福岡県北九州市の門司麦酒煉瓦館(大正モダン建築再訪)

◆旧帝国麦酒株式会社事務所棟
　　・・・・・大正2年竣工、鉱滓煉瓦で建てられたグレーのビール工場事務所


　関門旅行の滞在二日目、 下関の観光を終えた筆者が向かったのが、下関の対岸にあたる門司の大里本町であった。朝、門司港から下関行の連絡船に乗ったときは、爽やかな晴天だった天気も、夕方に近づくにつれて天気は悪くなり、今にも雨が降ってもおかしくない曇天に。関門海峡連絡船の門司港乗り場から、鹿児島本線の電車に飛び乗り、門司港駅の二つ隣の駅にあたる、門司駅へと向かった。

　門司駅と言えば、関門鉄道トンネルの発着駅。昭和17(1942)年に世界初の海底鉄道トンネルが開通したのを機に、大里と言う駅名から鹿児島本線の終点にあたる門司の駅名を引き継ぎ、現在に至っている。
　筆者が門司駅を降りるのは13年振りのこと。以前は古めかしい地下道を抜け、小さな改札口へ向かったのだが、その間に現代的な橋上駅舎へ建て替えられ、鉄道の時代を感じさせてくれた、レトロな駅舎の面影は全く残っていなかった。

　そして門司駅を下車し向かったのが、大正2(1913)年に建てられた、旧帝国麦酒(サクラビール～サッポロビール)の事務所棟とその施設群。こちらも平成14(2002)年から、13年振りの訪問である。ちなみにこの施設群、戦後はサッポロビールの工場として使われていたが、平成12(2000)年に福岡県の日田市に新工場が新工場が完成したのに伴い、門司の工場は閉鎖。筆者がここを初めて訪ねた平成10(1998)年は活気に溢れていたが、工場が閉鎖した2002年のときは空き家の静まり返った状態になっていた。

　しかしその直後から帝国麦酒の工場跡地や、JR門司駅の構内遊休地などの再開発が開始され、筆者がここを訪ねた十数年前がまったく想像が出来ないほどに、町は変化していた。大里赤煉瓦タウンと呼ばれたこの地域で、冒頭の写真でご覧いただいた門司麦酒煉瓦館などの旧帝国麦酒施設は、門司赤煉瓦プレイスと言う歴史的景観形成地区になっている。

　帝国麦酒は九州初の本格的ビール製造会社として、神戸の商社・鈴木商店の支援を受けて、大正元(1912)年に設立。翌年からビールの製造・出荷を開始、それと合わせるように今回取り上げた事務所棟をはじめ、 醸造棟 、 倉庫棟 、 組合棟など工場の諸施設が、明治から大正初期にかけて相次いで建設されていった。
　また麦酒工場の設計者についての詳細は、現段階でははっきりしていない。ただ工場内には、ドイツ・ドレスデンのゲルマニア社の刻印が付いた設計図が残されており、それに基づいてこの工場が建設されたようだ。そしてこの工場の実施設計は、地元出身の建築家・林栄次郎がおこなったと考えられている。

　そしてこの旧事務所棟は、ドイツの城郭を彷彿させるゴシックスタイルを基調としつつも、19世紀末から次世紀初頭にウイーンやドイツで流行したセセッションの影響も感じられる。施工や最後の設計の仕上げは日本人の手に委ねられているが、この時代の建築には珍しいモダンな出来栄えだと筆者は考える。
またグレー色の煉瓦は、地元八幡製鉄所の製造過程で鉄鉱石から分離した、鉱滓煉瓦(こうさいれんが)が使われている。鉱滓煉瓦の使用も、この時代の門司ならではのものである。

　今回は麦酒煉瓦館の閉館ぎりぎりの時間にここを訪れたため、見学に十分な時間を取れなかったが、長年興味を抱いていた麦酒煉瓦館の内部を見学できたのは、この旅の大きな収穫の一つであった。
　十数年前の黒くすすけた赤煉瓦の工場地帯が、嘘のように様変わりした駅前のマンション街を駅へと歩きながら、以前の大里の町並みを懸命に思い出していた筆者てあった・・・・・。

◆旧帝国麦酒務所棟(現北九州市門司麦酒煉瓦館)
　◎基本設計：ドイツ・ゲルマニア社(推定)
　◎実施設計：林栄次郎(推定)
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正2(1913)年4月
　◎構造：鉱滓煉瓦造2階建て
　◎所在地：福岡県北九州市門司区大里本町3-6-1
　　❖国登録有形文化財
　　❖経済産業省認定近代化産業遺産(平成21年)

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帝国麦酒は戦前、サクラビールのブランドで商品を出荷。そして昭和4年から社名を桜麦酒に変更している。戦前は日本第3位のビール会社として、国内のビールの1割を製造していたという。階段の親柱には、ビールのブランドである桜の図柄が・・・・・。このグレーの煉瓦壁が八幡製鉄所の鉱滓煉瓦。
館内には設計者に関する解説も。★旧帝国麦酒醸造棟

こちらは事務所と同じ年に建てられたもの。何と煉瓦造7階建てである。
こちらからは工場閉鎖直前の1998年と、閉鎖直後の2002年に撮影したもの。*************************************************************★参考文献・資料
「近代建築再見・下巻」山口廣氏著、エクスナレッジ刊、平成9年
「北九州の近代化遺産」北九州地域史研究会編、弦書房刊、平成18年
「鈴木商店記念館・ホームページ」
「門司赤煉瓦プレイス・ホームページ」
★撮影・・・・・1998年7月、2002年9月、2015年4月