神戸市北野町の萌黄の館(明治モダン邸宅探訪)

◆萌黄の館
　・・・・・明治36年築、黄緑のペインティングが美しい木造異人館


　ゴールデンウイーク突入まで、あと僅かと迫った4月下旬、妻を連れ出掛けたのは今年で開港150周年を迎える神戸市と、その西約50キロの場所にある姫路市であった。筆者が神戸を訪れるのは7年ぶりのこと。実は今年春まで放送されていた、昭和の神戸を舞台とした朝の連続ドラマを見ているうちに、久しぶりに神戸へ行きたくなった訳である。

　今回の神戸滞在前半は重たい雲に春の爽やかな日差しを遮られたもの、日本三大夜景の一つと称される摩耶山からの夜景観賞をはじめ、世界文化遺産として知られる姫路城見物、パンダで知られる王子動物園、そして神戸に多く残る近代建築訪問など、時間が足りないと思うほどの充実した旅となった。
　そういうことでこちらのブログでも、その時撮影した歴史的建造物の幾つかを紹介していくつもりである。かなり長い期間の建築探訪記になりそうだが、気長にお付き合い頂けたら幸いである。

　そういうことで今回の建築探訪記で最初に紹介させていただくのは、北野の異人館街の高台に建つこの建物である。木造下見板張りの外壁にスプリンググリーンのペンキが塗られていることから、〔萌黄の館〕という名称で親しまれている。ちなみに今から30年ほど前までは白の外壁で、〔白い異人館〕などとも呼ばれていたそうである。
　筆者は北野町へ訪れると、ドイツ人建築家・デラランデ(1872～1914)の設計作品である、風見鶏の館(旧トーマス邸、明治37年築)ばかりに関心が行ってしまい、こちらの異人館のことはいつも忘れてしまっていた。そういうことで今回は、10数年振りに内部を見学することにしたのである。

　現在、萌黄の館と呼ばれているこの異人館は、アメリカ総領事を務めていたハンター・シャープ(1861～1923)の自邸として、明治36(1903)年に建てられたものだという。設計は当時神戸を拠点に活動していた、イギリス人建築家：A・N・ハンセル(Alexander Nelson Hansell、1857～1940)が、手掛けたと推測されている。
　神戸にはこの時期建てられた、同系統の木造下見板張りの異人館が幾つか現存しているが、萌黄の館こと旧シャープ邸に関しては、左右異なる形をしたベイウインドー(出窓)など、他とは一線を画したデザインの建物である。なお神戸の異人館の特徴としては、雨の多い日本の風土に考慮してか屋根は和風瓦が葺かれ、ベランダは開放式ではなくガラス戸がはめられていることである。

　さて萌黄の館こと旧シャープ邸の内部は、外壁と同様の緑系の壁紙が貼られ、小さいながらも重厚な各部屋の暖炉が印象的。また暖炉に貼られた耐熱タイルは、19世紀後半の印象派からアールヌーヴォーへと移りつつある、過渡期のデザインになっているのは興味深い。
　それとこの邸宅、外国人が暮らしていた割には、各部屋の間取りが小さいのは驚かされる。また2階へ上る階段は、身長170センチの筆者が頭をぶつけそうなほどの低さであった。当時アメリカ総領事を務めていたシャープは、神戸の邸宅を建ててから5年後に離日していることなどを考えても、終の棲家というより仮住まいという感覚があったのかも知れない。細かいことは、さほど気にしないようにも感じる、アバウトな邸宅の作りである。

　ちなみに〔萌黄の館〕の主だったシャープは、この邸宅が竣工する3年前の明治33(1900)年に神戸において、39歳という決して若くない年齢で結婚。つまり新婚の家として建てられたのが、この異人館だった訳だ。そういう尺度からみると、この作品の謎が解けてくるような気がしないだろうか。
　離日後シャープは、モスクワ、エジンバラ、リオンなどの領事を務めて、大正12(1923)年に亡くなった。しかし僅か5年だった神戸の異人館での暮らしは、シャープにとってとても思い出深いものだっただろう。鳥のさえずりと坂下に僅かに見える港を見ながら、今から100年前の神戸を想像してしまった筆者であった。

◆萌黄の館(旧シャープ邸)
　◎設計：A・N・ハンセル(Alexander Nelson Hansell)
　◎施工：不詳
　◎竣工：明治36(1903)年
　◎構造：木造2階建て
　◎所在地：神戸市中央区北野町3-10-11
　　❖国指定重要文化財

　　❖神戸市指定伝統的建造物

ガラス戸がはめられたベランダ。かつてはここから海が見えたのだろう。

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★参考文献・資料
「明治の異人館」坂本勝比呂氏著、朝日新聞社、1965年
「日本の美術　№447、外国人建築家の系譜」堀勇良氏著、至文堂、2003年
「ウィキペディア、A・N・ハンセル」
「ウィキペディア、萌黄の館」
★撮影・・・・2017年4月