旧十二銀行函館支店(大正モダン建築再見)

◆旧十二銀行函館支店
　・・・・・迎賓館建設にも携わった、ベテラン建築家設計による重厚な銀行店舗


　昨晩かなり飲みすぎて、まだ酔いがさめていない函館滞在二日目の早朝、筆者はカメラ片手に毎度の早朝散歩へと出掛けた。前の夜は筆者の函館古建築研究の師匠であるSさんが船見町に所有する、海産商が大正期に建てた和風の屋敷で、地元で出版業を営まれる編集者の方も同席し、函館に纏わる話で色々と盛り上がったのである。その会話中で気になった建物を、朝になって何軒か見てみようと思った訳だ。

　函館西部地区が箱庭のように眺めることができる、 ホテルの部屋で過ごすのも良いのだが、やはり建築作品は実物を間近に見るのがいちばんだ。二日酔いのせいかいつもに比べ足取りが重かったが、早朝の函館をゆっくりと歩きだしたのであった。
　早朝で開店はまだまだ先の、静まり返ったホテル周辺の観光ショップの間を抜け、歩いていったのは豊川町のグリーンベルト。観光客も市民も見向きもしないが、昭和9(1934)年3月に起きた大火を機に、この時の大火で焼けた地域を中心に、造成された防火目的の緑地帯である。

　そのグリーンベルトを市電通り方面へ歩いていくと、茶褐色のタイルが貼られた、渋い感じのクラシカルなビルが建っている。これが昨晩の宴中で話題に出た旧十二銀行の函館支店である。十二銀行は金沢創立で富山に本店を置く銀行会社で、明治以降北海道へ入植していった、北陸の人々を追うように北海道にも多くの支店を出店させる。そして十二銀行は大正6(1917)年に、函館の地蔵町(現在の豊川町)に支店を開設。そして大正15(1926)年には冒頭の写真でご覧いただいた、鉄筋コンクリート造3階建ての店舗を竣工させた。
　なお十二銀行の函館支店の竣工年次の詳細ははっきりしないが、大正15年9月に当時の地元新聞が、十二銀行の上棟式を伝えていることを踏まえると、その年の暮れもしくは翌年(昭和2年)春に竣工した可能性が高い。

　なお昭和18(1943)年に十二銀行は富山の近隣3銀行と合併、北陸銀行支店と改称し同社の函館支店として引き続き使用。その後同行の支店が駅前に移転した後は、この建物は昭和53(1978)年からは函館信用金庫の本店として使われる。しかし平成15(2003)に函館信金の本店が大手町に移転したのに伴い、この建物は空き家の状態なっている。そして13年の月日が過ぎた次第である。

　ベイエリアをはじめとする観光地に近いのだが、あまり注目が集まらない旧十二銀行函館支店。外観デザインも末広町に同時期に竣工した、 旧百十三銀行本店(設計：関根要太郎大正15年築)などと比較すると地味な感じである。しかしその設計は木子幸三郎(1874～1941)という、東京帝国大学卒業で宮内省技師として東京の赤坂離宮(現迎賓館、設計：片山東熊、明治42年築)や、宮家の屋敷の造営に携わった建築家が担当しているのだ。
　木子幸三郎の生まれた木子家は、先祖代々に渡り皇室関連の建築を手掛けていた一族で、父・木子清敬(1845～1907)は京都平安神宮の造営に携わったことでも知られる。そして木子幸三郎も洋風・和風を問わず、華麗で重厚な皇室関連の建築を制作していくのである。

　長らく宮内省の内匠寮に在籍していた木子幸三郎であるが、大正11(1922)年には宮内省を退官し、東京に自身の設計事務所を開設することになる。そして木子は宮内省時代に培ったノウハウで、洋風・和風の優れた邸宅やホテル施設を手掛けるほか、新たなジャンルにもチャレンジしていく事になる。それはオフィスビルの設計であった。
　そこで木子は東京内幸町に東洋ビルディング(東拓ビル、共同設計：野村一郎、大正14年築)を竣功させ、次いで富山・十二銀行の本店改修計画、支店の設計を手掛けるようになった。そのとき木子が設計を手掛けた店舗の一つが、函館の支店だったのである。

　そして木子が手掛けた函館の銀行店舗は、この当時流行していた茶褐色のタイルと、花崗岩とモルタル塗りのグレーの色合いで纏められている。また細部装飾はアールデコの誕生を予感させるような、セセッション風の幾何学模様で彩られているのが興味深い。しかし建物から発せられるオーラは重厚そのものである。
　このように派手さには欠ける木子作品だが、防火や防雪に対しては念入りな施工が施されており、これにより昭和9(1934)年の大火では被害無く済んでいる。北陸の堅実な商人気質が伺えるような、なかなかの建築作品と言えるだろう。

　北前船の時代から密接な関係にあった北陸と函館、そして堅実な富山商人がベテランの元皇室建築家に設計を依頼したことなど、史実を調べていくと本当に興味深い旧十二銀行支店。そのまま忘れたままで放置しておくには、本当に勿体ない建築作品である。何らかの再活用を望むのみである・・・・・。
　
◆旧十二銀行函館支店(旧函館信用金庫本店)
　◎設計：木子幸三郎
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正15(1926)年ころ
　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て、地下1階
　◎所在地：函館市豊川町15-20


★関根要太郎著「函館の大火報告」

昭和9年3月21日夜半から発生した、函館大火の知らせを聞いた建築家・関根要太郎は、翌日東京から汽車と連絡船を乗り継ぎ函館へ赴く。約一週間の滞在の間、函館大火の被害状況を調査し、翌月日本建築士会の機関誌にこのレポートを発表した。その報告書の中では、入念に作られた防火扉のおかげで被害無く済んだ十二銀行についても、写真と図版により解説がなされている。ページ左上と中央の写真左下の図版が、十二銀行支店についての解説。写真は関根本人が撮影したものと考えられる。
なお函館と縁が深かった関根は、関根の友人でこの大火で不慮の死を遂げた函館市議・泉泰三の肖像写真を同封し、函館市立図書館に寄贈した。

◆図版・・・・「日本建築士」昭和9年4月号
★木子幸三郎設計・東拓ビル(大正14年築)

皇室の邸宅をはじめ数多くの住宅建築を手掛けていた木子幸三郎だったが、自身の建築事務所設立後は幾つかのオフィスビルの設計を手掛けている。その中でも代表作と言えるのが、函館の十二銀行支店と東京内幸町の東拓ビルであった。設計は明治期台湾総督府の営繕課に在籍し、のちに朝鮮総督府の建設にも携わった野村一郎(1867～1942)の共同名義となっている。十二銀行に相通じるセセッョン的なデザインが印象的だ。
ちなみに木子設計による東拓ビルの斜め向かいには、関根要太郎の設計作品・仁壽生命本店(昭和4年築)が建っていた。なお東拓ビルが建っていた場所には現在みずほ銀行東京営業部(前第一勧業銀行本店)が建っている。

◆図版・・・・「建築の東京」都市美教会編、丸善出版、昭和6年
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細部の装飾は大正期に流行したセセッション風のデザイン。*************************************************************
★参考文献・資料
「総覧日本の建築1　北海道・東北」日本建築学会編、新建築社、1986年
「ある工匠家の記録」木子清忠氏著、岩波ブックセンター、1988年
「日本の洋館、第1巻・明治編Ⅰ」藤森照信氏著、講談社、2002年
「ウィキペディア、木子幸三郎」
★撮影・・・・・2012年6月、2016年3月