東京墨田区の旧両国公会堂(大正モダン建築再訪)

◆旧本所公会堂
　　・・・・・昨年惜しまれつつ解体された、大正15年竣工のモダンな公会堂


　昨年も幾つかの歴史的建造物が解体されたが、個人的にとても残念だったのが、東京墨田区の旧安田庭園内に建つ両国公会堂の解体である。両国公会堂は大正15(1926)年の竣工で、円形のドームが庭園の緑とマッチする、とても美しい建築作品だった。ちなみに竣工当初から十数年の間は、本所公会堂という名称で呼ばれていた。
　恐らく昭和60(1985)年に両国国技館や、平成5(1993)年に江戸東京博物館が竣工する以前は、戦後日大講堂として使われる先代の国技館(大正10年築)と並び、この界隈のランドマーク的な建造物だった想像される。

　なお両国公会堂の建設までの経緯を簡単に紹介すると、 東京市政調査会が安田財閥の創始者・初代安田善次郎(1838～1921)の寄付を受け、ホールの建設が決定。関東大震災の影響で一端は工事が中止になるものの、安田が所有していたかつて武家屋敷だった庭園付の土地に、鉄筋コンクリート4階建ての公会堂の建設工事が開始され、大正15年に竣工した訳である。
　戦後は米軍の接収解除後は東京都の管轄となっていたが、昭和42(1967)年からは所有権が墨田区へと移管。またこの頃はホールの利用は盛況を極めていたそうで、昭和47(1972)年には802件の利用があったそうだが、時代の流れと共にそれも減少。ホールは老朽化を理由に平成13(2001)年に閉鎖されてしまう。

　その後、解体まで十数年間に渡る空き家の期間があったが、所有者である墨田区は保存を前提とした活用法を模索していたそうである。その後、ブライダル業者との使用に関する基本協定が結ばれたものの、耐震工事に予想以上の経費がかかることが判明。結果、ブライダル会社は旧両国公会堂の使用を辞退することになり、築89年の公会堂は解体される事になったのである。
　また両国公会堂の解体後の跡地には、刀剣博物館が建設される予定とのこと。失礼ながら完成予想図を見る限り、これまであった公会堂の美しさと威厳を引き継げるとは思えない、かなり貧相なデザインであった。

　ちなみに旧本所公会堂(両国公会堂)を設計したのは、森山松之助(1869～1949)という建築家。森山は以前にも何度か紹介したが、大阪の生まれ。幼少のころに両親が離婚し、叔父で最近ではNHK朝の連続テレビ小説でも脚光を浴びた、大阪経済界の重鎮・五代友厚(1836～1885)の家で育つ。また若いときに結核にかかり二年ほど休学をしてしまい、28歳でようやく東京帝国大学を卒業する。その後も10年ほど定職に就かず、芸者遊びにはまり散財し、親に勘当され借金取りに追われるなど、かなり屈折した若い日々を送る。

　しかし台湾総督府の勤務経験も持つ後藤新平(1857～1929)に認められ、明治39(1906)年に台湾に渡ると本格的に建築設計の活動を開始。 台湾総督府(大正8年築)や、 台北州庁(大正4年築)など、台湾の主要建築の多くを設計する。また生涯を通じて権威というものを嫌い、再三に渡る総督府の営繕課長就任を断り、一技師に徹していたという頑固者だったそうだ。

　また大正10(1921)年に台湾から日本の内地に戻り、東京銀座に自身の建築事務所を開設。50歳を過ぎていたが、国内で数多くの傑作を設計する。ベテランならではの熟練された作風を基調に、モダンなものからクラシカルなもの、和風・中華風と様々なものを手掛けたのがこの頃の森山作品の特徴である。
　なお現存する作品の中では、東京新宿御苑に建つ御成婚記念御涼亭：台湾閣(昭和2年築) 、東京銀座のヨネイビル(昭和4年築)は、東京都選定の歴史的建造物に指定され、長野県諏訪市に残る片倉館(昭和3年築)は国の重要文化財に指定されている。実は昨年解体された両国公会堂は、それに匹敵する作品の質を誇っていたのだ。

　安田庭園や、この隣を流れる隅田川の景観と見事に調和していた旧両国公会堂。ベテラン建築家の腕の良さが光る素晴らしい作品であっただけに、解体されてしまったのがとても悔やまれる・・・・・。
◆旧本所公会堂(両国公会堂)
　◎設計：森山松之助
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正15(1926)年
　◎解体：平成27(2015)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造4階建て
　◎旧所在地：東京都墨田区横網1-12-20(旧安田庭園内)

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★参考文献・資料
『新・生き続ける建築　森山松之助』古田智久氏著、LIXIL eye №2、2013年
『産経ニュース』2015年5月23日・ネット配信
★撮影・・・・3015年5月