福岡県北九州市戸畑のニッスイパイオニア館(昭和モダン建築探訪)

◆旧共同漁業本社ビル
　　・・・・・昭和11年築、老舗水産会社ニッスイが建てたモダンな旧本社ビル


　関門旅行の三日目、滞在していた門司港のホテルをチェックアウトし、最後に向かったのは北九州市の戸畑と若松だった。戸畑と若松は洞海湾を挟んで面してある町で、明治以降石炭の積み出しや、製鉄をはじめとした重化学工業などで発展してきた町だ。

　鹿児島本線の戸畑駅を下車し、地下の連絡橋を抜け、赤のカラーリングが美しい巨大吊り橋・若戸大橋(昭和37年開通)へ向かって、とても道幅の広い県道を歩いていくと、到着したのは若戸渡船の乗り場である。渡船に乗って対岸の若松に行くのは後回しにしておいて、そこから寄り道したのは海岸通り沿いに建つ、旧共同漁業の本社ビルディング(昭和11年築)だった。

　共同漁業と言っても馴染みのない名前かも知れないが、のちに日本水産(ニッスイ)となる会社で、数年前に合併した函館発祥の日魯漁業(あけぼの)と、下関発祥の大洋漁業 (マルハ)と並ぶ老舗大手水産メーカである。実は冒頭の写真でご覧いただいたこのビルディング内に、ニッスイの歴史を展示する [ニッスイパイオニア館]があるとの事で、魚好きの筆者としてはこの旅行の訪問先に加えたのであった。

　日本水産のルーツは明治44(1911)年に、創業者・田村市太郎が田村汽船漁業を創立したのがその始まり。また田村はトロール船を建造させるために、ビジネスパートナーの国司広助をイギリスに派遣させる。そして二人は、下関を拠点に近代的な漁業会社の運営に乗り出し、会社名を日本トロールと改称する。

　また大正8(1919)年には社名を共同漁業と改称し、組織を改組。その後同社は、ディーゼルエンジンを搭載したトロール船を採用したほか、南氷洋捕鯨や北洋のカニ漁にも進出する。そして昭和4(1929)年には、会社の拠点を下関から福岡県(現北九州市)戸畑の洞海湾内へ移転。トロール船の着岸できる大規模な港の造成のほか、周辺に大規模な水産加工工場を建設している。その一連の流れで建設されたのが、この本社ビルなのである。

　そして大手ゼネコン・竹中工務店により建てられた共同漁業の新社屋は、モダンゴシックとも呼びたくなるようなシャープな出来栄え。以前は外壁の傷みが少し目立ったが、近年改修がおこなわれたようで、築80年とは思えない美しいものになっている。
　またこの社屋の顔と言えば、建物中央に建つアンテナが付いた屋上の塔屋だろう。このアンテナは、日本初の漁業用短波無線のために設けられたものだそう。これで北洋や南氷洋に漁へ行った遠洋の漁船と連絡をおこなっていたのだろう。またこのビル、海へ向かって扇を開いているような容姿もとても格好が良い。

　そのような遠洋漁業の拠点となった、日本水産の旧本社。これは日本水産の製品とは無関係だが、社屋が竣工した頃を境にその前にある洞海湾が、周辺にある製鉄・重化学工場からの排水が原因で、水質が著しく悪化。戦時中には漁獲量ゼロになり、戦後の高度成長期には魚介類はおろか大腸菌すら生息できない、死の海になっていたそうである。
　現在洞海湾の水質は劇的に改善したが、製鉄をはじめとした重化学工業から、水産や製粉、製糖、麦酒製造などの食品まで、様々な業種の工場がひしめき合っていたのが、当時の北九州市の凄いところである。いや、それが当時の日本の常識だったのだろう。

　そして次回からは洞海湾を渡り、かつては石炭の積み出しで賑わった、戸畑の対岸である若松の歴史的建造物を紹介したい。
　
◆旧共同漁業ビル(現ニッスイ戸畑ビル、ニッスイパイオニア館)
　◎設計：竹中工務店
　◎施工：竹中工務店
　◎竣工：昭和11(1936)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造4階建て
　◎所在地：北九州市戸畑区銀座2-6-27
　　❖北九州市都市景観賞受賞(平成21年)

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上の2枚は1999年に撮影したもの。
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★参考文献・資料
「ニッスイ企業情報サイト、ニッスイの100年」日本水産株式会社
「北九州の近代化遺産」北九州地域史研究会編、弦書房、2006年
「ウィキペディア、洞海湾」
★撮影・・・・・1999年7月、2015年4月