇工師であった、イギリス人技師ウイリアム・K・バートン(1856~1899)の設計案による水道敷設が、明治26(1893)年に決定。明治30(1897)年には、横浜・函館・長崎・大阪・広島・東京に次ぐ、国内7都市めにあたる近代水道施設が神戸に誕生するのであった。 神戸の水道敷設当時に作られた施設というと、中央区に作られた布引貯水池(明治36年竣功)と、兵庫区の烏原貯水池(明治38年竣功)のほか、兵庫区に奥平野浄水場がある。こちらは神戸の水道通水にあたる、明治30(1897)年に開設されたものだという。 奥平野浄水場内には水道開設当初のものではないものの、神戸水道の歴史を物語るような建造物が一棟現存している。それが浄水場の急速濾過場の上屋。大正6(1917)年に煉瓦造で建てられたもので、平成元(1989)年からは神戸市水の科学博物館として再生活用されている。 奥平野浄水場の急速濾過場の上屋、神戸の北部に建設された千苅貯水池(大正8年竣功) から送水された水が、この浄水場で浄化処理されるのに伴い建設されたものと想像される。ちなみに千苅貯水池は布引貯水池の約30倍の貯水量を誇り、千苅貯水池から奥平野浄水場までは、30キロちかい距離の送水管が敷設されたそうである。 そのような神戸市水道局のビックプロジェクトを象徴する施設として、この濾過場の上屋が建設されたのだろう。現在の水道施設からは想像がつかない、重厚な上屋の作りに当時の神戸市関係者たちの水道施設に対する熱い思いが感じられる。 ちなみに浄水場の急速濾過場上屋の設計を手掛けたのは、当時神戸を拠点に活躍していた建築家の河合浩蔵(1856~1934)。河合は前回の旧小寺家厩舎(明治43年築)の回で紹介したように、ドイツ留学経験を持つ本格的な西洋建築学を修得した建築家であった。この濾過場の上屋もドイツで建築を学んだ河合らしい、重厚なドイツ風デザインに仕上がっている。 基本的には西洋のルネサンスなど、古典様式のデザインを継承した急速濾過場の上屋。しかし建物をよく観察してみると、外壁に貼られた白色の化粧タイルや、簡略化された直線を多く用いた連続的なデザインなど、大正期に流行していたセセッションという、モダンデザインの要素を多く確認することができる。 大正時代の建築作品ならではの、軽やかさとシャープさを随所に感じられるのが、奥平野浄水場の急速濾過場の見どころの一つと言えるだろう。この作品が竣工した当時、河合浩蔵は50代半ばという決して若くない年齢だったが、若さと重厚さを兼ね備えた作品を制作したのである。7年ぶりに実物を見学したが、神戸らしいとても素敵な建築作品であった。 なお次回も引き続き、神戸の旧居留地に現存する河合浩蔵作品を紹介する予定である。魅力的な近代建築が多く、なかなか終わらすことができない神戸の建築探訪記である・・・・。 ![]() ◆旧奥平野浄水構場急速濾過場(現神戸市水の科学博物館) ◎設計:河合浩蔵 ◎施工:直営 ◎竣工:大正6(1917)年 ◎構造:煉瓦造2階建て・・・・竣工時 ◎所在地:神戸市兵庫区楠谷町37-1(神戸市水の科学博物館内) ❖国登録有形文化財 ❖神戸市景観形成重要建造物 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 館内には設計者の河合浩蔵の銅像をはじめ、設計図や登録文化財や建築再生賞のプレートなど、この建物に関する展示も幾つかされている。 ![]() ![]() **********************************************************
★参考文献・資料 「日本の建築 明治大正昭和、5・商都のデザイン」勝本勝比呂氏著、三省堂、昭和55年 「神戸市ホームページ:神戸水道のあらまし」 「ブログ・近代建築watch:千苅堰堤、五本松堰堤、立ケ畑堰堤」Sunshine Works氏作成、2008年 「ウィキペディア:神戸水道、神戸市水の科学博物館」 ★撮影・・・・・2010年7月、2017年4月
by sy-f_ha-ys
| 2017-09-16 09:16
| ◆大正モダン建築探訪
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Comments(2)
この建物は知りませんでした。
大正期のものですか。 水道関係のものだけあって、 意匠は少し抑え気味ですね。
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j-garden-hirasatoさま、今回紹介した水の科学博物館は、
異人館街から西へ歩いて、20分くらいの場所にあります。 普段は地元の小学生が社会科見学などで訪れているようですが、 この時は私たち夫婦が唯一の訪問客でした。 大正期らしいデザインで、なかなか面白い建物でしたよ。
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